第19話 神父服の男

 中は狭かった。RPGのダンジョンみたいに、入り組んだ構造の中をモンスターと戦いながら進むことになると思っていた俺は拍子抜け。


 考えてみれば、人が作った小さな発電施設が入り組んでいる訳がなかった。


 ランディさんが配電盤を弄くる。


「んー、機器や配線に異常はなさそうだな。――マシーン・ヘッド、どうだ?」


 ランディさんの体から、頭部に拘束具を付けた人型が出てきた。


「い、イシシシッ! お、おお、オレもそ、そそ、そう思う! ……ら、らら、ランディ! ゔぇ、べ、ヴェルクラと話しても、いいか!? いいか!? いいな!?」


 マシーン・ヘッド、とランディさんが呼んだ情報体が頭をぐらんぐらん揺らしながらエイダに近寄っていく。


「はあ、相変わらず情緒不安定ねアンタの情報体……ヴェルクラ。出ておいで」


 エイダの体からも情報体が出現。頭の代わりに薔薇の花が咲いた、ドレスを着た女の姿だ。

 『ヴェルクラ』は一歩下がると、かん高い声で喚き始めた。


「キィアアア! マシーン・ヘッドォ! キモォい! キモキモキモキモ!」

「う、うへ、うへへへ。ゔぇるくらぁ……」

「アイイイイイ! イアアアア! コッチクルナ殺す殺すコロスぅ!」


 俺はディメンション・ゼロ以外の情報体が話すのを初めて見た。そして、ヨーコが情報体には変わり者が多いと言っていたことを真に理解した。


 ――これならディメンション・ゼロのがマシだろ!


 俺はふと、ここでディメンション・ゼロを呼んだらどんな反応するかな、と考え、すぐその考えを打ち消した。収拾つかなくなりそうだ。


「ほーら、ヴェルクラ。ランディの情報体がかわいそうでしょ? もっと構ってあげなさいよ」

「イアアアア! イア! イア! イアアアアアイイイイイ!」


 はすたー。なんつって。

 エイダは自らの情報体を宥めるような素振りをしながら、ランディさんをチラチラ見ている。が、ランディさんは機器の点検に夢中だ。


「あー……こりゃ、多分どっかに情報体が居んな。機器に異常なし、配線異常なし、風車は回ってないが、太陽光の受光量に異常なし。設備としてはなんも問題ねえ」

「えー!? 嫌よアタシ、一つ一つの機械調べて回るなんて!」

「しゃあねえだろ、仕事なんだから。……あーあ、周囲の情報体をまとめて吹っ飛ばせりゃあなあ」


 ……お。早くも活躍のチャンス。


コール来い! ディメンション・ゼロ!」


 黒服のガイコツ男が壁をすり抜けて頭を出した。

 自律型という種類のせいなのか、ディメンション・ゼロだけは俺の体の中に棲んでいる訳じゃないらしい。俺だけペル◯ナ感とかス◯ンド感が足りなくてつまんない。


「お前っていつもどこに居んの?」

「どこにでもいるし、どこにもいない。――それがオイラちゃん!」

「謎の怪異かお前は。……似たようなもんか」


 ランディさんとエイダが興味深げにディメンション・ゼロを観察している。


「ほー。改めて見るとやっぱ変わってんな。会話は出来るが、あんまお前の制御下にいるように見えねぇ」

「人工的に作られたヤツじゃなさそうね……」


 お、天然ものですか? レア? レアなの?

 俺だけSSR情報体を手に入れた件! なんちって!


