第21話 勘違い
頭が痛い。
瞬間移動の能力を使うと頭が痛くなるのはなぜだろう。
頭の血管が膨張するからか?
何か、力を発揮するために脳の血流量を増やす必要があって、それで血管が膨張する? だから力を使いすぎると、頭の血管が破裂してしまう。だから死ぬとディメンション・ゼロが言っていたのか?
でも、力を発揮しているのはディメンション・ゼロじゃないのか? なんで俺がダメージを受ける?
ディメンション・ゼロが力を使った反動が俺に来ているだけ?
考えても仕方ないか。
「俺、頭悪ぃしな……」
「え、あ! 起きた!?」
また知らない天井だ。倒れた俺を誰かが運んでくれたらしい。
夢の中で何か考え込んでいた気がする。その続きを口に出した拍子に、自分の声で目が覚めた。
「ああ、起きた。また心配かけたね、ヨーコ……」
俺が目を覚ましたのに気づいて声を上げたヨーコに声をかけ、体を起こした……ところで、部屋にいるのは赤いスーツのエイダさんだってことに気が付いた。
「お、おはようございます?」
疑問形で起きた挨拶をした俺に、エイダさんは怒り半分悲しみ半分、といった顔をした。
「悪かったわね! ヨーコじゃなくてアタシでさ!」
「い、いや寝ボケてて……つか、ここどこッスか?」
辺りを見回す。
俺が寝てるベッドのシーツはシルクのような手触りの淡い青色。
部屋に置かれたスチールラックには、エスニックな雰囲気の小物やグラス、酒が入っていそうなボトルなどが並べられている。
どこだここ。ヨーコの部屋じゃねえ!
「アタシの部屋よ。オドオドお嬢ちゃんは疲れて寝てるわ」
エイダさんが言った言葉をうまく咀嚼できない。
「アタシ? アタシっつーと……アタシなんて人に俺会いましたっけ?」
エイダさんが般若の形相になる。
「アタシよ! アーターシ! このエイダさんがアンタをアタシの部屋で寝かせてあげたの! ちょっとは感謝したらどうなの!? まったく……」
栗色の長い髪をぶんっ、と振ってエイダさんがそっぽを向いた。
――え?
「えー、つまり……倒れた俺をエイダさんが部屋に上げてくれて、ベッドに寝かせてくれたってことッスか?」
「そう言ってんでしょ! まだ寝ボケてんの!?」
そう言われてるから混乱してんだよ! アンタ俺のこと嫌いだったろ!?
「あ、あー。ありがとう、ござい、ます……」
「無理にお礼なんか言わなくていいわよ、もうっ! ふん!」
なにこれ。なんで急にツンデレ全開なの。俺なんかした?
つかさっき、なんかイヤなこと言ってなかった?
「ヨーコ、疲れて寝てんスか?」
「あの子、体弱いのかなんか知らないけど、任務の後丸一日くらい寝てんのよいつも。それで起きたら恐縮しまくっちゃってさ……絡みにくいったらありゃしない」
違和感がある。
エイダさんは……ヨーコの体のことを、まさか、知らない?
「あの、ちょっといいッスか」
「なによ!」
ごくり。緊張で喉が鳴った。
「ヨーコ、情報体がなくてみんなに迷惑かけるからって……バイオテクノロジーで肉体改造したって……」
「んーなこと知ってるわよ。あー、アタシもやって貰いたいわ。そしたら同化型に近い働きができるっしょ」
「もし寿命が、後3年しかなくなってもッスか?」
エイダさんが動きを止めた。
「え? ――例えば、ってコト?」
「例えば、です。もしそうなら……やりますか?」
エイダさんの目が見開かれ、顔色が青くなっていく。
「や、やるわけ……ないでしょ。――え? ヨーコ……後3年で死ぬの? ウソでしょ?」
俺は微動だにせずエイダさんの顔を見返している。
「え、え……ウソ……だってあの子、そんなこと一度も……」
「あの、エイダさんってヨーコに何か、当たり強くないッスか。なんでッスか?」
エイダさんは服のすそをぎゅっとつかんだ。
「だ、だって! 何話しかけてもオドオドして何言ってるかわかんないし、褒めてあげても迷惑そうだし、いっつも縮こまってるからランディとかが心配してるし……女の子っぽくして構ってもらおうとしてるみたいでムカつくし……」
そうか、なんとなくわかった気がする。
ヨーコは体のことをイェソドの人たちに話していなかったのか。
情報体が使えないから役に立てていない、という引け目から周りとうまくコミュニケーションが取れず、浮いてしまっていたんだ。
もちろんそれで人を小バカにしていいわけがない。ないが……少なくともエイダさんにそこまで悪気があったワケじゃないんだろう。
イリーナは? 俺が初めてボスの部屋で挨拶したときに殺す、だの物騒なことを言っていたが。
イリーナは何となく……いつも従順なヨーコが強めに言い返してきたことに驚いて強い言葉が出てしまっただけ、のように感じる。アイツアホだし。
ボスはどうだ? アレス、というイェソドのリーダーもヨーコに冷たかった。あれは?
