第3話 容疑者たちの嘘

禁書庫での発見は、僕の頭の中に新たな捜査の指針を与えた。犯人の狙いは、やはりゼフィラスの研究そのものにある。そして、その核心に近づくためには、もう一度あの塔に戻り、容疑者たちの証言と事実を論理的に突き合わせる必要があった。


再び訪れた「賢者の塔」は、主を失ったことで、以前にも増して不気味な沈黙に包まれていた。僕はまず、一番弟子であったリアムを尋問室に呼んだ。


「君は、師の研究を盗もうとは考えなかったか?」

単刀直入な僕の問いに、リアムは冷静さを装いながらも、その瞳の奥に一瞬だけ動揺を走らせた。

「……師を超えること。それは、弟子である私の当然の目標です。ですが、殺してまで奪おうなどとは」

「王宮の禁書庫から、ホムンクルスに関する文献の重要なページが破り取られていた。マスター・ゼフィラスがそこを訪れた一ヶ月前から、昨日までの間にだ。心当たりは?」


リアムの表情が凍りつく。彼は禁書庫の件を知らなかったようだ。だが、その反応は、彼が何か別のことを隠している証拠でもあった。彼は師の研究内容の「目的」を知っている。だが、その「過程」については話すつもりはないらしい。


次に呼び出したのは、被害者のライバルであったヴァレリアだ。彼女は、ゆったりとした仕草で椅子に腰かけると、挑発的な笑みを僕に向けた。

「調査は進んでいるのかしら、調査官殿?」

「あなたとマスター・ゼフィラスの間には、共同研究を巡る契約トラブルがあったと聞いている」

「トラブルだなんて人聞きの悪い。ただの意見の相違よ。あの人は、自らの理論を盲信し、客観的な危険性を指摘する声を無視した。その傲慢さが、協力者である私を遠ざけただけのこと」

ヴァレリアは肩をすくめた。その態度はあまりに堂々としていて、嘘をついているようには見えない。彼女が隠しているのは、事件そのものではなく、ゼフィラスの研究が内包していた「理論的欠陥」あるいは「致命的なリスク」に関する知識だろう。


最後に、工房の管理人であった老人、ギデオンと向き合った。彼は終始怯えた様子で、僕の質問にもか細い声で答えるだけだった。

「マスターは……ここ数ヶ月、何かに怯えておられるようでした。『石が、石が血を求める』と、何度も……」

「石とは、『賢者の血石』のことか?」

「はい……。そして、あの工房から、時々、ガラスが振動するような、あるいは金属が共鳴するような、奇妙な高周波音が聞こえることがありました……」


ギデオンの証言は、僕の思考を刺激した。オカルトな現象ではない。何らかの高度なエネルギーが発生させていた物理的な現象だ。


容疑者三人の尋問を終えたが、密室の謎を解く決定的な手がかりは得られなかった。彼らは皆、嘘はついていない。ただ、自分に都合の悪い「真実」の一部を隠しているだけだ。


僕は再び、事件現場である最上階の工房へと向かった。混沌とした部屋の中を、今度はより一層注意深く観察する。錬成陣、薬品の染み、床に散らばる歯車の一つ一つまで。


その時、僕の足が、床に敷かれた分厚い絨毯の端を僅かにめくった。そして、その下に隠されていたものに、僕は息を呑んだ。

そこには、主である巨大な錬成陣とは別に、もう一つ、インクで描かれた小さな錬成陣が存在していたのだ。それはあまりに巧妙に隠されており、最初の現場検証では完全に見落としていた。

「これは……物質転送陣?」

専門外の僕でも、その陣が持つ意味くらいは理解できた。空間を超えて何かを別の場所へ送るための術式。だが、この陣は不完全で、途中で焼き切れたかのような痕跡が残っている。過剰なエネルギー負荷がかかった結果か?


新たな物証を手に、僕は急いで王宮へと戻り、セレスティアの元へ向かった。

大書庫で僕を迎えた彼女は、いつも通りの涼しい顔をしていたが、その目には知的な探究心の光が宿っていた。

「あなたが依頼された件、調べておきました」

セレスティアが差し出した羊皮紙には、ゼフィラスが閲覧した禁書のリストが記されていた。

「『生命の錬成秘議』だけではありませんでした。彼は、『情報生命体理論』や『生命パターン転写法』といった、純粋に理論上の文献も閲覧しています」

「生命パターンの転写……?」

「ええ。生体が持つ生命情報、つまり意識や記憶のパターンを抽出し、別の触媒を介して再構成するという、極めて高度な理論です。もちろん、成功例の記録はありません」


僕は彼女に、工房で見つけた隠された錬成陣について話した。

「不完全な物質転送陣と、生命パターンの転写理論。そしてホムンクルス……」

セレスティアは顎に手を当て、思考の海に深く沈んでいく。

「断片が多すぎます。ですが……一つの仮説が成り立ちます。犯人は、物理的にあの部屋から脱出したのではない、という可能性です」

「どういうことだ?」

「例えば…犯人は、工房内の『賢者の血石』を情報記録媒体とし、あの不完全な転送陣を使って、自身の生命情報パターンだけを工房外の別のレセプター(受信体)へ転写したとしたら? 肉体は消え、情報だけが移動する。それならば、物理法則を無視することなく、完全な密室が成立します」


彼女の仮説は、常識の範疇を遥かに超えていた。だが、それはオカルトではなく、未知の科学技術に基づいた、冷徹な論理の積み重ねだった。


僕たちは、まだ事件の輪郭すら捉えられていない。容疑者たちが隠す断片的な真実。禁書庫から消えたページ。工房に隠された焼き切れた錬成陣。そして、生命情報の転写という新たなキーワード。

ゼフィラスが実践していた錬金術は、僕たちの想像を遥かに超えた、未知の科学領域に踏み込んでいた。そして犯人は、その理論を悪用して犯罪を成立させた。これは、理解不能な魔法ではなく、まだ

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錬金術師の密室殺人 @tatai22

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