時を超えた三角関係キャットファイト

橋元 宏平

女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの

美琴みことの場合】

 私と奈緒美なおみ明美あけみの仲良し3人組は、私の家でお喋りを楽しんでいた。

 ふたりとなら、何時間でも話せるんだよね。

 でも無情にも、楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。


「そろそろ、ご飯の時間だから帰るわ」

「アタシも~」

「そっか、もうそんな時間か」


 ふたりを玄関まで送り、手を振り合って別れの挨拶をする。


じゃあしたっけ、また明日ね」

じゃあね~したっけね~


 楽しかった分、ふたりがいなくなると急に寂しくなる。

 3人だと狭かった部屋も、ひとりだと途端に広く感じる。

 明日になれば、またふたりと会えるって分かってんのに。


 寂しさに少し落ち込みながら、散らかった部屋を片付けていると。

 ピンポーンッと、チャイムが鳴った。

 また、奈緒美が忘れ物でもしたかな?

 それとも、明美がおすそ分けでも持って来てくれたのかも?

 明美のお母さんって、料理上手なんだよね。


「はぁ~いっ」


 返事をしながら、玄関の扉を開く。

 そこには、サングラスを掛けた見知らぬ女の人が立っていた。

 女性はサングラスを外して、明るい笑顔で挨拶してくる。


「どうも、こんにちはっ!」

「あ、はい、えっと、その、どちら様ですか?」


 人見知り気味な私は、おずおずと返事を返した。

 女性は何が面白いのか、ニコニコと楽しそうに笑っている。


「ワタクシは、風間かざま美琴でございま~すっ! って、自分に自己紹介するのもおかしいか」

「はぁ……?」


 まさか、同姓同名とは。

 良く分かんないけど、気さくな人みたいでホッとする。

 年齢は、20歳後半くらいかな。

 スラリとした、モデル体形。

 綺麗なセミロングヘアは、染めているのか濃い茶色。

 スタイリッシュな服を着ていて、芸能人みたいな垢抜あかぬけた雰囲気がある。


 内地ないち(北海道民から見た本州)から来た人なのかも。

 田舎者全開なクソダサメガネデブスの私とは、大違いだ。

 気後きおくれしていると、その女性はやたら馴れ馴れしく肩に手を置いてくる。


「ワタシは、10年後の未来からやって来たあなたよ」

「はぁ~? マジィ~?」

「まぁまぁ、いきなりで信じられないかもしんないけどマジ」


 この人が、未来の私?

 そんなの、信じられるワケがない。

 だって、ほぼ別人じゃん。

 人間って、こんなに変わるものなのか。

 驚きのあまり固まる私を見て、自称未来の私が苦笑する。


「あのさ、玄関で立ち話もなんだし、家入れてくんない?」

「さっきまで友達が遊びに来てたから、散らかってるけど……」

「ああ、奈緒美と明美ね。昔のあのたちにも、会ってみたかったなぁ~」


 ズバリ言い当てられ、驚いて聞き返す。


「なんで、知ってんのさ?」

「だから言ったじゃん、ワタシは未来のあなただって」


 未来の私はニコニコ笑いながら、私の部屋に入ると嬉しそうな声を上げる。


「わぁ~! 昔のワタシの部屋、懐かしい~っ!」


 ズカズカと遠慮なく踏み込み、部屋中を眺めて漁り始めた。

 隠しておいた作曲ノートを、あっさり見つけられる。


「お、やっぱ、ここにあった! どれどれ?」


 らくがきの塊みたいな物を見られて、途端に恥ずかしくなった。

 中を見られたくなくて、慌てて取り上げる。


「ちょっ、ちょっと、やめてよっ!」 

「良いじゃん、そもそも、ワタシの部屋だし」

「いや、そうかもしんないけど、今は私の部屋だからっ」


 言いつつ、作曲ノートを背中に隠す。

 今更ながら、思っていたことを質問する。


「で? 未来の私って言ったけど、何しに来たの?」

「それが、ワタシにも分かんないのよね~」

「え? どういうこと?」

「なんか突然、不思議なゲートみたいなもんが現れてさ。くぐってみたら、ここにいたのよね」


 普通、突然現れた正体不明のゲートをくぐろうとは思わないでしょ。

 未来って、そんなに簡単に過去へ行き来出来るもんなの?

