死者のメッセージ

仲里

第1話

 暗闇の中でマッチを擦る音がする。

 炎が上がり、マッチを動かす手が、ひとつ、ふたつ、みっつとロウソクに灯していく。

 闇の中から若い女性の顔が浮かび上がる。色白で整った顔立ちが、無表情にこわばっている。長い黒髪が、白いネグリジェの背中まで垂れ下がっている。

 その女性――天野美雪は、祈りを捧げるような仕草をして、かすかに口を動かした。

「我を救いたまえ。我を清めたまえ……」

 ロウソクの並んだ真ん中に、小さな黒い像が置かれていた。人の姿をかたどったもので、鋭い目と笑みを浮かべたような口元が不気味な雰囲気を醸し出している。

 美雪は祈りの言葉を続けた。

「我が魂にとりつく悪霊よ、消え去りたまえ……」

 美雪は鉢に盛られた茶色の粉末をつまむと、部屋のあちこちに向かって撒いた。

 祈りに応えるかのように、半開きになった窓から風が舞い込んだ。風はカーテンをはためかせ、紙を舞い上がらせ、ロウソクの炎を揺らした。

 美雪はひざまずきながら、手を組んで、像に向かって一心不乱に祈った。

 そのとき、部屋のドアが開いた。電気で部屋が明るくなった。

「何をしてるんだ?」

 それは、父親の夕樹の姿だった。

「ちょっと、勝手に入ってこないで!」美雪は叫んだ。

 夕樹はテーブルに並んだものを見て、顔をしかめた。

「おいおい、何だよこれ。ロウソクまで並べて。やりすぎだぞ」

「いま大事なところなの。邪魔しないで。おまじないをしている最中なのよ」

 夕樹は像をつかみとった。

「なんだこの変なものは?」

「触らないで。大事なものなの」美雪は慌てて像を奪い返した。

「またあの蓮見とかいう男から買ったんだろう。いくら払ったんだ、こんなものに? また大金を払ったんじゃないだろうな」

「いくら払おうと勝手でしょ。自分で働いたお金よ」

「いつまでこんなことを続けるつもりなんだ。せっかく就職したのに、給料を全部あの男につぎこんでいるじゃないか」

「多少の出費は仕方ないわ。悪霊を追い払うためなんだもの」

「騙されてるんだよ、あの蓮見って男に。何度同じことを言わせるんだ。悪霊なんてものはいやしない」

「いいえ、いるのよ。悪霊が憑いているせいで、わたしの身の回りで悪いことばかり起こるんじゃないの。ママのことだってそう。あんなことになったのもわたしのせいなんだわ」

「お母さんが死んだのは、美雪のせいじゃない。病気だったんだよ」

「ちがうわ。わたしがママを病気にさせたのよ」

 美雪は足早に部屋を出て行った。

「おい、美雪。まだ話は終わってない。頼むから聞いてくれ」


「まあ、あなた、ずいぶんやつれてるわね。ちゃんとご飯食べてるの?」

 駅近くの喫茶店で、夕樹は叔母である森咲静子と向かい合っていた。静子は心配そうに、夕樹の顔をのぞきこんでいる。

 静子は小柄でリスのような顔に、優しそうな目をした老婦人で、どこにでもいるような平凡な女性に見える。だが、実際には世間に名の知れた女優だった。若くして演技の才能を見出され、舞台で端役から活躍をはじめた。シェイクスピアの「十二夜」のヴァイオラ役に抜擢されると人気に火がつき、めきめきと頭角を現わすようになる。様々な声色を使いわける才能もあったため、歌唱、声優、物真似まで、何をやらせても観客を感嘆させた。

 ところが、数年前に夫を亡くしたことがきっかけで気力を失ったのか、突然の引退を発表し、人々を落胆させた。ファンの嘆く姿を尻目に、静子は演劇の世界から遠ざかり、最近は余暇を利用して世界をのんびりと旅してまわる生活を送っていた。

