第20話 VSブライアン・ウルリッヒ

 ブライアン・ウルリッヒと名乗った男の体から赤いモヤが立ち上り、情報体が現れた。

 そいつの顔面には目や鼻が存在しない。顔一面に十字架のマークがあるだけだ。


「さあ……私に同化を……! 力をお与えくださいィ!」


 ウルリッヒの体に十字架顔が同化。

 その端正な顔が、赤黒く染まっていく。


「くそっ! コール来い、マシーン・ヘッド!」

コール来て! ヴェルクラぁ!」

コール来い! ディメンション・ゼロ! ヤツの情報体を無効化しろッ!!」


 俺達3人は一斉に情報体を召喚しようとした。しかし――。

 ディメンション・ゼロが現れない。――まさか、追い払わせた発電所の情報体の数が多すぎて、眠っているのか!?


 ランディさんとエイダさんを見る――2人も情報体を召喚できていない!?


「な!? おい、マシーン・ヘッド!」

「ヴェルクラ! どうしたのよ、出てきなさい!」


 ――まさか。

 俺はディメンション・ゼロに周囲の情報体を退散させろ、と命令した。

 その対象は――2人の情報体も例外ではないのか!?


「ふ、ふくくく。――ヒュリックごときがァ……! どうやら自らの情報体にも見捨てられてしまったようだなァ……! ――死ね!」


 ウルリッヒが地を蹴った。

 どばっ、と蹴散らされた砂が波のように辺りへまき散らされる。――男が突っ込んでくる!


「う、うおおおおッ! ディメンション・ゼロォッ!」


 とっさにランディさんとエイダさんの手を掴み、瞬間移動を発動。光のトンネルへ入る。

 よし! 瞬間移動能力はディメンション・ゼロが疲労していても使えるようだ!


 俺達は10メートル程を一瞬で飛び越えた――運動エネルギーに弾き飛ばされ、砂を激しく転がる。


「う、な、なんだ……?」

「ぺっ! 口に砂入ったわ! 最悪!」


 俺は素早く砂丘の畝に隠れた。2人を手招きする。


「はやく! こっちへ!」

「お、おお」


 ランディさん、それとエイダさんと並び、神父服の男の動向を観察。

 男は俺達を見失ったようだが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「あんま近づかれるとヤツの情報体が反応してこっちの位置がバレるぞ!」

「え!? くそっ、やり過ごせないか……!」


 2人も連れて瞬間移動したせいで頭が割れるように痛い。もう一度2人を連れて瞬間移動して逃げるのは無理だ。


「そこに、居るなァァァ!」


 男がこちらに気づいた! くそ、やるしかない!


「おらああッ!」


 ランディさんが小銃を発砲――エイダさんも続いて拳銃を撃った。

 しかし――ウルリッヒは弾丸を避けようともしない。

 腹に命中したタマは男の体を貫通できず、ぽろりと落ちてしまった。


 ――ヤツの防御を貫くには……もっと火力がいる!

 俺は懐にしまった石を3つ取り出して、背後に放り投げる。風に煽られてあまり飛ばなかったが、およそ20メートルは行ったと思う。

 もし、20メートルの距離を0.001秒で詰めたとしたら時速はえーと……今考えてる場合じゃない!


「マテリアル・キャノン!」


 俺は男に向かって掌を向け、叫んだ。

 石が背後から消滅。あの石には事前に俺の血を塗っておいた。


 石がウルリッヒの手前に突如出現――加速し、腹に命中。


「うごぉあッ!?」


 もんどりうってウルリッヒが倒れた。

 下手したら人体を貫通する威力かと想像していたが、情報体と同化することで強化された体を撃ち抜くことは出来なかったらしい。ウルリッヒは突き刺さった石を腹から抜き、握りつぶして粉々にした。


「痛てぇっ!」


 瞬間移動の代償――頭痛が激しくなる。吐き気がしてきた。


「ぐ、ぐぶ……! キサマ、何をしやがった……!?」


 くそっ! 血を吐きながらも立ち上がろうとしている! 野郎は同化型だ……すぐに傷を癒すだろう!