 こっちが、ワケ分かんないんですけど。

 混乱している私に、未来の私は柔らかく笑い掛けてくる。


「ひとつ、良いことを教えてあげる。奈緒美と明美は、未来でも変わらず一緒に遊んでるから」

「ホント?」

「ホントホント。だから、安心してよ」


 それは、私にとって最高の朗報ろうほう(嬉しいお知らせ)だった。

 奈緒美と明は、私にとって大事な親友。

 だから、高校卒業するのが無性に怖かった。


 私は、音楽専門学校へ進学を決めている。

 明美は就職。

 奈緒美は大学。

 進路はバラバラで、高校を卒業したら離れ離れになってしまうと思っていた。


 ひとりで新しい環境へ飛び込むのは、不安しかない。

 でも、作曲家になることが私の夢で、どうしても諦められなかった。

 私の不安を吹き飛ばすように、未来の私はにこやかに笑う。


「専門学校でも雛菊ひなぎくってと親友になれるから、心配しなくて大丈夫よ」

「ひなぎくって?」

「中二病こじらせた残念な美少女だけど、良い娘だよ」


 そんな美少女はイヤだ。

 でも、専門でも親友と呼べる友達が出来るんなら、良かった。

 ホッとしていると、未来の私は驚くべきことを言い出す。


「その雛菊と明美と奈緒美とユニット組んで、アイドルになるの」

「えぇえぇぇぇえぇっ? あ、アイドルぅ? 私がっ? 嘘でしょっ?」

「いやいや、嘘じゃないって。一年中全国ライブツアーやってるし、ライブのチケットも即日完売。スーパーアリーナライブも武道館ライブも、大成功させたんだから」


 未来の私は、ドヤ顔で言った。

 私の未来って、なんかスゴいことになっているみたい。

 逆に彼女が未来の私だなんて、信じられなくなってきたわ。

 疑いを持ち始めた時、またピンポーンッとチャイムが鳴った。


「はぁ~いっ」

「あ、ワタシも行く~」


 私と未来の私は、部屋を出て玄関へ向かう。

 玄関を開けたら、困り顔の奈緒美が立っていた。


「ごめ~ん、アタシ、財布忘れちゃったんだけど」

「もぉぉぉ~、またぁ? しょうがないなぁ」


 私が呆れていると、奈緒美は私の後ろにいる未来の私に目を向ける。


「どちらさま?」

「ワタクシは、10年後の風祭美琴でございま~すっ!」

「は?」


 そりゃ、驚くよね。

 だって、今の私と全然違うもん。

 信じられないのも、無理はない。

 ポカンとした顔で、奈緒美は未来の私をじっと見つめている。


「これが、未来の美琴?」

「うん、そうだよ、奈緒美」


 未来の私が笑顔で、大きく頷いた。

 すると遠くから、奈緒美の声が聞こえてきた。


「ちょっと、美琴~? どこ行っちゃったの~?」

「え?」


 声の方向に視線を向ければ、見慣れた景色に見たことのない大きな門が出来ていた。

 その扉の前に、もうひとりの奈緒美がいた。

 いや違う、良く見たら今よりもずっと大人びている。

 あれが、未来の奈緒美?