考えてても仕方ない。
そして何より、ヨーコの話を聞いただけで一方的にイェソドの人を敵視していた俺は大馬鹿野郎だ。
「すみません、エイダさん……。俺、アンタのことすげぇイヤな奴だと思い込んでました」
正直にそういう俺に、エイダさんが詰め寄ってきた。
「ねえ! ウソでしょ! ヨーコがあと……だ、だってアタシ、そんな……あの子にイヤなこといっぱい……ウソでしょ! ウソだって言えよ!」
言葉の最後がほとんど泣き声になってしまったエイダさんは、とうとう俺の肩を掴みながら顔を伏せて泣き始めた。
「謝り、行きましょう。俺の方がエイダさんよりもっとアイツに謝らなきゃ……」
勝手に保護者ヅラして周りにケンカ売りまくってた俺が、一番ヨーコに謝らなきゃ。
エイダさんと共にヨーコの部屋の前に来た。緊張と罪悪感で胃が握りつぶされそうだ。
ノックしようとしたが、勇気が出ず手がさまよっている。
「い、いいですか?」
「うぅ……! ごわいよぉ……! アタシあの子になんて思われてるかわがんないぃ……!」
「俺もこえーッスよ……思い込みで勝手にヨーコのためだ、なんつって周りに嚙みつきまくってたんだから……! 俺の方がヤベーッスよ!」
「いいじゃんアンタはヨーコの味方だったんだから! アタシ、ら、ランディにイヤなやつだって思われたくないぃ……!」
「それ考えるの、ちょっと遅い気がしますけど……」
「なによぉ!? 少しは慰めなさいよアンタ悪魔!?」
がちゃ。ドアが勝手に開いた。俺は心臓が止まりかけた。多分エイダさんも。
「うおあだぁ!!」
「きゃ――――――ッ!!」
「うわあ! 何!? どうしたの!?」
ヨーコが顔を出した。多分ドアの前でぐちゃぐちゃ言ってたのが聞こえて不審に思ったのだろう。
叫ぶ俺達を見て仰天している。
「ちょ、ちょっと、お話、いいっスか?」
「ごめんなさい」
「うわあぁぁ! ごめんヨーコ、ごめんなさいぃぃ!」
「え、え!? 何!? なんなの!?」
部屋に入るなり謝る俺達を見て目を白黒させるヨーコ。
当たり前か、エイダさんにいたってはマジ泣きしてるし。
「いや……ヨーコの体の話、だけどさ……」
ヨーコが体をこわばらせた。
「え、エイダさんに、はな、話しちまった……」
ヨーコは唇を噛み、腕を組んだ。
「……なんでなのか、聞いても?」
俺がバカでマヌケで人の気持ちがわからないやつだからだよ!
……あまりの恐怖で逆ギレしそうになってしまったヤバい。
胃が痛え! ゲロ吐きそう!
「エイダさんがヨーコにキツく当たってるの見て……イェソドのために命をかけて戦ってるヨーコになんでそんなこと言えるんだって……身勝手にそう思って……話してしまいました」
ふう。ヨーコが息を吐いた。
「別に……わざわざ言うことじゃないでしょ。――私は情報体が操れないから、寿命を削って仕事の役に立てるようにしました。だから優しくしてくださいって……私にそう言えって思ってるの!?」
後半、だんだん怒りのボルテージが上がってきたのかほとんど叫び声になった。俺を睨む目に涙を湛えている。
なんて、答えるのが正解だ? なんて答えれば……彼女の心を楽にできるんだ?
死の恐怖と戦い続ける彼女に俺が言えることなんて……。
「うわあぁぁ! ぢがうよぉ! だ、ダイチは……みんな仲間なんだから、辛いときはみんなに言ってくれって……ヨーコに自分一人で辛いことを抱え込まれるのが一番辛いんだって……そう言ってるんだよぉ!!」
エイダさんが堪え切れず泣き出した。俺を……かばうように。
俺も涙が浮かんできた。
ちくしょう、俺に泣く資格なんてねぇのに! 止まれ! 泣くなよバカじゃねぇのか俺!
「……ふ、……っく、……う、……う!」
ヨーコが自分の肩を抱き、声を殺して泣き始めた。
エイダさんがヨーコの肩を抱いてもっと大きな声で泣く。
俺は……拳を握り締め、声だけは上げないようにと静かに涙をこぼした。
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