第23話 お風呂

「んが?」


 突然目が覚めた。またいつもの知らない天井が視界に飛び込んでくる。たまには知ってる天井で起きれないのか俺は。

 体を起こす。すると、ずきんと頭痛がした。

 ディメンション・ゼロの瞬間移動能力の後遺症か――?


 いや、多分違う。

 この頭にモヤがかかったような茫洋とした感覚。

 胃のムカつき。吐き気。そして頭痛。


 二日酔いだ、これ。


 ぐるりと部屋を見渡す。

 額にかかった銃、それに酒のビン。ランディさんの部屋だ。

 当人は床でシーツを敷いて寝ていた。大いびきが聞こえる。


 ――だんだん思い出してきたぞ。そうだ、昨日は――。





「だははははっ! なんだイケんじゃねえかオメー! ほれ、ぐっとイケ!」

「いや飲ませすぎっしょ! 俺まだ未成年なんスって! ぎゃははは!」


 最初の1杯を干した後、思ったより平気だなと思っていたらランディさんにすかさず2杯目を注がれてしまった。

 断ろうと思ったが、「俺の酒が飲めねえのか?」というような昭和世代のアルハラオヤジのような目(直接見たことはないがイメージで)を向けられたため、仕方なくもう1杯付き合った。

 そしたらなんか、胃がポカポカしてきて気分が良くなってきた。

 何を喋っても面白いし、ランディさんの変顔は腹がよじれるほど笑える。

 そんな感じでひたすら酒盛りしてしまったのだった。





 回想終了。

 17歳にして、酒で正体なくしてはっちゃけるようなことをしてしまうとは――。

 今まで真面目な好青年で通してきたのに。

 お袋が今の俺を見たら悲し――まないな多分。

 元ヤンぽい雰囲気があったお袋は、時々俺に酒を飲むか聞いてきたものだった。

 未成年だから飲まない、というとお袋は嬉しそうに笑っていた。


 ――高校生にもなってお酒飲まないなんて、アンタ真面目だね。グレたりしそうにないから母さん安心だよ。


 そんなふうに言っていた。

 子供扱いされているようで俺としてはあまり嬉しくなかったが……今思えばアレは割と本気で言っていたんじゃないかと思える。


 なんだか淋しくなってきてしまった。ヨーコに会いたい。

 つか今何時だよ。

 壁の時計を見た。午前8時半。


 ……あれ? 昨夜、ランディさんが8時にはボスの部屋に行かないといけないって言っていた気が……。


「ランディさん、ランディさん。朝ッスよ」


 声をかけてみたがランディさんは全く起きない。

 というかこの人、俺にベッド譲って自分は床で寝るとか、ナチュラルに優しいな。そりゃエイダさんもこの人に惚れるか。

 仕方ないので肩を揺らしてみよう。

 近寄ると、汗の臭気と酒のツンとした匂いが鼻を突いた。俺も似たようなものだろう。


「ランディさん、ランディさんってば……」


 呼びかけながら肩を揺らすと、ようやくランディさんは薄く目を開けた。


「ん、お……おはようます」

「おはようます。……じゃないッスよ。8時半ッス、もう」


 ランディさんは体を起こして大あくびした。


「うああーあ、……8時、半……?」


 ばっ。ランディさんは素早い動作で壁の時計を見た。


「うおヤベー! なんでもっと早く起こさねえんだ!」

「俺も今起きたんスよ!」

「やっべーマジ、早く行くぞ!」


 慌てて起き上がり、ランディさんはくしゃくしゃの黄土色の髪を撫でつけようと苦心している。が、ツンツンの髪は全く思い通りになってくれないようだ。

 どたばたと部屋を出ていくランディさんに俺も続いた。





「遅いぞ」

「「スンマセン!」」


 ボスの部屋にはとっくに皆集合していた。

 刺すような視線のボスに平身低頭の俺とランディさん。


「全く。……ダイチくん」

「へやい!」


 慌てて返事したので妙な言い方になってしまった。

 呆れ顔のボスが言葉を続ける。


昨日さくじつは、教会の強力な情報体使いを倒してくれたそうだね。礼を言わせてくれ」


 ブライアン・ウルリッヒ。あの神父服の男のことだ。

 アイツ、ランディさんも言っていたが相当の脅威だったらしいな。


「重傷を負わせたんで、教会に引き揚げてイェソドの恐ろしさを吹聴してくれるといいなと思ってますが……」

「そうだな。――ランディとエイダの話を聞いたが、その男は発電所の情報体を退散させたことでこちらに敵意を持っていたらしいね?」


 ――アナタ方……今、その施設から神聖なる情報体を追い払いましたね? ――ヒュリックの分際で。


 確かに。ウルリッヒはそう言って俺達に攻撃を仕掛けてきた。

 情報体を神聖視しているから、俺達が情報体を追い払ったことが気に食わなかったのか?