「おい、ディメンション・ゼロ! ランディさん達の情報体を元に戻せ!」


 返答はない。

 そういえばホドの野営地に行った時も、ディメンション・ゼロの無効化能力を使用した後、アモラルのレーダーが消えていた。

 ガンマはアモラルが戦いに怯えて逃げた、と言っていたが……まさかディメンション・ゼロの能力を発動すると周囲の情報体が全て無効化されるのか!?


 範囲は300メートルとディメンション・ゼロは言っていた。発動した時に神父はそれ以上離れていたに違いない。だからアイツだけが情報体を使えるんだ!


 畜生! 確か、ディメンション・ゼロのヤツは効果時間を1時間だと言っていた気がする……そんなに待てるワケがない!

 俺がここから離れるか? 300メートル以上離れれば――いや、その間に情報体を使えないランディさん達が殺されてしまう!


 やるしかない。俺が、あの神父服の男を倒すしかない!


「アンタ……やっぱり疫病神ね! アタシのヴェルクラが使えさえすれば……」

「いや、野郎の情報体はかなり強力だ。どちらにしろ、お前の情報体では歯が立たなかったろうよ」

「――ッ!」


 なじるエイダさんをランディさんが諌めてくれ、俺に向き直る。


「坊主、すまんが、野郎を……」

「わかってます。……すみませんお二人共、――自分の不始末は自分でつけます!」


 俺は神父の前に姿を現した。

 傷が治りかけているのか、男はぶるぶると立ち上がりかけている。


 ――頭痛の感じからすると、俺自身が3メートルほどの短距離を瞬間移動するのが1回と、小さな石を使ったマテリアル・キャノンが2回撃てそうだ。


「――勝負だ!」


 俺は神父に向かって駆け出す。こちらに狙いを定めさせて攻撃の瞬間を捉えるためだ。


「小僧ォ! 殺してやるゥ!」


 男が吠えた。地を蹴って突進してくる。

 飛び道具を使ってこないのは唯一の救いだ……狙いが定めやすい。


「マテリアル・キャノン!!」


 男の頭部を狙って石を発射――ヤツが同化型ならば、死にはしないはずだと願う。

 ウルリッヒの眼前にいきなり出現した石が加速し――。


「はぁッ!!」

「な、あ!?」


 命中の瞬間――ウルリッヒが拳で石を砕いて防御した。なんて速さだ!

 動体視力も強化されているのか!?


「さっきは不意を突かれて食らってしまいましたが……二度はありません。――石を飛ばすだなんて、チンケな能力ですねェ」

「――!」


 まさか……突然目の前に現れる石を狙って砕けるなんて……。

 強すぎる。――あの男は強すぎる!


「さあ、お終いにしましょうかァ!」


 ウルリッヒが一声吠え、こちらに走ってきた。

 一瞬で距離を詰めてくる。凄まじい身体能力だ。

 気づくと、ヤツが跳んでいた。

 空高く跳び上がり――落下してくる。


「う、あ! ディッ、ディメンション・ゼロ――ッ!!」


 3メートルの距離を瞬間移動――運動エネルギーに押し出されるように走る。

 振り向いた。さっきまで俺がいた地面をウルリッヒが落下の速度も加え、両手で激しく叩いた。


 ばああん! 爆弾が破裂したような音。

 すさまじい量の砂が衝撃に巻き上げられ、そして降り注いでくる。

 まるで砂の雨――その中でウルリッヒがこちらに振り向き、どう猛な笑みを浮かべた。


 ――殺される。

 あんな男にもし攻撃されたら――俺の体は紙屑のようにちぎれ飛んでしまうだろう。


「よ、ヨーコ……」


 思わず、いつも自分を守ってくれていた少女の名が口をついて出る。


 ――ふざけんなよ! 俺がヨーコを守ると誓ったはずだろ!! ビビってんじゃねぇぞ俺――――ッ!!


「瞬間移動できる距離が短くなってきましたねェ。エネルギー切れですかァ? ――それなら、そろそろ死になさい!」


 ウルリッヒが突っ込んでくる――残り時間はあと数瞬。

 単に石を飛ばしても防御される。それなら――?


