第22話 ヨーコとエイダさん ランディさんと俺

「あ、あの……具合、平気?」


 ようやく泣き止んだ俺達は食堂に移動した。

 ヨーコが任務の後、丸一日寝こんでしまうという話を聞いて心配になった俺は、聞いていいものかと怯えながらヨーコに問いかけてみた。


「私、疲れやすいみたい。――後遺症なのか、そういう体質なのかは分からないけれど」


 自分の体調の全てを手術のせいにしたくない――彼女からそんな矜持が伝わってきた。

 誇り高いひとだよ本当に――そんなことを思いながら何気なくエイダさんに目を向けてみた。


「い、いつも意地悪ゆって、ご、ごべんでぇ……」


 エイダさんがまた泣き出した! イカン、ここは俺が慰めなくては――!


「私、意地悪だなんて思ってませんでした。いっつもびくびくしてて、ああ私またエイダさんを苛々させてる――そう思っていたのに全然態度を直せなくて。私の方こそごめんなさい」


 ヨーコがエイダさんに頭を下げた。

 俺は鼻の奥がツン、としてくる。


「うぅ……! なんでぞんなやざじいのぉ……!」

「私、これからエイダさんともっとお喋りしてみたいの。良かったら――私とお友達に――」


 エイダさんが椅子から勢いよく立ち上がる。

 後ろに倒れる椅子を気にもせず、ヨーコに抱きついた。


「ひうぅっ!」

「あ、急にゴメン。……アタシもヨーコと友達になりたい! ……いい男の落とし方とか教えてあげるよ!」


 突然抱きつかれて悲鳴を上げるヨーコ。

 そしてエイダさんはヨーコに変なこと教えないで!


 とにかく、エイダさんとヨーコのわだかまりはある程度解消したようでなによりだ。

 ……俺が勝手にヨーコの体のこと喋ったのは許して貰えるのだろうか。

 最もヨーコを傷付けたのは俺だ。俺が勝手な思い込みで暴走して――。


「あら? エイダじゃん。まーたヨーコをイジメてんのか?」


 ランディさん。今一番タイミングの悪い男。


「ふ、ふえ……」

「ランディさん! 私、エイダさんにイジメられてなんかいません!」


 ランディさんが放ったデリカシーゼロの言葉に、エイダさんは風船がしぼむようにして小さくなってしまった。

 そんなエイダさんを見てヨーコが怒声を放つ。

 まさかヨーコに強く言い返されるとは思わなかったのだろう、ランディさんは一歩下がり、おずおずとヨーコの様子をうかがっている。


「お、え? お、オメーらいつもモメてたじゃんかよ……」

「もうケンカしてませんので! ご心配なく!」


 ヨーコはエイダさんの体を抱きかかえるようにして、ランディさんの視線から彼女をかばっている。


 ……ランディさん、俺達のようなデリカシー無しは退散しましょう。


「ランディさん。今ちょっとアレなんで……あっち行きましょ」

「え、何!? 俺なんかした!?」

「デリカシー無し同士、仲良くやりましょうや……」

「デリカシー無しって誰よ!? 俺のこと言ってるのか、もしかして!?」


 混乱するランディさんの肩に手を回し、俺達は食堂から出て行った。





 ランディさんの部屋に入れてもらった。

 壁にかかった額には観賞用だろうか、小銃や拳銃が並んでいる。そして棚には酒のボトル。

 男臭さと銃の油の匂いが混ざった独特の香りがする部屋だ。傭兵の部屋って雰囲気。


「で、なによ。なんであの二人はイキナリ妙に仲良くなってるワケ?」


 酒を2つのグラスに注ぎながらランディさんが俺に疑問をぶつけてくる。ナチュラルに飲まそうとすな。


「お互いのわだかまりが溶けたんです」

「端的過ぎんだろ。オメーがなんか言ったから二人が和解したんだろ? なんでオメーが申し訳なさそーにちっちゃくなってんのよ」

「人の気持ちも考えずに思い込みで暴走して、ヨーコを傷付けたからですよ」

「なんかスゲー反省しとんな! ……んで? タイミング悪く余計なこと言った俺がとばっちりってコトね」


 流石は歴戦の大人な男性。すげぇ察してくれる。


「スンマセン、その通りっす。……もうエイダさんとヨーコは親友みたいな感じなんで、ヘタにイジっちゃダメっスよ。――これは自分にも言い聞かせてますけど」

「オーケーオーケー。イェソドで最も空気が読める男ってのぁ俺の事さ。任しとけい」


 食堂のおじさんの方が俺やランディさんより遥かに空気読める気がするが……。


「そういえば、あの神父服の男って……追っかけてきたりしませんでした?」


 俺の攻撃で内臓にダメージを負い、地に伏して血を吐いていたあの男。

 あの、ブライアン・ウルリッヒと名乗っていた男は情報体と同化した時に肌の色が赤黒く変わるという、かつて見たことのない変化を見せていた。

 情報体の強さや性質によってその辺りが変わってくるのだろうか。


 もしあの男の再生能力がケタ違いだとしたら――このアジトまで追跡してくるということもあるのじゃないかと不安にかられた。


「こねーよ。同化型の情報体ってのは、基本的に契約者の意思に従って力を発揮する。だから、契約者がイメージしやすい皮膚の怪我や骨折なんてのは割と治しやすい。だがお前、自分の内臓がどんな形で、腹のどの辺にどんな臓器があるのか正確に把握してるか?」


