第3話 節奈は秀才人生まっしぐら中
「節奈、いちばん手っ取り早く成績をあげるには、ドリル一冊を丸暗記することよ」
節奈は、未有先輩の無茶な発案に仰天した。
えっ、ドリル一冊といっても、50ページ以上はあるんだよ。
それを丸暗記するには、相当な時間と根性が必要だよ。
それに算数なんて、どうやって暗記するの?
「算数の場合は、この問題はこの公式を使うという、問題と公式とをひもづけして覚えるの。問題の公式パターンを丸暗記しちゃうのよ」
なーるほどなあ。
さすが未有先輩。秀才不良の異名をとるだけのことはある。
「わかりました。とりあえずやってみます」
自分でも不思議である。
すっかり勉強になじみ、なればできるという自信が芽生えたのだろうか?
「節奈、どんな心境の変化なのかな? 勉強ばかりして、母さん嬉しいよ」
この頃のおかんは、すっかり上機嫌のニコニコ顔だ。
やはりおかんの笑顔は、私とて励みになる。
初めての一学期の中間テストで、平均点80点のまずまずの成績。
「節奈って一応珠算は三級だったけど、勉強は苦手だったろう。
中学生になって、落ちこぼれて不良にでもなったらどうしよう。
不良グループって学校でも家庭でも行き場がなくて、暴走族になるケースが多いんだよね。暴走族というとバックには反社がつき、覚醒剤で少年院行きなんてパターンが多すぎるよ」
心配性のおかんは、そこまで思考を発展させてたのか。
勉強のできない不良なんてもう過去の遺物だって。
「節奈、何が原因でこんなに、勉強するようになったんだい。母さんに教えてよ」
未有先輩のことは、おかんに話す必要はない。
余計な詮索をされるし、第一、私も未有先輩は勉強以外、知るよしもない。
「母さんは、定時制高校しか卒業してないけど、節奈には進学校を卒業してもらいたいね。本で読んだけど、ヤンキー先生と呼ばれている義石先生というのは、地域で上から三番目の高校に行ったけど、高校二年のとき、教室でホームルームで担任の髪の毛をライターで焼くなんて前代未聞の事件を起こして、即退学になったんだって」
目を丸くして聞いている節奈に母親は説明した。
「なんでも、担任がホームルームのとき、義石先生を教壇に立たせ、
『女性諸君に告ぐ。この男とは三言以上しゃべったら妊娠するぞ。
しかし、義石から話しかけられたら、どうしても必要なことだけを答えてやれ。ただし二言以内でな』」
節奈は思わず吹き出した。
「このセリフ、大阪の新喜劇で聞いたことあるわ。
三枚目主役に向かって『おーい、この男としゃべったら、妊娠するぞ』のセリフのあと、客はドッと笑ったわ。そのノリで言ったんじゃないかな。
それに私の想像だけど、担任がそこまでするというのは、義石先生というのは、いわゆる担任の言うことをきかない、反抗的な手のかかる生徒だったんじゃないかな」
母親は答えた。
「へーえ。そんなお笑いセリフがあったのか。節奈の言うとおり、その担任は、ジョーク半分で言ったのかもしれないなあ。
しかし、義石先生にとってはそうとう男の沽券に関わる言葉だったに違いなかったよ。クラス全員の前で、恥をかかされたんだからね。
まあ、担任ににらまれたら不利なだけで、何一ついいことはないよ」
節奈は再び、母親に質問した。
「しかしどうして、義石先生はヤンキーになったの?」
「義石先生は、母親の浮気から生じた息子でね、義理の父親からは、冷たい目で見られたんだって。
不倫の子は知的障害に決まっているなどと悪態をつかれ、それで勉強だけは頑張って、クラスで五番以内だったんだって。
高校二年で退学したあと、大検に合格して大学の法学部に進学したのち、最初は弁護士を目指したこともあったんだって。弁護士は敵の多い職業だけどね。
でも最終的には教師になったけどね」
「母さん、思うんだけどね、人間、時間と勉強だけは平等なんだ。
誰でも一日24時間という時間だけは平等に流れている。
勉強以外のスポーツや芸能、起業などは向き不向きがあるけどね」
母さんは、ボクシングの試合を見ながら言った。
そういえば、ボクシングはどう頑張っても女にはできない。
相撲や柔道などの格闘技も女性には不向きである。
芸能も万人に一人の世界であり、有名な芸能学校でもデビューできるのは千人に一人の割合だという。
「そうね、母さんの言う通り、私は今まで勉強に興味がなかったの。
だって実際、エリートでも犯罪者はいるし、東大卒のホームレスもいるわけでしょう。何のために勉強するのかわからなかったわ」