 その横に、大人になった明美もいた。


 その後ろに、知らない人がもうひとり。

 信じられないくらい、綺麗なひと

 あの人が、未来の親友の雛菊か。


「みんなが呼んでるから、ワタシ、行かなきゃ! バイバ~イッ!」


 満面の笑みを浮かべた未来の私が、大きく手を振りながら門へ向かって走っていく。

 未来の私たちは、顔を見合わせて楽しげに笑っている。

 未来の私が、とても羨ましかった。


 あれが、未来の私。

 今、私、スゴくドキドキワクワクしてる。

 みんな、めっちゃキラキラと輝いている。

 なんて、まぶしくて綺麗なの?



【奈緒美の場合】

 しまった、美琴ん家に財布と携帯電話忘れた。

 美琴が盗むような悪い娘じゃないって分かってるけど、やっぱないと困る。

 面倒臭いけど、美琴ん家に引き返した。


 美琴ん家に着いて玄関が開いたら、美琴の後ろに知らない人がいた。

 とても綺麗な人で、眩しい笑顔に胸がキュンとときめいた。

 奇跡の邂逅かいこうに、一瞬で目を奪われた。


 ひと目惚れって、本当にあるんだ。

 体験するまで、信じられなかった。

 こんな熱い気持ちは、生まれて初めて。


 ただ見つめているだけで、とても幸せな気持ちで胸がいっぱいに満たされる。

 えたのはほんの数分だけで、未来の美琴は自分の時間へ帰って行った。

 恋にちるのは、数分で充分だった。


 目の前に同一人物がいるけど、アタシが恋をした相手はアンタじゃない。

 未来の美琴はめっちゃ綺麗に痩せて、超絶可愛くなっていた。

 10年後の未来から来たって言ってたけど、逆に若返ってね?


 今の美琴が、地味メガネデブだから老けて見えるだけかもしれないけど。

 同じ人間なのに、あんなに激変するものなのか。

 痩せただけであんなに可愛くなるなら、ダイエットして欲しい。


 オバサンみたいなひっつめ髪も、綺麗にセットしてもらおう。

 あんな感じのシュッとした、可愛い服も着て欲しい。

 少しでも早く、あの姿に近付いてくれないかな。


 10年後か。

 未来の世界でも、アタシたちは一緒にいると分かっている。

 遠い未来だけど、あの愛しい姿になるまで気長に待ち続けよう。

 少しずつ変わっていく美琴を、見守るのも悪くない。

 決意を胸に、帰路きろに着いた。


 あ、財布と携帯忘れた。



【明美の場合】

 突然カミングアウトするけど、あたしはデブ専女子。

 あたしの中で「デブ」は、半分褒め言葉になっている。

 でも、デブならなんでも良いってワケじゃないのよ。

 デブはデブでも、あたしなりにこだわりがある。


「デュフフコポォ オウフドプフォ フォカヌポウ」とか笑う、キモオタデブは論外ろんがい

 っていうか、笑い声なの? それ。

 どうやって発音してんのか、逆に教えて欲しいわ。

 そういうデブって、なんか臭いし汚いしキモいんだもん。

 悪いデブは、近寄りたくない。


 良いデブってのは、ぬいぐるみみたいな可愛いデブのことよ。

 小綺麗こぎれいにしているデブは、良いデブ。

 柔らかくて吸い付くようなもち肌は、ずっと触っていたくなる。

 適度に弾力のある、すべすべぷにぷにのおなかは至高。


 おっぱいじゃなくて、おなかがあたしの性癖。

 タヌキ腹も三段腹も、どっちも好き。

 それにデブは体温が高いから、抱き着くとあったかい。

 コタツみたいに人をダメにするデブが、最良のデブなのよ。


 背が高いムキムキマッチョなイケメンなんて、興味ないね。

 最近、なんでもかんでもイケメンイケメン言いすぎじゃない?

 そもそも、男のどこが良いの?

