間章 つかの間の休息

第16話 優雅な(?)休日

 笠木の騒動から数日が経ち——。

 紫音は久々の休みを満喫すべく、公園に足を運んでいた。


 コンビニで買ったストロータイプのレモンティーに口をつけながら、空いているベンチにさっと腰掛ける。ここは私の縄張りだというように、カバンを少しだけ離れた位置に置いた。


(さ〜て。今日はどんな人たちがいるのかな〜♪)


 久々の人間観察に興じながら、午後のティータイムと洒落込む。休日ということもあり、家族連れや若者の姿が目立っていた。

 気持ちの良い日差しを浴びながら、道行く人たちの様子をまじまじと観察するこの時間はまさに至福のひととき。仕事上のしがらみにも囚われることなく、心ゆくまで好きなことをできる時間というのは案外貴重だ。


 木の下で突如泣き出した子どもに焦点を合わせ、その子の発言や仕草からなぜ泣き出したのかを推察していると、背後から聞きなじみのある声が飛んできた。


「紫音先輩?」

「ん? 誰かと思えば葵じゃないか。ここで何してたんだ?」

「この前のタイムトラベルの影響が少しでも残ってないか、調べてたんです。笠木さんの件はもちろん、信長という超重要人物に接触してしまった以上、どうしても調べないわけにはいかなくて」

「休みも熱心だね〜、君は」

「紫音先輩だって、人間観察しに来たんじゃないですか?」

「これは好きでやってるんだ。仕事じゃない」


 わざと子どもじみた声色を出しながら口を尖らせると、「僕だって同じですよ」と返ってきた。口ではこう言い合っているが、たしかなのは二人とも生粋の研究者だということだ。


「それにしても、昨日まで大変でしたね〜」

「まったくだよ。ここしばらく報告書なり、事情聴取なりでろくに研究をやらせてもらえなかったもんな〜」


 ふてくされたように言い捨てると、葵もうんうんと強く頷いてくれた。

 研究者という生き物は興味の無い雑務を極度に嫌う習性がある。だから、笠木と第2調査団に関する報告書を追加で作ってくれと頼まれた時は二人そろってあの手この手で拒否したのだ。


 だが、結果は言葉の通り。八雲がその習性を知らないはずもなく、結局手元に大量の雑務を抱えるはめになってしまったのだ。


「でもあれは所長の方が一枚上手でしたね」

「今回はそう言わざるを得んな。『研究費の増額を掛け合う』なんて滅多にない好条件なわけだし」


 八雲は言うなれば、『有言実行』を具現化したような男だ。彼が「やる」と言い出したものの中で実際に行動に至らなかったものなんて、紫音の知っている中でもひとつかふたつぐらいしかない。それほどまでに誠実だからこそ、くせ者ぞろいの研究者たちを束ねることができるのかもと考えながら、残りのレモンティーを全て喉に流し込んでいく。


 すっきりとした後味と香りを堪能しているところに、聞き覚えのある声が後ろから降ってきた。


「あれ?二人ともここに来てたんだ」


 手を振りながら近づくその女性は五月半ばに似つかわしい薄緑のワンピースに身を包み、黒を基調としたミニバッグを肩から提げていた。


「茜〜!ここで会うなんて奇遇だね」

「霧宮先輩、こんにちは」

「こんにちは。ここで何してたの?」


 そう聞かれた紫音はなぜか頬を赤らめ、視線をわざと逸らして見せた。


「紫音?」

「何って、その、えっと」


 露骨に照れ照れし始めた先輩を前に葵は拍子抜け。

 そして茜は二人の顔を交互に見ると、口角をニヤリとつり上げた。


「なーるほど。やっとそういう関係になりましたか〜」

「霧宮先輩!?」

「大丈夫大丈夫〜。ここだけの秘密にしておいてあげるからっ」

「ち、違っ、その、えっと」


 言葉を詰まらせる葵の顔はどんどん紅潮していった。頬を染めたまま俯く紫音といい、傍から見ればなんとも微笑ましい初々しさだ。

 そうして葵の顔がいまにも噴火しそうなぐらい赤く染まったところで、茜は態度を一変させた。


「なーんてね。また遠回しに後輩をからかってるんでしょ?」


 茜がビシッと指摘すると、紫音は途端に表情を戻し、「ちぇー、バレてたのか」と不貞腐れてみせた。


「今回はいけると思ったんだけどなー」

「そう簡単に騙せると思ったら大間違いだからね。それに、葵くんもそろそろ学びなよ。文句ひとつでも言い返せるようにならないと」


 そう茜が忠告するも、当の葵は放心したまま固まってしまっていた。


「あれ? おーい、葵くーん?」

 目の前で手をふるも、瞬きひとつすらしなかった。

「ありゃ、今回はちと刺激が強かったか?」

「純粋な気持ちをもてあそぶなんて、罪な女ね」

「茜も少しノってたじゃないか」

「そ、それはそうだけど」


 揚げ足を取られそうになった茜は急にしどろもどろになった。ほんのちょっと詰めるとすぐに言葉を見失うのは茜の悪いクセだ。そして動揺をごまかすように、何かしらの提案してくるまでがセットである。今回も例に漏れず、「どこかお店に入らない?」と言ってきた茜に二つ返事で言葉を返し、付近のお店を調べ始めた。


「あ、そうだ! 最近、公園の近くに古民家カフェができたんだって! せっかくだし、行ってみない?」

「お、それは気になるな。葵もそこで良いか?」


 さりげなく葵に確認すると、小さくうなずいた。まだちょっと怒っているようだったが、これもよくあることなのであまり気には留めなかった。

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