第27話 放浪少年

「おい」


 俺は倒れている謎の人物に声をかけた。

 緊張していたためにぶっきらぼうな言い方になってしまったが、まあいいと思い直す。


 人物は倒れたまま動かない。

 意識がないのか、聞こえていないのか、それとも俺がもっと近寄るのを待っているのか。

 俺はいつでもマテリアル・キャノンを撃てるように心構えをしつつ、更に接近。


「おい、大丈夫か?」


 もう一度声をかけたが、全く動かない。

 まさか、既に死んでいる?


 俺は傍らにしゃがみ込み、そいつのフードに手をかけた。


「ダイチ……!」


 ヨーコの心配そうな声。

 俺は何かあったら撃ってくれ、と目配せをする。


 意図はしっかり伝わり、ヨーコは倒れているヤツにリボルバーの銃口を向けた。


 勢いよくフードをめくる。

 するとそこにはやはり、赤毛を眉くらいで切り揃えた年若い少年の顔があった。


 薄目を開けているが、涎を垂らし、意識が虚ろになっているように見える。


「おい! しっかりしろ」


 平手で頬を叩く。すると、少年はうっすら目を開けた。


「う……」

「大丈夫か? ほら、水」


 俺の腰に取り付けてある水筒を外し、フタを開けて口に当てがってやる。

 水筒を傾け、唇を水で濡らしてやると、少年は反射的にそれを舐めとった。


 少年のあごが震えている。何か話そうとしている。


「あ……お、俺……ごほっ!」


 カサカサの喉は思うように言葉を紡いでくれないらしい。俺が水筒をかかげてやると、少年は赤髪を揺らして小刻みに頷いた。


 もう一度水を飲ませてやる。今度は口に水を含み、ごくりと喉が動いた。しっかり飲めたようだ。


「けほっ、けほっ! ――あ、ありが、とう。……お、俺はネツァクを追い出されて……砂漠に放り出されたんだ。頼む、アンタのトライブまで……」


 そう言うと少年の首ががくんと落ちた。意識を失ったらしい。


「ヨーコ、こいつ……ネツァクを追い出されたって言ってる」


 振り向き、ヨーコに今聞いた説明を話した。

 彼女は何やら考え込んでいる。


「トライブを追い出された……仲間殺しか、盗み。何かしでかしたとしたら、そんなところかしら」

「やべえヤツかな?」


 ヨーコを見つめる。

 彼女は腰に手を当て、判断がつかないというような顔をした。


「イェソドの人間が、かつてネツァクの人間と交流したことはなかったの。遺跡での小競り合いはあったけどね。――だから、ネツァクの人間が自分のトライブでどんな扱いを受けているのかは、わからないわ」


