第七話 「その笑顔の裏に」
あれほど騒がれたミゾグチやひかるの事件も、今や過去のこと。
ドマーニは、いつもどおりの活気に包まれていた。
鑑定を終えてブースを出る客に、ありがとうございましたと凛子は軽く会釈した。
その客と入れ替わるように、月ヶ瀬が小さく手を上げてブースに現れた。
「鑑識の結果が出た。あんたの言ったとおりだったよ」
そう言って月ヶ瀬は、手にしていた鑑識の用紙を机の上へ置いた。
「阿片・ケシの実の反応がバッチシ出た」
ただ、それを聞いても凛子には驚きも安堵もない様子。
「何だ、反応薄いな」
そう言って凛子をのぞき込んだ月ヶ瀬であったが、急に凛子の目線が自分に向けられて、一瞬ドキッとした。
「そんなことより、ちょっと調べてほしいことがあるんですけど」
凛子の言葉に、月ヶ瀬は思わず声を張り上げた。
「おい!私用で警察を使うとはどういうことだ!」
しかし、ひるむことなく凛子は淡々と話し続けた。
「フーン、警察ってのは、市民には協力を求めるくせに、こちらの頼みは冷たく突っぱねるんですね?」
凛子は口を尖がらせて、そっぽを向いていった。
その様子に気まずくなり「くそっ……!何だよ、その調べてほしいことってのは!聞くだけは聞く」そう言って悔しそうに顔をしかめる月ヶ瀬を、凛子は待ってましたと言わんばかりに続きを話し始める。
「この前、刑事さんの車に乗ってたときにラジオで流れてた事件の被害者がうちのお客さんで。その人の出身が知りたいの。あとできれば家族構成とかも」
凛子は、吉野か、月ヶ瀬か、どちらに頼むのか一瞬迷ったが、吉野には必要以上に迷惑をかけたくなかったので、月ヶ瀬を選んだ。何より彼の方が事件に熱心なので「きいてくれそう」という打診もあったのだ。
「お願いします。どうしても知りたいんです」
月ヶ瀬は店で見かけたひかるのことを思い出した。
(確かにいかにも常連って感じだったな。あんな死に方されたんじゃ気にもなるか)
「……都内の事件か。管轄外なんだがな」
「そこを何とか!」
「……っ!」
「あと、本名と生年月日も」
「ん?あんたあいつを鑑定してたんじゃないのか?推命って確か“生年月日”が必要なんだよな?」
「そうなんですけど、正確な生年月日を言いたがらない人もいるんですよ。たった一日ズレるだけで鑑定結果が変わっちゃうから、本当に困っちゃうんですけどね」
────ひかるが私たちに嘘をつくような人物だったとは思いたくない。だけど、ミゾグチとの関係を隠していたなら、すべてが疑わしくなってくる。
(ひかるさんのことをもっと知りたい!)
月ヶ瀬は片手をぶんぶんと左右に振り、「ダメダメ」と言うが、凛子は引かなかった。
そのうち、しびれを切らしたのか、振る手を止めて、深い息を吐く。
「分かった、そのかわり、今まで以上にこっちの要請にも協力してくれよ。まだミゾグチたちの事件も解決しちゃいないんだから」
「やった!交渉成立ですね♪」
凛子は張り詰めていた糸が切れたように、全身から力が抜けた。
さて、次は「あの女」だ。
きっとこれらの事件はどこかでつながっているはず。
──体は連動する。一つの臓器が病めば、病巣は全身を蝕む。
嘘も同じ。一つの偽りは、必ず別の箇所に影を落とし、すべてを歪ませる──
これは、凛子が最も敬愛する、かつて大正から昭和初期にかけて活躍した日本推命の巨匠である田辺緑山の一句。
過去の悲劇を振り返れば、どれだけ奇異な出来事でも「それも“運命”だった」と、容易に片づけられてしまう。
それでも、「不信感」を抱いたまま一生を終えるのは凛子の性分ではない。
それにしても、一見無関係に見える出来事が、すべてこの法則に繋がっているとしたら──
(先生の孫である刑事さんと出会ったのも“運命”って言えるのかしら?)