 そんな静子が久しぶりに日本に帰ってくるというので、夕樹は飛んできたのである。夕樹自身は不動産会社に勤めるごく平凡な会社員で、華やかな芸能の世界とは縁遠く、静子は雲の上の存在だった。だが、静子は夕樹と会うときには偉ぶった様子は見せず、気さくに接してくれたので、聞き上手な静子と話していると、夕樹は思わずつらつらと何でも話してしまうのだった。

 この日も夕樹は静子と再会して話をしているうちに、いつの間にか娘の窮状について相談する形になっていた。

「きっかけは、美雪が母親を病気で亡くしたことだったんです。心臓の病気だったんですが。美雪はだいぶ落ち込みましてね。立ち直るのに必死の様子でした。そんなときに、美雪はあの蓮見という男と出会ったんです」

「まあ、どんな男かしら?」静子は興味深そうに訊いた。

「霊能力を持っているとかいうあやしい男です。もちろんインチキなんですが、美雪は易々と騙されてしまいましてね。占いが当たるとかいう噂もあって、最初は運勢か何かを見てもらいに行ったようです。蓮見は美雪と話をするうちに、美雪の弱みをめざとく見つけたんでしょうね。母親が死んだことで傷ついていることを利用して、美雪には悪霊がついてるんだとか、除霊しないともっと悪いことが起こるとか、不安をあおって嘘八百を吹き込んだんです」

「まあひどい。そんな馬鹿な話を信じちゃったのね、あの子」

「何でもすぐ信じてしまう子で。あの子の悪い癖なんですが……」

「それで、その蓮見はどうしたの? まあ、察しはつくけれど。きっとお金を求めてきたのね。霊験あらたかな壺とか、そのたぐいの」

「ええ、まさにそれです。悪霊を追い払うためには、呪物を持ち歩く必要があるとか言って、その呪物の代金として高額の金を払わせるようになったんです。要求は次から次に続きました。美雪は貯金をすべてそんなことにつぎ込んでしまったんですよ。しまいには、借金まで作るようになって……」夕樹は息を詰まらせた。

「あなたからあの子に言ってあげたんでしょうね? そんなのは霊感商法にすぎないって」

「もちろんです。でもあの子は僕の話なんてまるで聞きやしません。すっかりあいつのことを信じてしまって。ねえ、おばさん、お願いです。一度あの子とこの件で話をしてもらえませんか。おばさんの話なら聞くと思うんです。なにしろ、おばさんは大女優、人生の大先輩ですから。僕なんかの話よりも響くはずです」

「ええ、わたしにできることは何でも協力させてもらうつもりよ。でもねえ、わたしの話だって聞くかどうか……」

「きっと聞きますよ。ぜひお願いします」

「そうかしらね。まあいいわ。力になれるか分からないけれど、今度食事でもしながら、話をしてみましょう」


 静子から了解をもらえたのはよかったものの、夕樹は他にもやっておきたいことがあった。

 その日、夕樹が歩いていたのは銀座の街だった。目指す場所は、高級クラブなどが入るビルの一室だ。そこには蓮見の営む店舗があった。

こんな一等地に店を構えることができるほど、稼いでいるらしい。美雪と同じように蓮見の資金源になってしまっている被害者が一体どのくらいいるのだろうと、夕樹は考えずにはいられなかった。