 男ってなんか不潔だし下品だし、大っ嫌い。


 その点、女の子は良いわよね。

 可愛いし、綺麗だし、清潔感があって、良い匂いがするもん。

 もちろん、顔は良いに越したことはない。

 あたしはどちらかというと、綺麗系より可愛い系が好き。


 あたしの理想の可愛いは、一般の可愛いとは違う。

 見てると癒される、くまのプーさんみたいな愛嬌あいきょうさが好ましい。

 あたしの求める理想のデブは、くまのプーさん。


 あたしはプーさんの親友、ピグレットになりたい。

 ピグレットはピンクの小ブタで、プーさんのおなかの上で寝ている。

 子供の頃、ピグレッドがうらやましくて、あのふくよかなおなかの上で眠るのが夢だった。


 高校に入って、その夢が叶った。

 同じクラスの美琴みことは、あたしが求める理想のデブだった。

 眉毛はくっきり、目は小さめ、ダンゴっ鼻、大きな口。

 プーさんに似た、愛嬌あいきょうのある顔。


 スキンシップが好きな娘で、ベタベタくっつきたがる。

 あたしも美琴みことを触りたい放題なので、好きにさせている。

 ぷにぷにもち肌の揉みごたえは、最高。

 おっぱいもおなかも良い弾力だんりょくで、抱き心地ごこちが良い。


 美琴みことのおなかに顔を埋めたら、めっちゃ気持ち良かった。

 プーさんのおなかの上で幸せそうに眠るピグレットの気持ちが、今なら分かる。

 これよ、あたしの求めていたおなかはこれなのよ。

 あ~……、ずっとこうしていたい。


 ところが、あたしのささやかな幸せを妨害する敵が現れた。

 あたしと美琴と、いつも一緒の仲良し三人組の奈緒美。

 奈緒美は、スレンダーな綺麗系女子。

 つい最近まで、デブの触り心地ごこちを共感する仲間だった。


 なのに今日突然、美琴に「ダイエットしない?」などと言い出した。

 思わず、耳を疑ったね。


「は? アンタ、何言ってんの?」

「だって、太ってんのって体に悪いじゃない? だから、美琴も痩せた方が良いんじゃないかと思って」


 言い訳するように、奈緒美がしどろもどろ言った。

 さては、昨日テレビでやってた健康番組で、いらん情報を刷り込まれたわね?


 デブは、体に悪いに決まっている。

 高血圧や高コレステロールになり病気のリスクが高まるのは、もはや常識。

 でもデブは、痩せられないからデブなんでしょ。

 だったらとっとと諦めて、あたしの幸せの為にデブっときなさいよ。


 大きな口を開けて美味しそうにいっぱい食べるデブは、見てるだけで癒されるのよね。

 ダイエットなんてされたら、至福しふくのぷにぷにもちもちがなくなっちゃう。

 なんとしても、ダイエットを阻止しなければ。


「美琴は、このままで良いんじゃない?」

「痩せたら、絶対可愛くなるから」

「美琴は、痩せなくても充分可愛いでしょっ」


「痩せたら可愛くなる」は、ダイエットの常套句じょうとうく

 デブ愛好家としては、許せない。

 なんで世間は、デブの良さが分かんないのよ!

 平安美人へいあんびじんは、デブが条件だったでしょっ!

 いつから、美醜びしゅう逆転したのかしら?


 すると美琴が窓ガラスに自分の姿を映して、ため息なんて吐いている。


「……やっぱ、痩せた方が良いのかなぁ……」

「ほら見なさい! 美琴が早くもデブ、気にしてんじゃないっ!」


 これで美琴がダイエットなんて始めた日には、あたし泣くわよ。

 美琴のつぶやきを聞いて、奈緒美が嬉々ききとして身を乗り出してくる。


「だったら、アタシも協力するから今日からダイエットしない?」

「美琴は、デブのまんまで良いのよ! ダイエットなんて、絶対させないからっ!」


 この日から、デブ保持派のあたしとダイエット推奨派の奈緒美の攻防戦が始まった。

 負けられない戦いが、ここにある。

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