そんなことを薄っすら考えながら、凛子は新たな計画を立てることにした。
⁂
「じゃ、“ホシ”を呼びましょうか? でも刑事さんは隠れててくださいね〜」
――あの“白いワンピースの女”
こちらが“香”を欲しがっているといえば、きっと飛びついてくる。
ミゾグチが残した荷物も受け取れると思えば、相手も一石二鳥だと考えるだろう──
しかし、あまりに即断すぎる凛子の言動に、月ヶ瀬は内心たじろいた。
「いいや、もしそいつがホシなら……さすがに、あんたが出るのは危なすぎるだろ」
麻薬が絡む事件の裏には、マフィアがいる。
その場をやり過ごせても、目をつけられたらやっかいだ。
「大丈夫。ちょうどいい“女占い師”がいますので」
そう言って、凛子は通りかかったトランを指さした。
トランは、何のことかわからず自分を指さして首をかしげた。
⁂
「ちょっとひどくない!?」
そんな仏頂面もまた美しい。
ペラペラの安っぽい民族衣装でも、整った造形があれば様になる。
「ああ、本当に美しいわよ、トラン“ちゃん”」
なるみが、うっとりした顔でつぶやいた。
「やだあ~、ほんとに?」
トランも、まんざらでもなさそうに手鏡を取り出し、自分の姿に見惚れた。
凛子はトランのその様子に「少しは元気になってきたかも」と安堵した。
「なるみさん、今日はありがとうございます。私、本当に美容に疎くて……」
凛子の声かけに、化粧道具を片付けていたなるみは片手を小さく振って「いいのいいの」と笑顔で返した。しかし、くるりと凛子の方に振り返ると、今度は表情を曇らせながら口を開いた。
「こんなに綺麗なトランくん、ひかるさんにも見せたかったな」
なるみの言葉に、凛子は小さく陰りを見せて頷いた。
「それにしても、ここは不思議な場所よね。私みたいに普通の主婦でも、歌舞伎町でお店やってるような人と仲良くなったりできるんだもの」
「……そうですね。アドバイスを求めるのに職業や身分は関係ないのかもしれませんね」
凛子は店を帰宅するなるみに深々と頭をさげた。
そして、未だ自分の恰好をあらゆる角度から確認するトランに凛子はショップカードを手渡した。
「はい、じゃあここに電話して」
「え? なにこれ?」
「“阿片入りの香”を販売してる業者よ」
「えええーっ!?」
事情を聞いて慌てふためくトラン。
だが、「よろしく頼む」と月ヶ瀬が肩に手を置いた瞬間、その重みに押されて抵抗の気力を失っていく。
「大丈夫なの? その女……」
どんどん表情が曇るトランに、凛子はなだめるように話した。
「私も刑事さんも、向かいのブースにいるから大丈夫。
危なくなったらすぐ助けにいくから!」
「でも……」
警察と通じている占い師――相手側にもしマフィアがいたら、それこそやっかいなことになる。
だからこそ、「実在しない占い師」を前に出すのが賢明なのだ。
「そのための変装よ」
観念したトランは、しぶしぶ電話のプッシュホンを押した。
――さあ、ネズミよ。餌に引っかかれ――
凛子の中にも張り詰めた緊張が走る。
⁂
「ごめんください」
ドアチャイムがカランと鳴り、あの“女”がやってきた。
今日も変わらず“白いワンピース”を身にまとって――
こっそりカーテンの隙間から覗く凛子と月ヶ瀬。
待機していたトランが、女をスタッフルームへと招き入れる。
──歩くたびに漂う香の匂いは、吸い込むだけでクラクラしそうになるほど。
「ご連絡ありがとうございます。今日はいくつか商品をお持ちしました。
サンプルもありますので、どうぞお試しくださいね」
笑顔で大きなカバンから丁寧に包装された“香”を取り出す女。
“女占い師”に扮したトランは、出された香を一通り嗅いだあと、凛子に言われたセリフを口にする。
「コレじゃないのよね。ほら、『加恋』にあったピンク色で三角の……アレはないの?」
その言葉に、女の表情が一瞬だけ固まる。
だがすぐに、笑顔で答えた。
「あれは【特別なお品】で、スクール会員様限定でご用意させていただいているものなんです」
「スクール会員?」
「よろしければ、ご案内しますよ」
女は、いそいそとパンフレットを取り出す。
――インド式瞑想スクール『SilkTree』
センスの良さが光る、シンプルなデザインのパンフレット。
だが、白装束をまとった集団が円になって祈るイラストは、誰が見ても怪しさ満点だ。
「シルクツリーでは、“香”を使って心を解放し、能力を開花させる方法を教えしております。病も治りますし、透視能力なども得られるようになりますので、占い師の会員様も多いんですよ」
──いかにも胡散臭い。
だが、それでもすがりたくなる者が多いのが、この“占い業界”という業界だ。
女は、トランがまじまじとパンフレットに見入っているのを見て、“脈あり”と判断したのだろう。
満面の笑みを浮かべ、トランに話しかけようとする。
だがそのとき、女の動きが一瞬止まった。
視線は、部屋の入口付近へ――。
「良かったら、直接スクールまでご案内します。いつでもご連絡くださいね」
女はそれだけ言い残すと、サンプル商品を置いて、足早にドマーニを去っていった。
凛子はその様子を見て、少し違和感を覚える。
――これは想定外。
荷物はもういいのかしら?