 入口には大きな手の形をしたピンクのネオンサインが光っている。

店内に入ると、中央に通路があり、その両側に黒いカーテンで仕切られたブースが並んでいた。店内のあちこちに、呪物とおぼしき奇怪な品々が飾ってある。

 夕樹が受付の女性に蓮見と用事がある旨を伝えると、通路の奥の部屋に通された。

 そこは事務室になっていて、どっしりとしたテーブルが置かれ、蓮見が座っていた。

 蓮見は端正な顔立ちの、体格のいい男だった。紳士然とした服装をし、霊媒師というよりも実業家のように見える。

「ようこそいらっしゃいました。何かわたしに御用がおありとか?」蓮見は尋ねた。

「あなたが蓮見さんだね? 天野美雪って娘を知ってるだろうね。ここの常連のはずだが」夕樹は言った。

「ええ、よく存じあげておりますが」

「わたしは天野夕樹、美雪の父親だ」

「ほう、お父様でしたか。今日はどのようなご用件で?」

「無駄な前置きは抜きにして、単刀直入に言わせてもらうが、美雪と縁を切ってもらいたい。今日はそれを言いに来た」

「おやおや、藪から棒にどういうことです?」

「あんたはこれまで美雪にさんざん大金を払わせ続けた。魔除けだとか何とか言って、真っ赤な偽物を売りつけてね。だが、そうしたことは金輪際やめてもらいたい」

「ご冗談を。あなたがわたしの霊能力を信じないのはご自由ですが、美雪さんは信じておいでだ。わたしのサービスを受けるかどうかは、美雪さんご本人が決めるべき話でしょう」

「美雪はあんたに洗脳されていて、まともな判断もできないさ」

「洗脳とはひと聞きが悪い。ここのお客様は、皆さん悩みを抱えておいでだ。わたしはその悩みを軽くする手助けをしているだけですよ。それのどこが悪いんです?」

「気休め程度の料金なら、うるさく言わないさ。だが、あんたの要求金額は度を超えている。いくら払わせれば気が済むんだ。これ以上美雪と関わる気なら、こっちもそれなりの対応をしなければならなくなるんだぞ」

「それなりの対応? どうぞどうぞ、おやりなさい。」蓮見はおかしそうに笑った。「警察にでも裁判所にでも相談するんですな。だが、無駄ですよ。これまでにも同じような脅し文句を言われたことは何度もありましたが、警察はまるで動こうともしない。つまり、わたしの商売には何の問題もないということですよ」

 夕樹は鞄から封筒を取り出して、蓮見に差し出した。

「なんですかな、これは?」蓮見は訊いた。

「手切れ金だ。これを受け取ってさっさと美雪と縁を切ってもらいたい」

「なるほど、取引というわけですか。ですがね、見損なってもらっては困りますよ。わたしは金のためにこの商売をやってるんじゃないんだ。お客さんの心の平穏のためにやってるんですからね。まあ、こんなものはしまっておくんですな」

「心の平穏のため? 大金を取っているくせに、聞いてあきれる。受け取らないつもりか?」

 蓮見は不敵な笑みを浮かべながら、ドアの方に手を差し向けた。

「これ以上議論を続けても時間の無駄でしょうね。わたしも忙しい身でして。そろそろお引き取り願いましょうか」


 美雪が夕樹と静子と待ち合わせしていたのは、米国のレストランを模したこじんまりとしたお店だった。

店内は暖かい光に包まれ、軽やかなジャズの音楽が流れている。丸テーブルがいくつも並んでいて、ほぼ満席のようだ。板張りの壁には、米国の古い都市の風景を撮影した、数々の白黒写真が飾ってある。

