第9話 東の塔へ
竜二は「剛力」の
ゴウ、と隙間の向こうから、淀んだ空気が吹き込んでくる。
「……う……」
ソフィアが、思わず口元を押さえる。彼女の
「……ソフィア、無理すんな。キツかったら、すぐに戻るぞ」
竜二は、ソフィアの様子を気遣いつつ、自らも
「……大丈夫。竜二こそ、魔力、無駄遣いしないで」
ソフィアも、意を決したように竜二の背後に続く。彼女は、
「……へっ。うるせえ」
竜二は、懐から「光る石」を取り出し、前方を照らす。バリケードの残骸が転がる、薄暗い回廊。ここからが、魔物の
「……東の塔、だったな。どっちだ?」
「……こっち。この回廊を抜けて、大階段を少し登る……。気配、探るね」
ソフィアは目を閉じ、集中する。魔石を喰らい、聖水を飲んだことで、彼女の
「……遠くに、二つ……ううん、三つ。小さい……。たぶん、
「ネズミ、ね。……まあ、犬っコロよりはマシか」
竜二は、自分の体に
(対象、「俺」。
「剛力」は魔力消費が激しい。
竜二は、ヤンキー時代に培った、物音を立てない歩き方で、ゆっくりと回廊を進んでいく。ソフィアも、その背中に必死についていった。
ギシリ、と崩れた天井を踏みそうになり、竜二は足を止める。「光る石」の明かりが、腐り落ちたタペストリーや、砕けた鎧の残骸を照らし出す。ソフィアが、かつて「我が家」と呼んだ場所の、
「…………」
ソフィアは唇を噛み締め、その光景から目を逸らさなかった。今は、感傷に浸っている場合ではない。竜二の背中を守ることが、彼女の「役割」だったからだ。
「……竜二。近い……! 曲がり角の、向こう……!」
ソフィアが、竜二の服の裾を触れないように引く。竜二は無言で頷くと、槍を中段に構え、壁に背をつけた。
カサ、カサカサ……。暗闇の向こうから、複数の何かが床を引っ掻く、不快な音が聞こえてくる。
「……三匹、だな」
竜二は、息を殺す。そして、角を曲がる瞬間、一気に踏み込んだ。
「――チィ!」
そこにいたのは、ソフィアが言った通り、子犬ほどの、赤黒い目をした三匹の「ネズミ」だった。
「まず、一匹!」
竜二は、まだ「剛力」を付与していない、己の腕力だけで、槍を突き出した。だが。ガキン!
「……! クソ、硬えな!」
「チチチチ!」
竜二が怯んだ隙を見逃さず、残りの二匹が、左右から同時に飛びかかってきた。
「……面倒くせえ!」
竜二は、その場で即座に
(対象、「俺」。
魔力が、一気に吸い上げられる。「硬化」や「鋭利」よりも、さらに直接的な「結果」を求める
「――オラァ!」
「剛力」で強化された腕が、槍を振るう。先ほどは弾かれたはずの
「チィィ――!」
一匹目を仕留めるのと、二匹目の牙が竜二の肩に迫るのは、ほぼ同時だった。
「――竜二、左!!」
ソフィアの悲鳴が飛ぶ。竜二は、槍を引き抜くのが間に合わないと判断し、槍を突き刺した一匹目ごと、盾にするようにして二匹目の牙を受け止めた。
「グ……!」
衝撃で体勢が崩れる。そこへ、三匹目が竜二の足元……完全に死角となる背後から、アキレス腱を狙って飛びかかろうとしていた。
「――させない!」
ソフィアが、叫びと同時に、抱えていた水差しの中身……「聖水」を、三匹目に向かって投げつけた。
戦闘力皆無の彼女ができる、唯一の援護射撃。
ビシャ! と聖水がかかった
「――チギィィィ!?」
「……ナイスだ、ソフィア!」
竜二は、突き刺していた一匹目を蹴り飛ばして槍を引き抜くと、反転。もだえ苦しむ三匹目の頭部に、強化された槍を、容赦なく突き立てた。
ズブリ、という鈍い手応え。 三匹目の動きが、完全に止まる。
「……はぁ……はぁ……。クソ、危なかった……」
竜二は、聖水を飲んで魔力を回復させながら、荒い息を整える。たかがネズミ三匹に、
「……ごめん、竜二。私、聖水、使っちゃった……」
ソフィアが、空になった水差しを見て、申し訳なさそうに呟く。
「バーカ。アンタが使わなきゃ、俺の足がイカれてた。……ファインプレーだ」
竜二は、ソフィアを労うと、仕留めた
「……チッ。小さいな。だが、ないよりマシか」
竜二はそれをソフィアに拾わせ、彼女の「食事」とさせた。ソフィアの魔力が、ほんの少し、また回復する。
「……今の戦いで、分かった」
竜二は、槍を握り締め直す。
「雑魚相手に、いちいち『貫通』みてえな大技を使ってたら、魔力が持たねえ」
「うん……。竜二の魔力、一気に減った……」
「だが、『剛力』だけじゃ、あの毛皮は抜けなかった。……もっと、効率のいい
竜二は、自分の戦闘スタイルと、このハズレ職の「燃費」について、深く考察を始めた。
ここは、ゲームの世界ではない。最適なスキルを選び、コストを管理しなければ、即「死」に繋がる。
「……行くぞ、ソフィア。次は、もっと上手くやる」
「……うん!」
二人は、初めての「偵察戦闘」での反省を胸に、再び暗い回廊を進み始めた。目指すは、大階段を登った先にある、「東の塔」。
その後、二人はさらに数体の
連携は、ぎこちないながらも、徐々に形になっていった。
そして、どれだけ歩いただろうか。 ボロボロの大階段を登りきった二人の目の前に、ひときわ重厚な、オーク材で作られたであろう両開きの扉が現れた。
「……ここか?」「うん……。間違いない。ここが、父の……『書斎』」
ソフィアが、緊張した面持ちで頷く。 竜二は、扉にそっと耳を当てた。
「……物音は、しねえな。魔物の気配は?」
「……ない。中は、静か……」
「……そうか」
竜二は、槍を構え直す。 魔石があるかもしれない、最初の目的地。 だが、同時に、ソフィアの「過去」が眠る場所でもある。
「……よし。開けるぜ」
竜二が、その重い扉に手をかけようとした、その時。
「――待って、竜二」
ソフィアが、竜二の腕を、掴もうとして……寸前で止めた。その顔は、魔物に怯えるのとは、また違う種類の「恐怖」で、青ざめていた。
「……どうした?」
「……おかしい」
「……魔物の気配は、ない。でも……。……何か、別の……。冷たい、『何か』が……中に、いる……!」
ソフィアは、扉を睨み据えたまま、震える声で言った。
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