もしかしてこちらの気配に……いや、まさかね――
「お疲れさま。ありがとね、トラン」
気が抜けてグッタリ肩をなでおろすトラン。
しかし、凛子にねぎらわれ、悪い気はしてない様子だ。
「どういたしまして。……あんなのでよかったの?
なんか、普通の小売店って感じだったけど」
トランは頬に手をあてて、顔を小さく横に傾けた。
「そうね……」
凛子は女が置いていったパンフレットを手に取る。
「おそらくここが【アヘン窟】だと思う」
阿片の売買と喫煙が行われていた、19世紀のあの【アヘン窟】――
香として使用されていた程度の量では、中毒症状を出すには至らないだろうが、様々な要因と合わされば洗脳の手助け程度にはなるだろう。
凛子がそう思案に暮れている間も、釈然としない様子の月ヶ瀬は凛子に尋ねた。
「仮にそこが麻薬の温床だったとして――ミゾグチとキサラが持ってた香に阿片は入ってなかったんだろ?じゃあ、今回の案件とは無関係ってわけだ」
月ヶ瀬は呆れたように、ハァ……と息を長く吐いた。
「……なんでそうなるんですか?」
「じゃあ、もっと分かりやすく説明しろっ!」
月ヶ瀬の苛立ちがピークに達した時、部屋をまとう空気が一気に張りつめ、凛子は「やれやれ」といった感じでうなだれた。
⁂
ドマーニのドアチャイムがカランとなり、吉野が息を切らして入ってきた。
カウンター側に一礼するとすぐに凛子たちの場所に到着した。
「ちょっと、あなたたち大丈夫なの?月ヶ瀬警部、どういうことなの?」
店で怪しい女をおびき寄せた、という報告だけ受け取った吉野はすぐに署を出て、ドマーニに来た。
しかし、凛子たちの目線の先にいる月ヶ瀬はひとり、腕を組んで思考中で、あまりに集中してるのか誰の声も届かないようだった。
──月ヶ瀬は考えた。
ミゾグチとキサラは恋人関係にあり――
ミゾグチが死んで、まもなキサラも死んだ。
ひかるはミゾグチと顔見知りだったらしい。
ミゾグチには借金があった。
殺しの動機はどこにでも転がってそうだ。
キサラの遺体が残された部屋には、強烈な残り香――。
ミゾグチは中毒死だったが、キサラは剃刀で、ひかるは車に轢かれて死んだ。
ミゾグチの荷物を取りに来た怪しい“女”、“阿片入りの香”、そして“謎のスクール”――。
繋がりそうで繋がらない。そのもどかしさがまるで“思考の迷宮”に迷い込んだ気分だった。
その様子をチラリと横目で見た吉野は、一呼吸置いて、静かに声をかけた。
「――ミゾグチの借金、かなり切羽詰まってたみたいね」
ようやく、はっと我に返った月ヶ瀬は胸ポケットから黒い手帳を取り出し、調査内容を確認した。
「そうだな。実際に金融に借りたのは200万程度だが、闇金にまで手を出してたんで利息に追われていたらしい」
調査記録には、ミゾグチが同僚や客から、詐欺まがりの投資話を装って金銭を受け取っていたと記されていた。
「同僚か」凛子は少し考えてトランに尋ねた。
「その投資話、トランのところにも来た?」
「……あったような、なかったような……」
トランはうつむきながら、その時のこと思い出していた。
「僕は覚えてないけどさ、中森ちゃんあたりなら言われたことあるんじゃない?」
中森とはトランと同じくタロット占い師の女性だ。
ドマーニに入って半年程度しか経ってない。
フリルのついた露出多めの衣装をまとい、甲高い声で話すのが特徴の彼女。愛想は良いが、凛子にとっては少し苦手な同僚だ。
「彼女かー。まあ確かに、いつもお金ないって言うわりにブランド物ばかり身につけてるし、そういう投資話好きそうだもんね」
「ねえさん、中森ちゃんのこと嫌いなんでしょ」
「――そんなことないけど……」
底抜けに明るいキャラクターなのに、まとう「気」の色が夜の闇のように黒い。
普通の人でも何か所かチカチカする光を持っている。
しかし、彼女の場合は1点の光もなく「真っ黒」。
近くに行くと、その闇に呑み込まれてしまいそうだった。
だから、彼女とは常に一メートル以上の距離を取るようにしていた。