 約束よりも早めに来たつもりだったが、夕樹と静子が既に席についていた。

「美雪さん、お久しぶりね。あらまあ、随分大人っぽくなったわね」静子は微笑んだ。

「お久しぶりです。お待たせしてしまって、すみません」

「いいえ、わたしたちの方が早く来すぎたのよ。悪いけど、もう先に始めちゃったわ」静子はテーブルの上のワインボトルを見せた。

 美雪は笑いながら席に着いた。

ちょうどその時だった。美雪が急に寒気を感じたのは。それは、誰かに見られているような奇妙な感覚だった。

 夕樹と静子が座っているすぐ後ろに、本や玩具が並んだ棚があり、その真ん中に黒髪の婦人の人形が座っていた。その人形はまるで美雪の方をじっと見つめているようだった。

 美雪の表情がこわばったのを見て静子が訊いた。

「どうしたの? 顔色が悪いようだけれど」

「いえ、あの……。そこにある人形がなんだか、わたしの母が持っていた人形に似ているものですから」

 静子は振り返った。

「まあ、かわいらしい人形じゃないの」

「たしかにそうですね……。すみません、何でもないので気にしないでください」

 三人はメニューを見て料理を注文すると、歓談を楽しんだ。静子の旅行先での土産話など、当たり障りのない話題が続き、心地よい時間が流れた。

 美雪が異変を感じたのは、前菜を食べ終わったころのことだった。

 店内の明かりが急にちかちかと瞬いて、暗くなったり明るくなったりを繰り返したのだ。数秒間、店内が真っ暗になった後、また元の明るさに戻った。

「どうしたんでしょう。蛍光灯でも切れたのかしら?」美雪は思わずつぶやいた。

「蛍光灯? 何のことかな」夕樹が訊いた。

「今、照明がちかちかしたでしょう? ついたり消えたり」美雪が言った。

「そう? 何も気づかなかったけれど」静子が首をひねる。

「えっ? でも、いま電気が……」

 美雪はなんだかよく分からず混乱した。たしかに照明の具合がおかしかったのだ。二人とも鈍感なのだろうか? 不可解に感じながらも、これ以上こだわっても仕方ないので食事を続けることにした。

 だが、異変はそれだけで終わらなかった。しばらく食事を続けていると、今度は店内で流れていたジャズの音に、突然ブツブツという雑音が混じった。やがてその雑音が止むと、今度は大音響で子供の歌声が流れ出した。美雪は思わずびくりとした。それは美雪も知っている曲だった。子供の頃好きだった漫画映画の主題歌だ。その曲はしばらく続いたのち、やがて元のジャズの曲に戻った。

「びっくりした。急にどうしたんでしょうね。今の音楽……」美雪が言った。

 これを聞いて、夕樹と静子はとまどったふうに顔を見合わせた。美雪が何を言っているのかさっぱり分からないといった様子だ。

「いま音楽が急に変わったでしょう?」美雪はおそるおそる訊いた。

 静子は首を振った。

「ねえ、あなたさっきから大丈夫? 気分でも悪いんじゃないの?」

 美雪は店内の周りの客たちを見まわした。誰もが楽しそうに食事を続けている。電気が消えたり音楽が突然鳴り響いたりしたことに気づいている様子はまるで見られなかった。

 美雪はぞっとした。この奇妙な現象を感じているのは、ひょっとしたら自分だけなのだろうか。自分の頭は本当にどうにかなってしまったのかもしれない。自分が幻を見ているということなのか。

 だが、美雪が本当の恐怖を感じたのはそのあとだった。

 静子が心配そうな顔をして美雪の方を見つめている。その背後で何かが動いたのだ。それは例の人形だった。よく見ると、あの人形の頭や腕がぎこちなく動き始めた……。

 それと同時に、はっきりとした女の声が聞こえてきた。

「みゆき……美雪、わたしの声が聞こえる?」

 それはまるで何者かが人形に憑依して美雪に話しかけているみたいだった。美雪は真っ青な顔をして、体をこわばらせた。金縛りにあったかのように、体を動かすこともできなかった。

「聞こえる……? わたしの声……」

 美雪は目だけ動かすと、周囲の人々の様子を見た。やはり誰もかれも何も異変に気づいておらず、普通に食事を続けている。人形の動きも、女の声を感じ取っているのはやはり自分だけらしい。

「美雪、わたしよ……お母さんよ。よく聞いてちょうだい。あまり時間がないの……」女の声が続いた。

「ママ?」美雪はかすれたような声を出した。

「そうよ、わたしよ……。あなたのことが心配でメッセージを伝えに来たの。あなたが入れ込んでいる霊媒師のことよ」

「えっ?」

「あの男のことを信じてはだめ……。あの男は、あなたのことを騙そうとしているわ……」

「でも……」

「よく聞くのよ。あなたに悪霊が憑いているなんて嘘……。あなたに憑いているのはわたしたち守護霊なのよ。いつもあなたのそばにいて、悪いことがないように見守っているの。だから、魔除けなんて馬鹿なまねはやめてちょうだい。ああ、もう時間が……。そろそろ行かなくては……」