「エロいネーちゃんじゃんカ。オイラにパンツ見せる気になっタ?」

「なるわけないでしょ死ね! ……あれ? ヴェルクラ?」


 いつの間にかエイダの情報体が姿を消していた。ランディさんの情報体を嫌っていたようだから、逃げたのかもしれない。

 遊んでる場合じゃなかった。仕事仕事。


「ディメンション・ゼロ。周囲の情報体を消せる?」

「消すとかブッソーだなダイチ! 情報体だっテ生きてんだゼ?」

「ああ、そうか……じゃあ、あっち行ってーってできる?」

「子供に言い含めルみてーな言い方スンナよ! バカにされてるみてーだロ!」


 バレた。いつもからかわれてるからつい。


「前、周囲300メートルくらいは効果範囲があるっつってたよな。この発電所一帯の情報体をどっかやってくれ」

「ホーイ」


 俺達のやり取りを見ていたエイダが疑わしそうに口を挟む。


「ちょっと……一回蹴散らしてもまた情報体が戻ってきちゃ意味ないのよ。わかってる?」


 あ、それはごもっとも。

 ……おい、ディメンション・ゼロ。何かないのかよ。


「アーン? オイラの力で退散したヤツらが戻っテ来るカモって? ――グヒャハハハハ! そんな根性あるヤツが居たラお目にかかってみてーモンだ! うひゃはははは!」

「あー、一度逃げた情報体は、そこを警戒して近寄らなくなる。と仰ってます」


 ゲラゲラ笑いのディメンション・ゼロの代わりに翻訳。エイダはまだこちらを疑っている様子。


「まあ、できるもんならやってみなさいよ」


 へーい。お嬢様。

 口に出すとまたケンカになるから頭の中で返事。


「よし、――ディメンション・ゼロ! 周囲の情報体を弾き飛ばせッ!」

「そんな叫ばんでもやるワ。……ほりゃぱはあ〜ッ!」


 気の抜ける掛け声と共にディメンション・ゼロが宙に浮いた。そして両手を交差させて力を溜め――解き放つ。

 うおっ、まぶしっ!

 強烈な光が辺りを照らした。すると、辺りから何かが逃げたような気配がする。


「おおっ! 機器が再起動したぜ! アジトに送電中だ!」


 機器をチェックしていたランディさんが喜びの声を上げる。

 良かった……成功したようだ。


「ふ、ふーん。また明日停電したら今度は1人で直しに来なさいよ」

「ひえー。だ、大丈夫だよな? ディメンション・ゼロ」


 1人で発電所に来て1人で作業するなんて絶対ヤダ。俺は人と繋がってないと生きていけないSNS世代なんだ。

 ガイコツ頭がカタカタ笑う。


「野良情報体なら他に住むトコ探すっテ。……オイラ、情報体から嫌われがちなのヨ……」


 そう言ってうなだれるディメンション・ゼロ。

 ――えっ!? そう言う能力なんじゃなくてコイツキモーい! って感じで情報体が近寄ってこなくなるの!? なんかかわいそう!


「たく、終わったんなら帰るわよ。……ねえランディ、きょ、今日良かったら一緒に飲まない? 昨日トレーダーからお酒買ったの」

「あー? いいけど、ミアも誘っていいか? アイツハブんと拗ねんだよな」

「……当たり前でしょ。ミアさんも誘いなさいよ……」


 なんかリア充ぽい会話してる! ここに居るの辛ぇ!

 凄まじい疎外感に襲われながら、俺達は外に出た。


「……ん?」


 砂漠に、人が立っている。

 そいつは、まるで暑さを感じる感覚が働いていないかのように、黒い神父服を着込んでいた。

 ――いや俺も黒いスキンスーツ着てるけど。思ったよりコレ通気性良くて快適なんだよね。


「イェソドの皆さんですね?」


 神父服の男が口を開いた。

 穏やかで、しかしどこかぞっとする響きのある声だった。


「――ッ! 教会の――!」

「お初にお目にかかります。私は、ブライアン・ウルリッヒ」


 ランディさんの怒声に、神父服の男は鷹揚に返答した。

 ――アイツが!? 教会の!?


「アナタ方……今、その施設から神聖なる情報体を追い払いましたね? ――ヒュリックの分際で」


 男からとんでもない殺気が放たれた。いや、殺気とか知らんが、なんかヤバい感じがする――!


コール来なさい、ラム・オブ・ゴッド。――不届き者どもに、天罰を」

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