 ネツァクというトライブの人間に非人道的な扱いをされ、その挙句に追い出された可能性もある、ということか。


 俺は、少年の体を担ごうと体の下に手を入れた。


「い、イェソド、に、つ、つ、連れて、行こう。……アジトで、ランディさんとかボスの前でもう一度説明を、さ、せ、て……!」


 人ひとりを持ち上げるというのはかなり力がいる、ということを思い知った。特に、意識のない人間を担ぐのには相当の腕力が必要だった。

 俺は力を込めたが、自分と同じくらいの体格の少年を持ち上げることはできそうにない。

 どうしようかと考えていると、


「うん、ガンマには悪いけど、先にアジトに戻りましょう。情報体使いが何人も居れば、この人も無茶は出来ないでしょうから」


 ヨーコがひょい、と少年を肩の上に担ぎ上げた。

 とっても敗北感。


「行くわよ」

「へい」


 俺は、ヨーコに着いてとぼとぼとガンマの乗るトレーラーに戻っていった。



 ◆◇◇



「ついたっすよ」


 トレーラーが停車した。

 がんがん、とコンテナの壁を叩く音とガンマの声が響く。


 コンテナの床に寝かせていた少年の体を、ヨーコが再度担いだ。


「ガンマ、ありがと。コイツの処遇が決まったらすぐ戻ってくるからな」


 俺はガンマに声をかけ、ヨーコと共にトレーラーを降りた。

 地面に埋まったアジトの隔壁扉のハンドルを回し、扉を抜けて先に地下へ降りる。

 ヨーコは少年を担いだまま、危なげなくハシゴを降りてきた。


 ボスの部屋の扉の前に並び、ヨーコと頷き合う。

 俺は扉をノックし、中に入った。


「何者だ、そいつは」


 ヨーコが担いだ見知らぬ人物を見て、ボスが開口一番警戒の声を発する。驚きと怒りを表情に滲ませている。


「ネツァクを追い出されたと言って、砂漠を彷徨っていました。話を聞いてみようかと……」


 説明が言い訳がましくなってしまった。

 先に許可を取らず、ここまで連れてきてしまったのはマズかったかも……。


「武器も持っていませんし、情報体とも契約していません。驚異にはならないかと思います」


 ヨーコの補足。

 ボスが髪をかき上げた。


「あまり、得体のしれない人物を連れてくるのは感心しない……が、何か考えがあるのだろう?」


 そう俺に問いかけるボス。

 ――え?


「え、えーと……あのままだったら死んでましたし……」


 特に考えもなく少年を連れてきたのを察したボスが、片眉を上げた。


「ダイチくん……君が来てから少し状況が好転したとはいえ、イェソドの食料や物資は有限なんだ。我々の得にもならない人間を勝手に連れてきてもらっては困るな」


 そりゃそうだ。コイツが何の仕事も出来ない穀潰しだったらどうするんだ。また追い出すのか?

 俺は考えなしに動いた事をボスに弁解しようとした。


「自分のトライブを追い出されたという話が本当なら、ネツァクの情報が得られるかもしれません。まだ手つかずの遺跡や、ネツァクの情報体使いの能力や武装などを知る事ができれば、トライブ同士の抗争においてイェソドが少し有利になるかと思います」


 ヨーコの助け舟。

 ボスは顎を指で叩いている。


「その説明は、ダイチくんからしてもらいたかったところだな。――承知した。ランディとミアが任務から戻っているはずだ、彼らを呼んできたまえ。その後、その少年を起こして話を聞く」

「あ、俺、呼んできます」


 ヨーコが少年を床に下ろした。まだ意識は戻っていないようだ。

 俺は部屋を出て、食堂に向かった。


◇◇◇


 食事をしていたランディさんとミアさんに声をかけ、ボスの部屋に戻る。


「すんまっせん! この恩は必ず返しまっす!」


 デカい声を上げて文字通り平身低頭する赤毛の少年。既に起きていたようだ。


「ネツァクから放逐されて砂漠を一人で歩いていたと聞いたが?」


 ボスは値踏みするように少年を見ている。あいも変わらず感情に乏しい表情だ。


「お恥ずかしながら……そうなんです! 俺、あ、俺はトマスってモンです。――俺、情報体との契約に立て続けに失敗して、しかもそん時、泡食ってトライブの仲間に怪我させちまって……。――お願いします! なんでもしますんでここに置いちゃ貰えないでしょうか!?」


 少年――トマスは、赤裸々に事情を話している。

 今聞いた限りでは、そこまで悪人という訳じゃないような……。


 ――情報体との契約に、失敗?


 俺はヨーコの顔を盗み見た。

 彼女は凍りついたように動きを止めている。


「情報体との契約に失敗、か……たまに聞くが、どんな風にうまくいかないのか説明できるかね?」


 トマスは顔を引き締め、真剣な表情を作った。


「はい! ――俺、契約するなら同化型の情報体がいいと思って、そういう奴らを探して契約しようとしたんですけど……俺に入った途端、奴らいきなり凶暴になって俺の体を乗っとろうとし始めるんです。そんで、操られた俺は持ってたナイフで仲間に切りつけちまって……」


 ボスはまじまじとトマスを見ている。


「ふむ。始めから契約する情報体のタイプを限定したのは良くないな。人と情報体には相性がある。君は、もしかしたら同化型とは合わないのかもしれない」


 トマスはキラキラした目でボスを見返した。


「そう、なんですか!? ……やっぱイェソドのボスは違うなあー。切れ者だってウチのトライブでも評判でしたよ。――ったく、ネツァクのヤツらったら、頭ごなしに怒鳴るしか能がないんだから。参っちゃいますよ」


 あっけらかんと自分の所属していたトライブを卑下するトマス。

 なんだろう、コイツ、信用してもいいのか?

 わからなくなってきた。

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