第20話 再び安土へ

 振動が落ち着いたの見計らうと、紫音は荷物から小さな包み袋を取り出した。その中にはサンドイッチが詰まったタッパーが入っているのだ。


「さてと。腹ごしらえでもしますか。朝ごはん食べてないからもう腹ぺこだ」


 紫音はタッパーの中からひとつ取り出して口に運んだ。小麦の香りが鼻にふわっと抜けた後、トマトとレタスの甘みが口いっぱいに広がっていく。コーヒーがあれば最高だな、と考えながらあっという間に一枚平らげた。


 朝の食事シーンをを葵がぼんやりと見つめていることに気づいたのはまさにその直後だった。隣に目を向けると、葵は慌てたように目を逸らした。


「どうかしたかい?」

「え、いやその、美味しそうだなって思って」


 そこで葵のお腹からぐ〜っ、と情けない音が鳴った。それを隠すでもなく、ただ恥ずかしそうに俯く。聞けば、葵もあんパンひとつしか食べてこなかったらしい。


「ひと口いるか?」

「え、いいんですか!?」


 少しだけ目を輝かせた後輩にハムサンドを半分ほどちぎってあげた。お礼を言ってからさっそく頬張ると、美味しそうに微笑んでくれた。かわいらしい後輩から癒やされつつ、残りのハムサンドにかじりついた。


「美味しいですね! これどこで買ったんですか?」

「失礼だな。私がまごころ込めて手作りしたっていうのに」


 もちろん嘘である。昨夜、コンビニで買ったものをわざわざタッパーに詰め直しただけの既製品だ。

 だがそんなことなど葵はつゆもしらず、顔を真っ赤にしながら咳き込んだ。


「大丈夫か!? ほら水!」


 堀越から受け取った水を流し込み、息を吸って吐いてを何度も繰り返す。まさかむせるとまでは思わなかった紫音も慌てて背中をさすった。

 肩を縦に大きく動かしながら深呼吸を繰り返す後輩の面倒をしばらく見ていると、呼吸がかなり安定してきた。


「落ち着いたか?」

「は、はい。なんとか」


 だいぶ落ち着きを取り戻したところを見計らい、まだ頬が赤い後輩に事実を告げると途端に目の色が変わった。


「ほんっっとうに先輩って人は!!」

「あはは。私が普段、料理しないの知ってるだろ?」

「そうですけど! そうなんですけど!」


 やり場のない怒りを表現するかのように腕をぶんぶん振り回して抗議する姿がなんとも子どもっぽく見えてしまい、笑いをこらえるのに必死だった。


「なあ和泉。あれ絶対分かっててやってるよな?」

「でしょうね。ま、楽しそうだからいいんじゃないかしら?」

「楽しいのって紫音だけじゃねえか?」

「私たちだって心の中では楽しんでるでしょ?」

「ま、まあ否定はできんが」


 堀越たちが一歩引いて話しているのをよそに、紫音は後輩から飛んでくる怒りをいなしていった。

 すると今度は、かわいげのない先輩によるわざとらしいため息が皆の視線を集めた。


「ピクニックに来てるつもりなら、いますぐ引き返して降りてもらうぞ」

「まあそうお固くならずに。あなたもいかがですか?」


 あくまで気さくを装って接するが、守下はしかめっ面を崩さなかった。


「ふざけてるのか?」

「メリハリがついてると言ってほしいですね」


 もっともらしい言葉を投げかけると、守下はキッと睨んでからそっぽを向いてしまった。


「大丈夫なのか、これ?」

「私に聞かれても」


 困ったというように和泉は肩をすくめた。

 タイムマシンのけっして広くはない室内に気まずい空気が流れ始める。前回のような賑やかさは見る影もない。

 案の定、葵はお腹に手を置きながら肩身を狭くしてしまっている。かわいそうに、と誰にも聞こえないよう呟きつつ、残りのサンドイッチを胃の中に流し込んだ。


 安土時代に到着すると紫音はすぐさま外に飛び出し、詰まった空気を入れ換えるように何度も深呼吸した。それを満足いくまで繰り返していると、今度はいやに冷たい風が頬をそっと掠めていった。

 二度目の安土はあえなく曇り空。土の湿った匂いがあたりに立ちこめていた。


(雨が降れば面倒だな)


 そんなことを考えていると、町娘の姿に身を包んだ守下がタイムマシンから降りてきた。特徴的であったメガネは取り払われ、凜とした印象がことさらに強くなったように見える。大和撫子という言葉が一番似つかわしいだろうか。町に降りたら、きっと周りの視線を奪ってしまうだろう。

 見違えるような見た目に変化した守下をまじまじと見つめていると、つい目が合ってしまった。


「なんだ?」

「いえ、なんでも」


 表面上は取り繕いながら、心の中で大きくため息をついた。当然だが、見た目が変わったところで中身までが変わる訳ではない。綺麗なバラにはトゲがある、というが、守下に下心で触れようものならめった刺しにされてしまうだろう。

 情報収集の部隊に入らなくて本当に良かった。捜索部隊の方に入れようと提案したのは八雲だったが、もし守下のそうした特性を理解した上で発言したのであれば頭が上がらない。


「そしたら、作戦通り二手に分かれて行動しよう。何かあったら、無理せずここに戻ってくること。可能であれば、ひと言連絡も入れてくれ」


 そうして三人に見送られながら、紫音と和泉は城下町へと向かった。

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