「ママ……待って。行かないで」

「あなたと話ができてよかったわ。でも、これでお別れではないの。忘れないで。わたしがいつもあなたのそばにいるということを……」

 声はぷっつりと途絶えた。人形の動きもぴたりと止まった。 

 気がつくと、周囲の人々の歓談する声、ナイフとフォークが皿にかちんと当たる音が聞こえてきた。

「おい、美雪。大丈夫か?」夕樹が声をかけた。

「わたし……、なんだか気分が……」

 美雪はしばらく人形を見つめていた。人形は何もなかったかのように虚ろな目でじっと見返している。

「本当に大丈夫なのか? 何かぶつぶつ言っていたみたいだが」

「気分が悪いんでしょう。今日はもう帰った方がいいんじゃないかしら」静子が言った。

 美雪は軽く首を振った。

「もう大丈夫……」

「でも、あまり無理をしない方がいいわよ」

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です……。むしろ、すっきりした気分というか。いま、この人形が大事なことを教えてくれて……」

「大事なこと?」夕樹が訊いた。

「そう。わたし、間違っていたのね。今までまじないにばかり頼っていたけれど、そんなもの必要なかったんだわ。だって、わたしのそばにはママがついてくれていたんだもの……」

  

 しばらくして、美雪が席を立ったタイミングで、夕樹は静子に言った。

「うまくいきましたね、おばさん。見事な演技でした。本当に感謝してもしきれませんよ」

「さすがのわたしでも緊張したわ。一世一代の大芝居ですもの。舞台に立つのは久しぶりだったし」

「美雪は蓮見のことを信じ切っていたから、どうなるか不安でしたが……」

「そうね。だからこそ、わたしが説得するだけではだめだと思ったのよ。霊的なものを信じている人間に、それを否定することを言っても、かえって頑固に口を閉ざすだけだわ。それで霊に登場してもらったわけ。あの子は幽霊話を何でもすぐ信じちゃうって話しをしていたでしょう? だからそれを逆手に取ってみてはと思ったのよ。わたしからの説得は無理でも、ひょっとしたら幽霊の話なら信じるかもしれない。それが母親の幽霊ならなおさらってね」

「毒をもって毒を制すというようなことですか」

「ええ、まさにそれを言いたかったの」

「でも、おばさんのあの幽霊の芝居はさすがでした」

「あら、姉の声色をまねるなんてたやすいことよ。それに、舞台ではなんでも一通り覚えたのよ。今回やったみたいな腹話術もね」

「あの腹話術の人形、ピアノ線で動かしていると分かっていても不気味だったな。思わずびくっとしそうになりました」

「ええそうね。でも、そうなったら芝居が全部台無しよ。わたしたちは何も気づいていないふりをしていなければいけなかったんだから。心霊現象を感じているのはあの子だけで、周りの客たちは何の反応もしていないっていう状況が大事だったの。あの子を信じこませるためにはね。みんなうまくエキストラを演じてくれたわね。さすがわたしの演劇仲間だわ」


 それから数週間ほどしたのち、静子はまた海外へ旅立つことになった。

 夕樹は見送りがてら、ふたたび静子と喫茶店で顔を突き合わせていた。

「ねえ、あなた、なんだかまたやつれたようよ。体調でも悪いの?」静子が心配して言った。

「いえ、僕は大丈夫なんですが……」

「あらそう。美雪さんはどうしてるの? 結局、蓮見って男とは縁を切ったんでしょうね?」

「ええすっかり。おかげさまで」

「だったら、何も悩むことないじゃないの。なにをそんなにふさいでいるのよ?」

「いえ、それが……うまくいきすぎたというか」

「どういうこと?」

「美雪なんですが、幽霊と会話したことがきっかけで、自分に霊能力があるんじゃないかって思い始めたみたいで」

「ええっ? そんな能力あるわけないじゃないの。だって、あれは芝居だったんだから」

「何でも信じやすい子で……。今度は自分が霊媒師になるんだって言い出しまして」

「まあ、あきれた。それでどうするの? あれは芝居だったって言ってやったらどうなの?」

「そんなことしたら、またあの子がどんな反応を見せるか……。ねえ、おばさん、何とかなりませんか? おばさんの力でどうにか……」

「そんなこと言われても。わたしだって力になれそうにないわよ」静子は肩をすくめた。「ああもう、なんて手のかかる子なの。わたしはもうお手上げよ。今度ばかりは本当に、精霊の力にでも頼るしかないんじゃないかしら!」

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死者のメッセージ 仲里 @ryo-hatsune

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