そのことを思い出して凛子は「やっぱ苦手かも」と小さくつぶやく。
「とりあえず、仮説を立てるなら……ミゾグチさんは、“阿片入りの香”の存在をどこかで知って、それをネタに、スクール団体に金銭でも要求したんじゃないかしら?」
「ほう、なぜそう思ったんだ?」
凛子は静かに紙を広げ、鉛筆を走らせた。
六つの爻が並び、十二支の線がひとつの図を成す。
「……断易は、こういう時に役に立つんですよ」
指先で線をなぞりながら、五行の流れを追う。
「動いているのは、“人”じゃなく、“金”」
凛子はふと視線を上げ、机の上の資料に目をやった。
「ミゾグチさん……四柱推命でも、分かりやすい命式なんです」
「庚寅日生まれ……」
凛子は小さくつぶやいた。
頭の回転が速いのは長所だが、その鋭さも度を越せば“姑息”に傾く。
「下手をすれば、欲のままに動いてしまう命ですね……」
彼の行動は、まるで命式に操られているかのようだった。
「そんな詐欺の真似事みたいなことをするような人は、人を脅すくらい平気なはず。でもミゾグチさん、脅した相手が悪すぎましたね」
「なるほど。どれだけ危ないバックがついてるのか、そこまでは想像できなかったのが命取りになったってわけか」
凛子は力強く頭を上下に何度もうなづいた。
「凛子さん、すごいわ。東洋占術って本当にすごいのね」
凛子は、吉野から褒められると、嬉しさからついつい顔がほころびそうになるので、両手でキュッと頬を引き締めた。
そしてもう少し、思考を深めることにした。
──ミゾグチは「庚寅日」生まれ。
さっぱりした性格と言えば聞こえはいいが、思いつきで行動しがちで、短気かつ飽きっぽい。何ごとも長続きしない傾向にある。
ただし、人情はある。困っている人を見ると、放っておけないところでもあったのだろう。
キサラも、そんなところに惹かれたのか──?
「でも、あの二人、何か変よね。ああモヤモヤする」
凛子は額あたりを指で強くしごきながら、苦い顔をした。
「何が変なんだ?キサラとミゾグチのことか?あの二人が恋人同士ってのは事実だし、それ以上に何かあるのか?」
「……単純」
「は?今何て言った?」
凛子につっかかる月ヶ瀬に、吉野は「よしなさいよ」と手を差し出した。
凛子に男女の経験はない。
だが、勘の鋭さは人並み外れており、体調次第では他人の思考まで読めてしまう。
そのため、本人の意思とは関係なく、お客の恋愛遍歴まで見えてしまうのだ。
――おかげで、本人はすっかり“耳年増”である。
「恋人同士だからといってお互いに好意を持ってるとはかぎりませんよ?“利用したいから”、“便利だから”、あるいは“別れるのはまだ不都合だから”とか、傍目には分からない間柄ってあるんじゃないでしょうか?」
その発言に、月ヶ瀬は子供じみたルックスの凛子に男女関係を説教されているようで何となく面白くなく、少し不機嫌になる。
「あんたね、そんなドス黒い想像はいいから、“証拠”。まずは証拠を持ってこいよ!」
「だから、それを今から──!」
再び吉野が月ヶ瀬を抑えようとすると、トランが両手を広げて凛子たちの間に割って入ってきた。
「ああもう!二人ともそこまで!」トランは眉間にしわを寄せ、両サイドの二人を一人ずつ凝視した。
「何だよ二人とも!なんだか急に仲良くなっちゃってさ!」
ぷくっと頬をふくらませて、すねてみせるトラン。
凛子は「何言ってるの!」と、トランをにらみつける。
「バカね、トラン。どこをどう見たら仲良く見えるのよ?」
「ねーさん、知らないの?仲が良いほどケンカするもんなんだよ」
「仲が良いほど?」
それを聞いた凛子と月ヶ瀬はいっきに照れ臭くなり、お互いの距離をとった。
そして、口をとがらせながら再び思考を巡らせる。
キサラの命式には大きな偏りがなく──確かに運気は悪く、大凶の部屋に居ついてはいたが、本来は整った気質のはずだ。ひかるさんも、星のバランスは多少崩れていたものの、さほど気にするほどではなかった。
三人の間に、共通するものは見られなかったが……。
──いや、待てよ。
(一つだけある!)