「そうだね、でも勉強はやはりしといただけ、自信につながるよ。
もちろん、勉強して一流大学へ行ったとしても、女子の場合はコネがない限り、企業の就職は難しいのが現実だわ。
弁護士や医者になっても成功するという保証はない。
母さんが思うに努力するということは大切なことだよ。
努力することで、自信を得られるんだから。
それともう一つ、いろんな人とのコミュニケーションをとるよう努めることだね。この人は間違っているという人でも、そこに至るまではなんらかの原因がある筈だからね」
節奈は思わず答えた。
「いじめ、虐待、差別とかかな? でも親や家族の協力によって解消したというケースもあるわ。特にいじめはそのパターンだけどね」
母さんは答えた。
「悪党は嫌われ、疎外されて当たり前だというが、私はどんな悪党でも、やはり環境によってそうなったケースが多いな。
犯罪者に幸せな家庭の人は一人もいないというね。
まあ、今は詐欺や強盗の犯罪というのは借金が原因で、そうなったというが、借金の原因はギャンブルであるケースが多いわ。
闇金というのは、ギャンブル御用達だからね。
貸すときは担保や保証人なしで貸してくれるけど、取り立てとなれば厳しいわ」
節奈は母親の話に、目を丸くして聞いていた。
「そういえば、女子大生がマルチ商法に誘われ、なんとサラ金で借金してでも払えなんて強要され、自殺に至ったケースもあったわね。
また、私の知り合いでバイト先の雇われ店長がひどいギャンブル狂で闇金に手を出し、そのとばっちりを食ったという話も聞いたことがあるわ」
母親は身を乗り出した。
「教えてよ。その話、闇金のとばっちりってなんだかヤバそうね。
まあ、女性の場合だと、下着写真をSNSでばらまかれたりしたり、昔あった大手サラ金武富○だと歌舞伎町の風俗行きだったわね。
そうなる前に、夜逃げするケースが多いけどね」
節奈は「今から、闇金店長の犠牲になった女子アルバイトの話を始めます。
誰しも明日は我が身に火の粉が降りかかり、決して対岸の火事のような他人事ではないんですよ。ジャジャジャーン」
私は、有名フランチャイズ店に勤め始め、二年になる。
二階建ての店で、私は一人で二階を担当していた。
繁華街の忙しいこの店は、辞めていく人が多いなかで、真面目に勤務してきたという自負があるが、店長はしょっちゅう変わる。
まあ店長といっても、一年契約なので入れ替わりが激しい。
そんななかで、三十歳くらいの新任店長ー岩本店長が入店してきた。
忙しい時間帯は、やはりランチタイムに限られる。
岩本店長は、客の注文に追い付かないようで、とまどっていたが、若いチーフがそれをフォローしていた。
私はそこで、最年長だったので、自覚をもって二階の仕事に一人で取り組んでいた。ときどき、一階で客とトラブルを起こしたバイトが、応援にきてくれていたが、対して役に立たなかった。
岩本店長が入店してきてから二か月目のこと、私は朝の就業時間の始まりに急に呼び出しを受けた。
「大変なことが起こった。貴方は昨日の土曜日、あなたは中年女性の接客をしたな。その女性から、こんな苦情があがったんだ。
そして一通の手紙を読み上げた。
私は怖いババと呼ばれる人物です。
昨日の女子店員の接客ぶりに、私は大層立腹しました。
一、へい、いらっしゃいませなどと、しらけた挨拶をした。
一、テーブルを拭いて下さいというと、へい、テーブルを拭きましたなどと
しらけた物言いをした。
一、水をテーブルにカチャリンと置いた。
以上のことで私は立腹し、その晩、岩本店長を私の自宅に呼び出し、土下座をさせました」
との内容だった。
私は思わずポカンとした。
確かに私は、上記の三つに当てはまる接客をしたのは事実である。
しかし、その時点で客とトラブルを起こしたわけでもない。
第一、その女性客が私に不満があるなら、その時点で文句を言うだろう。
その日の晩に、岩本店長を自宅に呼び出したなどということは考えられない。
岩本店長は話を続けた。
「そういったことで、あなたは無期限謹慎ということにする」
えっ、謹慎ってなにか悪事でも働いたわけでもなし、納得いかなかった。
私は本部に電話をして、エリアマネージャーと話し合うことになった。
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