第29話 イリーナへの土産

「やべっ!」


 いきなり奇声を上げた俺にヨーコとトマスが驚き、奇異の視線を送ってくる。


「どうかしましたか?」

「なに? どうしたの、ダイチ?」


 俺は立ち上がり、ヨーコに手刀を切った。


「ガンマを外で待たせてんの、忘れてた。ちょっと行ってくる」


 トマスの処遇を決めたらすぐ戻ってくる、とガンマに言い残していたのをすっかり忘れていた。

 俺が慌てて食堂の出口に駆け出そうとした時、ヨーコが声を上げる。


「あ、私が行くわ。ダイチはイリーナを呼んできて」


 そう言ってヨーコが立ち上がった。

 俺の肩に拳を軽く当て、


「ダイチが謝りに行くと、どうせまたガンマと言い合いになるでしょ」

「ああ、まあ……」


 確かに。「あーしのこと忘れて何やってたんすか!?」――ってキレてくるガンマが目に浮かんだ。


 ――ん? 俺がイリーナを呼びに行っても言い合いになるのは変わらない気がするぞ。しかもイリーナの方が遥かに厄介なような……。


「それじゃ、よろしくね」


 ヨーコはガンマと話をしに、足早に外へ向かって行く。

 ……俺にめんどくさい方を押し付けた!?


 振り返ると、トマスが状況を飲み込めず曖昧な笑顔を浮かべていた。

 俺は頭を掻き、


「ちくしょう。しょうがねえ、イリーナの部屋に行くぞ」

「ダイチさん、なんか困った顔してますけど。まずいことでもあるんですか?」

「美人だけどおっかない姉ちゃんに、お前が情報体と契約する手伝いをしてくれって頼みに行くんだよ。多分ブツクサ言うから、トマスも誠心誠意お願いしろ」


 俺の無茶振りに、トマスがぴしっと背筋を伸ばした。


「はい! 死ぬ気でお願いさせていただきまっす!」

「あー……イリーナは、あんまり下手したてに出る奴も嫌いだから、ほどほどに本気でお願いしてくれ」

「注文が難しすぎないですか!?」


 どうしたらいいんだよ!? という顔のトマスを尻目に、俺はイリーナの部屋へと向かった。


 イリーナの部屋のドアをノックする。

 返事はない。ここまでは予想通りだ。


「イリーナ。土産があるぞ」


 どたばたと部屋の中から音がした。

 イリーナはいつも、普通に呼んだだけでは居留守をするため、何か手土産を持ってくる必要があるのだ。


 ドアが少し開き、紫の髪をショートカットにしたイリーナが顔を出した。俺を睨みつけてくる。


「なんだ?」

土産みやげ持ってきた」

「だから、なんだって聞いてんだ」


 土産みやげとは何か、と聞きたいらしい。言葉が足りな過ぎてイラッとするが、堪えて笑顔を作った。

 ポケットから小さなビンと、タバコの箱を取り出して差し出す。


「ツヴァイ遺跡の戦利品と引き換えにガンマから貰った。酒とタバコだぞ。お前好きだろ?」


 さっ。俺の手から素早く酒のビンとタバコの箱が引ったくられた。ドアが閉められる。


 30秒ほど経った後、イリーナが火を点けたタバコを咥えながら再び顔を出した。


「なんだ?」

「それは、何の要件だ? ……って意味でいいか?」


 俺を睨めつけながら、うっとおしそうにイリーナは小刻みに頷いている。チンピラか。

 とりあえず話を聞いてくれそうではあるな。


「遺跡の帰り道、トライブから追ん出された奴を拾ったんだ。コイツが情報体と契約するのを手伝ってくれ」

「ああ?」


 イリーナは亀のように首を伸ばし、俺の後ろにいるトマスを見た。


「お世話になりまっす! 俺、トマスって言います! イェソドの皆さんのお役に立てれば幸いでっす!」


 ばたん。ドアが閉まった。

 俺はトマスに振り向いて苦い顔をする。


「バカ。イリーナに対して下手したてに出過ぎんなって言ったろ」

「えっ!? 今のでもうダメですか!?」


 再びノックする。

 返事が来ない。――くそっ! また居留守始めやがった!


「おい! イリーナ!」

土産みやげ

「は!?」


 単語で喋んな! 意図が全く汲み取れねえぞ!


土産みやげがなんだよ!?」

土産みやげ

「……まさか、話聞いて欲しかったら、他にも土産みやげを寄越せってんじゃねえだろうな?」

土産みやげ

「マジかお前! タバコと酒やったろうが!」

土産みやげ


 イリーナは土産みやげ連呼マシーンと化してしまった。本当に何か別のものを渡さないとドアを開けてくれそうにない。

 俺は溜め息をついて振り返った。


「くそっ! 酒とタバコいっぺんに渡すんじゃなかった! ――お前、なんか持ってないの?」

「え! 俺ですか?」


 トマスがポケットを漁っている。

 着の身着のまま放り出されたトマスが何か持っているとは思えないが……。


「あ、ネツァクの奴らと遺跡行った時に拾った石ならありました。緑色で綺麗だと思って」


 そう言ってトマスは俺に、薄汚れた緑色の石を手渡してきた。

 宝石とかには見えない。ただの石みたいだ。

 だがこれに賭けるしかない。


「イリーナ! すげえ綺麗な緑の石があるぞ! もしかしたらエメラルドとかの原石かも知れん! あー、どうしよっかなー! トレーダーに持ってったら高値が付くかもなー! イリーナにあげるのやめよっかなー!」


 ドアを叩きながらそう喚く俺を、狂人を見る目でトマスが見つめている。

 うるせえわかってるよ! こんなアホみたいな小芝居で籠絡できるなんて俺も思ってな――。


 がちゃ。ドアが開き、イリーナが俺の手から緑の石を引ったくって自分のポケットにしまった。


「なんだ?」


 ウソだろ、成功したぞ。

 しかしこのチャンスは逃せない。俺は畳み掛ける。


「コイツ、俺達が知らない遺跡の場所知ってんだってよ! そこで情報体を探すから、ついでに金目のもの見つけて稼ごうぜ! タバコや酒も、もっと買えるんじゃねえか!?」


 俺は一息にそう言って、恐る恐るイリーナを見た。

 イリーナは斜め上の方を見ている。損得の計算をしている顔だ。


「あたしと誰が行くんだ」

「俺とヨーコだよ! イェソド最強の情報体使いであるイリーナさんが一緒に来てくれたら、すごい安心なんだよなー!」


 単にボスが指名したから、などと言ったらイリーナはヘソを曲げてしまうので、いくら嘘くさくてもヨイショを欠かさない。

 果たしてイリーナは、ようやくドアから外に出てきた。こいつアホや。


「妙なマネしたら殺す」


 女性にしては長身のイリーナがトマスを見下ろしている。

 何を喋っていいのか分からなくなってしまったのか、トマスはうんうんと無言で何度も頷いた。

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起きたら砂漠!? 〜瞬間移動と無効化能力で崩壊後の世界を成り上がる〜 トルー兵 @toru-hei

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