凛子の脳裏にあったまごついた糸が、ピンッと一本の線になった。
やがて、しびれを切らした月ヶ瀬が言葉を投げつけた。
「おい、黙り込んでないで、頭ん中のこと言えよ!」
すると次は吉野がぴしゃりと言い放った。
「もう、またそんな言い方して。あなた、彼女のいくつ上だと思ってるの?」
そう言われて、バツが悪そうに大人しくなる月ヶ瀬。
凛子はぐるんと月ヶ瀬の方へ振り返り、ゆっくりと口を開いた。
「刑事さん。ミゾグチさんとキサラさん、そしてひかるさんの殺され方には、一つ共通点があるんですよ」
「──!何だ、それは!?」
「ミゾグチさんは、“金銭”がらみがある上に、アレルギー性のショック死でしょ、キサラさんは剃刀、ひかるさんは車。そう、これら全てが五行『金』の事象なんです」
「……何だ、また占いの話か」
月ヶ瀬は肩をがっくり落とした。
「でもね、三人それぞれ殺された日が酉・巳・丑の三合で成り立つ“十死日”で、方角が“大将軍”にあたれば、これはもうプロの仕業ですよ」
「ちょっと待ってくださいね」
凛子は棚から萬年暦を取り出し、急いでページをめくった。
「ほらね、全員“十死日”に亡くなってるわ。方位は……そう、ちょうどこの店から見て、殺された場所は全部“大将軍”に当たってる」
「おい、待て。プロって何のプロだ?」
凛子は動作を止め、真顔で月ヶ瀬を見つめて言った。
「呪術師ですよ」
その瞬間、空気がピキッと凍り付いた。
一瞬、誰も声を出せなかった。
最初に声を出したのはトランだった。
「そんな……みんな、誰かが呪って死んだの?」
「呪いというより、何かの“サイン”みたいな気がするけど」
吉野は月ヶ瀬に耳打ちで何かを相談し始めた。
その様子を見て、凛子は少し冷めた口調で「信じてもらえないなら、それはそれでいいんですけどね」と言い放った。
吉野は「いや、そうじゃなくてね」と言いにくそうに顔をゆがめた。
意を決したのか、月ヶ瀬が言葉を発した。
「今、捜査線上に、とある霊能団体が浮かび上がってる。そこと関係があるって話は、まだどこにも漏れてない。」
「そうですか、じゃ、ビンゴですね」
月ヶ瀬は息を呑んだ。
「あんた、一体何者なんだ?」
凛子は、月ヶ瀬の驚きを正面から受け止めると、ニヤリと笑った。
「そりゃ、もちろん!ただの腕の良い占い師ですよ!」
凛子はそう言って、月ヶ瀬のいる方向にいーっ!と悪戯っぽく噛みしめた歯を見せた。
……いや、こいつは、ただの女でも、ただの占い師でもない。
月ヶ瀬はそう確信した。
そのとき、真っ暗な大波が、決して触れることのできない結界のように凛子を覆っているのが見えた。同時に、月ヶ瀬は今まで出会った誰よりも強く、吸い寄せられるような、運命的な何かを彼女から感じていた。
――まあ、今まで出会ったことのないタイプだし、ただの“関心”なんだろうな。
そう思うことで、凛子への戸惑いある気持ちを静める月ヶ瀬だった。
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