AKUMA : 6 6 6

へろあろるふ

プロローグ


 私はテーブルに両肘をついて、重たい息を吐き出した。酒場は賑やかで、当然酒臭くて、油臭い。料理用の油だけなら、まだいい。剣や鎧、矢じりに塗る油のにおいまで混ざるから、鼻が曲がる……といえば大袈裟だが、とにかくくさい。



「気が、滅入る…。」



 謎の異世界に、謎のキメラとして転生して5年。世界観としては、日本列島(の地形)にヨーロッパの国々(名前はイングランドとか、フランスとか)を乗せたような感じ。


 魔法はあるし魔獣もいるけど、勇者とか魔王とかは聞いた事がない。

 強いて言うなら、「異端」と呼ばれる者達がいる。私も異端に数えられる一人で、人々からは蔑視、或いは畏怖される対象である。



 私の姿としては、ドラゴンの角と翼と尾を生やした白髪JK。実際、ドラゴン並みの戦闘力があるけど、日常生活の邪魔で、邪魔で、邪魔すぎる。



 しゃがまないと、ドアを通る時に角がぶつかる。翼が大き過ぎて、ベッドからはみ出る。毛布を被るなんて論外。辛い物を食べたら、胃袋から自動で火炎放射。



 我が国イングランド(偽)では、衛生技術があまり発達していない。つまり、香辛料なしで肉を食う奴は貴族か、舌が腐った庶民ということだ。


 私が食べているステーキは、さっきまでは胡椒の効いたミディアムだった。で、今は……ウェルダンを通り過ぎた何か。すごく硬いし、ちょっとにがい。




「こんばんは。」

「…?。」



 不意に、私の正面から女の声がした。私は食事の手を止めて、顔を上げる。白髪である私の上位存在のような、柔らかい銀色の長髪。


 紫の瞳を収めた大きな両眼は、淑やかな微笑を浮かべる。愛想のいい口元には、可愛らしい小顔を引き裂く大きな傷跡。剣による物だろう。


 痛ましい傷は 自然に、美少女をひがみたがる気持ちを静め殺した。



「相席しても?」


「…私みたいな異端でも 気にしないなら、どうぞ。」




 酒場は賑わっているし、空いているテーブルはない。この状況自体には、不自然なことは特段ない。しかし、どうだろうか。



 彼女は注文を終えるなり、私の顔をゆっくりと眺めている。まるで、私が口を開くのを気長に待ち続けるかのように。



 私は不味いステーキからフォークを離し、水を一口飲んだ。頬杖を突く彼女を見て、ゆっくりと口を開く。


「どういった御用で?」



 待っていたと言わんばかりに姿勢を正すと、彼女は改めて私を見た。


「私は北域商会ギルドのティアズという者だ。」


「…北域の商人様が、わざわざ東域のスコットランドまで来るとは、冗談みたいな話ですね。」



 私は、若干 胡散臭そうに彼女に相槌を打つ。気に留める素振りを見せないのは、商人の余裕というものだろうか。同じ年頃の少女とは思えない。


「実際、冗談みたいに疲れる旅路だったよ。だからこそ、今回の商談にはそれなりのチップが積まれているんだ。」




 私と年の差も無さそうな彼女の話し方は、何処となく、私が生前通っていた高校の担任に似ている。向こうでいえば「古臭い」、老人じみたものだ。

 そして、この世界でいえば「下手したてにこそ出ないが、相手の気分を害さない、交渉の玄人」。



「君の名前を聞いてもいいかな?」


「アカネ。」



「いい名前だね。アカネは、他人との無駄話は嫌い?」

「好きではない……かな。」



 先程まで商人相応の態度を見せてきたティアズだったが、少し雰囲気が柔らかくなった気がする。私の話し方も、少しずつ丸くなっていく。



「そっか。じゃあ本題に入るよ。」



 いやいや ちょっと待て。普通は逆だろ。なんでこの ゆるゆるムードで本題に入ろうとしてんだ。さっきまでの商人どこいった?


「私からの要望は、北域 商会ギルドへの移籍、私の支部での専属ハンター勤務。こっちからは、年収600万の給料、不動産エージェントの用意、自宅と職場の送迎。どうかな?」



 …600万。私が大型魔獣を50頭以上討伐した年の、年収の2倍。そして、不動産エージェント。


 やべぇよ、この子。


「この交渉に応じてくれるなら、まずは前金で、100万渡すよ。」

「ひゃくゥ…!?」





~翌日~



 私は金に眼が眩み、あっさりとティアズの交渉を承諾してしまった。そして、念

の為の実力テストという訳で、私は彼女を連れてダンジョンに来ている。


 彼女の考え方は、堅実で慎重なのかもしれない。初めて会った日に100万も受け取っているから、気のせいかもしれないが。


「亡霊都市…。」



 人を敵視して襲う害獣、通称魔獣。名前に「魔」とついている理由は、もちろん魔法を使えるからだ。高いクラスの魔獣は知能があり、扱う魔法も強力。



 そして、魔獣の群れは大きくなった後、自分たちの巣を作る。それがダンジョンだ。ここ、亡霊都市もダンジョンの一つとして指定されている。



「アカネは、ここに来た事ある?」

「ないよ。…聞いた事はある、けど。」




 亡霊都市。……魔獣も、人もいない都市。3年前までは普通の街だったはずの、ダンジョン。一度入ると、二度と帰ってこれない場所。



「私もここに入るのは初めてだよ。危険度 測定不能、魔獣の生息未確認。生還者ゼロの魔境…。」


「…これ、実力確認なんだよね? なんか別の物 確認しようとしてない?」



 そんなことないよ~、と笑う美少女。肝試しなのか腕試しなのか、或いは何かの悪戯か。私は半ば諦めるような気持ちで、レイピアの柄に片手をかけた。



 仮に相手が魔獣なら、九分九厘 問題はない。ただし…。


「この先に、一体何がいるのやら。」



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