 瞬間移動させる物体が大質量だと反動がでかい。もう、投げた拳大の石より大きな物を撃つことはできない。

 自分を瞬間移動させるのも不可能。おそらく次に生物を瞬間移動させたら俺は死ぬ。


 ――あの石より、大きくなければ? 逆に――小さければどうだ?


「死ィネェェ!」


 ウルリッヒが接近してくる――俺は、目の前に手をかざす。

 そこに、拳大の黒い球状のゲートを作り出した。いつも瞬間移動の際にくぐるゲートだ。


「ディメンション・ゼロォォォ――……」

「攻撃が単調ですよォ! 一つ覚えですネェ少年! うひゃはははッ! はひゃひゃっはははは!」


 ウルリッヒが俺に触れるまであと数秒。俺は、覚悟を決めた。


マルチプル多重展開!!」


 作り出した黒いゲートを掌で握りつぶすように拳を握った。すると――黒いゲートは無数の点に変わって弾けた。

 大きく足を踏み出し、殴りつけるようにして、握った拳をゲートに叩きつける。

 イメージは、その微小な無数の穴から発射される散弾の群れ。


マテリアル素材ショットガン散弾銃!!」


 背後の石が消滅――それは亜空間の中で細かく分解され――直径数ミリの小石に変わってウルリッヒの目の前に出現した。


「はああッ!」


 ウルリッヒは再び腕を振って小石を弾き飛ばす――しかし、微小な小石の群れの全てを防御することはできない。


 ばつん――体に対して面積の小さな小石は、無数の針となってウルリッヒの体を穿った。

 胴体一面に穴が開き、そこからシャワーヘッドから噴出する水のように血が流れだしてくる。


「あ? なに……あぐおォッ!」


 さしものウルリッヒも複数の内臓に無数の穴を開けられてはたまらなかったらしい。

 血を吐き、地面でもがいている。


「げぼッ!! ……がひゅ、がひゅぅ……な、なにを……じやがった……」


 俺は答えず、ランディさん達の元へ戻った。


「ランディさん! 逃げましょう!」

「お? おお……。あの野郎にトドメ刺したほうが……」

「もうダメッス撃てないッス!」

「いや、銃貸してやるから……」

「伊達にして帰すべしって昔の剣豪も言ってたでしょ! ビビらせて帰らせたほうが抑止力になりますよ!」


 ランディさんは渋く笑った。


「まあ、確かに。内臓に受けたダメージは、いくら同化型でも治すの苦労するからしばらく再起不能だろうし。帰った後、イェソドの連中に手ぇ出すと痛い目見るって教会内部で触れ回ってもらうのもアリか」


 よかった、アイツを殺さなくて済みそうだ。


 踵を返し、俺たちはアジトへとひた走る。

 ようやくアジトが見えてきたところで足を止めた。頭痛が酷くなってきてもう走れない。


「ぜぇ……ぜぇ……エイダさん、ランディさん、すいませんでした。――まさか、情報体無力化能力が無差別だったとは思わなくて……」


 エイダさんは体から砂を払うと、ふい、と顔を背けた。


「まあ、一応教会の情報体使いをやっつけたワケだし? 勘弁してやるわよ。及第点ってトコね」


 ランディさんがくくっと笑う。


「おーい、教会の情報体使いを俺達で殺れるワケなかったろが。変な意地張んなやお前」

「う、うるさいな!」

「え、アイツってやっぱかなり強い部類なんですか?」


 まともに情報体を使うやつとの戦闘が初めてだったんで平均値がわかんねぇ。


「強いも強い。イェソドであの野郎に勝てそうなのは、ボスくれえだな。しかもギリギリだと思うぜ」

「……ボス以外のイェソドの人間が教会の情報体使いを倒したのは初めてよ。少しは褒めてあげる」


 ヤバい。エイダさんツンデレだ。ちょっとかわいいと思ってしまった。

 ――でもヨーコに面と向かって謝るまでは許してやんねぇからな!


「あ。倒れそうッス。すませんけどアジトまで……」


 そう言ってブラックアウト。

 エイダさんの高い声が聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る