 ぽんぽん、と自分のお腹を叩いて俺に問いかけるランディさん。なんてわかりやすい説明なんだ。


「イメージ、湧かないですね……正確にって言われるとより難しい。だから、いくら同化型とはいえ傷ついた内臓は治癒しにくいってことなんですね」

「そう。ポイズンリザードの毒液で腕が焼け爛れた、なんてのは治った後が想像できるからすぐ再生できる。でも、肺やら腸やら肝臓やらに穴空いてるって言われても……見えねえんだなコレが」


 なるほど。内臓の損傷については、治癒自体は可能だが時間と労力がかかると。

 ――もしかしたら、再び同化型の情報体使いと戦うことがあるかもしれん。その時のために覚えておこう。


「逆にオメーの、ディメンション・ゼロ? だっけ? ――アレみてーな自律型の情報体は、契約者の意思に関わらず自分の裁量で力の行使を行う。口頭での指示などで能力を発揮してはくれるが……契約者と情報体の意識のズレによって思わぬ事態に陥ることがある」

「すみませんでした……」


 ちくりと釘を刺され、俺は恐縮する。

 ディメンション・ゼロの力が敵にしか及ばない、と思い込んだ結果、ランディさんとエイダさんを窮地に立たせてしまった。

 俺って、思い込み激しい方だったんだなぁ――と反省することしきりだ。


 ん? なんか一つ引っ掛かることがある。

 瞬間移動の時、俺そこまで細かくディメンション・ゼロに指示してないような……。

 ちょっと後でディメンション・ゼロとの意識合わせも兼ねて練習でもしておくか。

 そういえば、姿を消したランディさんの情報体は戻っているのかな?


「マシーン・ヘッド、戻ってきました?」

「ああ。発電所出てから1時間くれぇでな。見るか?」

「え、力を消耗したりしません?」

「出すだけなら気にするこたぁねぇよ。――コール来い! マシーン・ヘッド!」


 ランディさんが自らの情報体を召喚。

 赤いモヤと、頭に拘束具をはめた男の姿がランディさんの背中から立ち上ってきた。


「ら、らら、ランディ! アイツは!? アイツいない!?」


 現れるなり、辺りをキョロキョロ見回して怯えた様子のマシーン・ヘッド。


「あ? エイダのヴェルクラか?」

「違う違う違うぅ! アイツ! あの怖いガイコツ!」


 あー、ディメンション・ゼロが怖がられているのか。絶対呼ばないようにしよう。


「アイツ神出鬼没だからわかんないけど、呼ばないようにするから大丈夫だよ」


 宥めるためにそう言って見ると、露骨にマシーン・ヘッドがウキウキしだした。


「ホント!? ホント!?」

「ああ、ホントだよ。……あいつマジで嫌われてんだな……」


 嫌われがちだとしょんぼりしていたディメンション・ゼロはほんの少し哀れだが、普段の素行の悪さや能力の効果について俺に説明が足りなかったムカつきが勝るので呼んであげない。……勝手に来たらどうしよ。


「ボス、ビビってたぜ。昨日ホドを壊滅させたコールドスリープ野郎が、今日は発電所復旧させた後、教会の情報体使いを倒したってな。――急にタメ口になったりしないでくれよな?」


 俺が寝てる間に報告を済ませてくれていたらしい。ランディさんに笑いながら礼を言う。


「あ、すいません報告任せちゃって。……まだまだわからんことだらけなんで、ランディさんには色々教えてもらいたいッス。タメ口なんか叩かないッスよ」

「確かにタメ口じゃねえけど、敬語ではねぇよなそれ!? ホントに尊敬してる!?」

「してるッス! でも今更他人行儀な話し方するのイヤッス! これで勘弁して欲しいッス!」


 ランディさんが酒の入ったグラスを持ち上げた。


「んなら、カンパイだ。喋りすぎて酒が蒸発しちまうかと思ったぜ」


 ……また倒れない? 俺。


「これって……アルコール度数、何%ですか?」

「あ? なにそれ」


 未来の酒はアルコール度数表記がないらしい。俺は観念してグラスを手に取る。

 ツン、とアルコールの臭気が鼻を突いた。


「もし倒れたら、ランディさんの部屋で寝かしてくださいよ。ヨーコの部屋は絶対ダメッスからね」

「え? 女の部屋で寝るのイヤとか、お前ってソッチ系?」

「ドッチ系だかわかんないッスけど! 女の子の部屋なんて緊張しちゃってロクに寝れないんスよ!」


 ひはは! ランディさんが高笑い。


「女に免疫ねぇのな。年上に可愛がられるタイプだぜお前」

「同い年はどっち判定スか!?」

「同い年は同い年だろ。余裕のある男のがモテんじゃね」

「うわぁ、マジか!」


 そんな締まらないことを言いながら俺達はグラスをぶつけ、一気に喉へと酒を流し込んだ。

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