第6話 外へ出る前に
「痛てて……。もう少し優しくすることはできないのかね」
紫音はぼやきながら全員の無事を確認した後、モニターの方を凝視する。周囲に舞った土埃が消えていくにしたがって、たくさんの木々が姿を現した。
「ほっ。無事に着いたみたいですね」
「そうみたいだな。それじゃ、早速捜索に向かうとするか〜!」
紫音は大きく伸びをしながら腰につけた浄化装置にあるオレンジのボタンを強く押し込んだ。すると突如、紫音の全身がホログラムに包まれ、あっという間に小袖を着た女性へと変身した。青みがかった髪はさらに暗くなり、小袖には綺麗な花模様が薄くあしらわれていた。
「見た目が変わった!?」
「紫音さん、これはいったい?」
「これは安土桃山時代の庶民の服装さ。なかなかに似合ってるだろ?」
悦に浸り、袖を振ってみせる紫音に対し、特に部隊組は戸惑いを隠せなかった。
「さあ、みんなもオレンジのボタンを押してみるんだ!」
「だ、そうです。いろいろ気になることはあるかと思いますが、理由は後でお話しますので、まずは押してみてください」
葵は困惑する二人の背中を押すように声をかけ、自らも装置のボタンを押した。瞬時に彼もホログラムに包まれ、青を基調とした着流しを身につけた若者へと変身した。
堀越たちも葵に続いて装置のボタンを強く押し込み、紫音らとは色違いの小袖や着流し姿になる。いつもと違う自分の姿をまじまじと見つめるなかで、和泉があることに気がついた。
「ん?堀越、髪の色が」
「え?」
堀越はタイムマシンに取り付けてある鏡の前に立った。そこには、いつもの見慣れた金髪ではなく、黒髪を結った青目の男が立っていた。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!?」
「おお。良い反応を見せてくれるねえ」
唖然とする堀越のリアクションを紫音は愉快そうに笑って観賞する。このままでは収拾がつかなくなりそうなので、葵は両手をパンと叩き、注目を集めた。
「あの、慌ててるところすみませんが、説明の方に入って大丈夫でしょうか?」
「あ、大丈夫、大丈夫です。取り乱してしまってすみません」
堀越は顔を赤らめながら頭を少し下げた。
葵も「気にしないで」という意を込めて優しく微笑んだ。
「お二方に、これから一番重要なことをお話しいたしますね。僕たちは今から、この時代に暮らす一般人として行動する必要があります。なので、時代に合った格好を最新のホログラム技術で再現したという感じです。ただ、この装置はまだ試作段階なので、少しでも異変があればすぐに知らせてください」
ここで葵は口を閉じて一歩下がり、先輩へとバトンを渡す。待ってましたと言わんばかりに紫音は堂々と前に出て口を開いた。
「これから私たちは『年の離れた姉弟と姉の幼馴染み』という設定で安土城城下町へと潜り込む。ゆえに、誤解を持たれるような距離感を生むのは御法度だ!それと」
ここで紫音はいったん区切り、神妙な表情を作る。
「私たちが一番やってはならないのは、歴史改変につながるような行動を起こすことだ。あまりないとは思うが、特に歴史に名を残す人物と接触する際には細心の注意を払うように」
「承知し、分かった」
さっそく、二人なりに距離感を気にしてくれたのだということをありがたく思いつつ、全員が納得したのを確認すると、紫音は大きく頷いた。
「よし。それではこれより、第2調査団の捜索を開始する!」
紫音がタイムマシンの重々しいドアを開けると、澄んだ空気が風に乗って鼻腔をくすぐった。
現代とは確実に異なる、清らかな空気が紫音は好きだった。本当は小一時間ほど何も考えずに周囲を散策したいところだが、あくまでも任務だ。周囲に危険がないかを改めて確認し、使命感を持って豊穣なる安土桃山時代の大地に足を踏み入れた。
「本当に、タイムトラベルしたのか?」
「まだにわかには信じられないわね」
「最初は僕もそうでした。山を下れば、きっと実感が沸くと思いますよ」
葵たちが話している間に、紫音はホログラムディスプレイを開き、とあるアプリを起動させた。
「それは、レーダーか?」
「ああ。本来なら、第2調査団のタイムマシンもこの辺りに着陸している予定だったんだ。けど、辺りを見回してもそれらしいのは見当たらないし、レーダーにも反応がない。まったく、どこにいってしまったのやら」
この先の道のりが脳裏をよぎった紫音はレーダーを閉じながら軽くため息をついた。
「とりあえず、山の麓(ふもと)まで降りるとしよう。目指すは信長が治める城下町だ」
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