「そうですね、そんな印象でした。あと、俺達のことをヒュリック? とかなんとか……」

「ヒュリックとは、教会の人間が我々砂漠のトライブに属する人々を指す蔑称べっしょうだ。魂や霊魂を知覚することのできない、劣った人種として蔑すまれている」


 この下等な人間がぁ! ……てな感じで襲ってきたってこと? やなカンジ。


「ランディの話では、君は銃弾さえものともしない教会の男に致命的な威力の攻撃を加えたそうだね? ……君の情報体の能力は瞬間移動ではなかったかな?」


 あ、ここらでディメンション・ゼロの能力について情報を共有しといた方がいいな。


「ディメンション・ゼロの能力ですが……まず、周囲の情報体の力を無効化、というか情報体自体を一時的に追い払えるようです。おおよそ1時間の間だけ。――何体でも同時に追い払えるみたいですが、散らした情報体の数が多いとしばらく休眠状態になります」


 10体くらいの情報体はまとめて蹴散らせていたと思う。発電所に棲みついていた奴等は何体くらいいたのかわからんが。


「それと、瞬間移動の能力ですね。俺のDNAが発動のキーになります。俺自身が触れている物や人、それから俺の血液などが付着している物質を瞬間移動させられます」


 一度言葉を切り、唇を舌で湿らせた。


「瞬間移動ですが……移動距離に応じて、飛んだ瞬間に運動エネルギーが発生します。……例えば、ここから右方向に5メートル瞬間移動したとすると、5メートルの距離を一瞬で詰めた場合に想定されるような運動エネルギーによって右方向に俺がふっ飛ばされます。――ここでやると多分壁に激突して大怪我しますね……」


 ほう。ボスが感嘆の声を上げた。


「なるほど。それを利用して石くれなどを発射し攻撃したわけだ。――もし仮に20メートルを0.01秒で移動させたとしたら初速はマッハ6――いくら強力な情報体使いとはいえひとたまりもないだろうな」


 計算早っ!


「だが、もしそうなら人体もバラバラになりそうだが?」


 あ、そうだよな。――無機物を飛ばした時と人間を飛ばす時で、明らかに加速度に違いがある気がするな。


「恐らく、ですが……人体を瞬間移動させる際、消えてから現れるまでにタイムラグがあるような気がします。光のトンネルの中に1、2秒くらい居たような印象です」


 一瞬、ではなく数秒後に現れるのであれば、加速度を大きく落とすことができる。恐らく、生物を瞬間移動させる際には安全機構セーフティのようなものが自動的に働いていたのかも知れない。

 その辺りの制御に力を使っているから、人間を瞬間移動させると負担が大きいのかもな。――つかディメンション・ゼロはいつも余計なこと喋くってないで、こういう大事な説明をしろよ!


「そうか、よくわかった……凄まじい速度で物体を射出でき、しかもそれは目の前に現れるまで存在しないため撃ち落とすのも困難――君の能力は強力な武器になると言えるだろう。……ただし、他の人間が情報体を使えなくなるというのは大きなデメリットだな」


 そうなんスよね……。ランディさん、エイダさん、本当に申し訳なかったッス。


「となると……情報体を使わない人間の方が君のパートナーとしては最適だろう。――ヨーコ、これからはダイチとペアで行動しなさい」


 ぴくっ。ヨーコが身を震わせた。

 ヤバい! まだ俺ヨーコと仲直りできてないじゃん!


「不服かね?」


 お前らがモメてることなんざ知ってるが、私の知ったこっちゃない――そんな言い方のボスに反感を覚える。

 そんな俺のイライラなど、それこそどうでもいいというようにヨーコが背筋を伸ばした。


「謹んで拝命致します」

「それはよかった。――同化型に迫るほどの高い身体能力を持ったヨーコと、機動力と攻撃力に優れたダイチくんなら、きっとベストパートナーとなれるだろう。期待しているよ」


 だから早いとこ仲直りしろって? 余計なお世話だ!

 横目でヨーコを伺う。彼女はまっすぐにボスの目を見返している。――すげぇ怒ってそう。


「ここ3日間は色々あってダイチくんも疲れたろう。ヨーコとダイチくんの2人共、今日は休暇を取るといい」


 そう言ってボスは、周りの皆に目を向けた。


「ランディ、ミア。君達は遺跡で資金稼ぎのために物資を探してくれ。……イリーナ。君はエイダと共にモンスター退治を頼む。昨日、トレーダーから要請があったものだ。ガンマがトラックで来ているからそれに同乗してくれ」


 ボスが再び俺とヨーコに目を向けた。


「アジトを警備する人間が手薄になるが……いざという時は君達に頼むよ」

「承知致しました」


 ヨーコが部屋から出ていこうとする。なんかやっぱ怒ってる!


「ダイチ、お風呂用意してあげるから入りなさい。あなた、少し臭うわよ」


 ぎゃー! 好きな女の子に臭いって言われるのすっげぇショックだ!

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