第18話 発電所復旧任務

「んが?」


 目を開けた。電球のぶら下がった知らない天井が見える。

 が、電球は点いていない。

 ゆっくり体を起こすと、ベッドサイドに置かれた木箱の上のロウソクに火がついているのが目に入った。明かりはこれか。

 アジトは地下にあるので、窓が存在しない。もし電気がなければロウソクくらいでしか明かりを採れないのだろう。


「起きた?」

「わひゃい!?」


 突然暗闇からヨーコの声がして驚いた。

 首を回すと、部屋の影になった部分にヨーコが立っているのに気が付いた。


「ごめん、驚かせた? ――あなた、ランディさんにお酒飲ませられた後、急に倒れちゃったのよ。だから、私の部屋に寝かせたの」

「え!? ここ、ヨーコの部屋!?」


 そしてここがベッド!? そう言えばいい匂いした気がする! ちょっと一回うつ伏せになってみてもいい!? ――いいワケねーだろ俺は変態か! 変態だ!


「ダイチ」


 彼女がベッドに向かって歩いてくる。

 ロウソクの火を背にしているので、顔が影になっている。

 その中で、彼女の赤い唇だけがなまめかしく浮いて見えた。


「へ!? はい!」


 ドギマギして姿勢を正す。

 ヨーコは俺に顔を近づけてきた。……吐息が顔にかかりそうなほどに。


 うっ、うおおおお! 来た! 来た! 来たぁ!

 グッバイ童貞! 君のことは忘れないよ!


「ん-、暗くてよく見えないけど……もう大丈夫そうね。あ、この部屋は使ってもらっていいから。まだダイチの部屋が用意されてないの。私、イリーナのとこで寝るね」


 そう言って体を離すと、彼女はドアを開けて廊下に出た。


「あ、発電所がやられたらしいの。しばらく電気点かないと思うから、ロウソク切れたらそこにライターと一緒に置いてあるわ。じゃあおやすみ」


 コツコツ、と彼女の足音が遠ざかっていく。

 

 …………。

 ちくしょう! 何を勝手に期待してんだ俺は! このリビドーどうしてくれる!

 なんならここで……できるかあ! ヨーコの部屋やぞ!


 俺は悶々としたまま再び寝ようと横になり、何とか意識を失おうと寝返りを打ち続けた。

 そしたらロウソク倒れて死ぬほど焦った。髪がこげた。


 あ、うつ伏せにもなってみました。いい匂いだったッス。





「おはよ。よく眠れた?」


 手にロウソクの立った皿を持ってヨーコが顔を出した。


「快眠極まりなかったッス」

「目が真っ赤よ……やっぱり平和な時代から来た男の子なのね。違う環境だと眠れなくなっちゃうようじゃ仕事に支障があるわよ。どこでも眠れるようにならなきゃ」

「はは……そうッスね」


 本来なら俺の寝つきの良さは半端じゃないんだぞ! ヨーコの部屋じゃなきゃばっちり10時間寝れたわ!

 つーか酒ロクに飲んでないのに、口に含んだだけで酔っ払って寝るとか俺弱すぎじゃね!?

 きっとこの砂漠に出回ってる酒が超強いんだうんうん。そういうことにしよう。


「今日は何か仕事あるのかな?」


 やる気まんまんだぜ、という振りをしたが本当は超眠い。今日はお休みしたい。


「うん……昨日言った発電所の件があるから、それについて対策を考えるらしいの。良かったら一緒に聞いてくれる?」

「もちろん。俺のトラブルシューターとしての実力を見せてやるぜ」


 あー……。寝みぃ。






 イェソドのボス、アレスの部屋に集合した。

 面々はイリーナ、ヨーコ、ランディさん、ミアさん、赤スーツの女(こいつ他の服持ってないのか?)、それに俺だ。


「諸君、おはよう。――昨日、ダイチくんとヨーコくんによってホドの連中が本拠地に撤退したとの報告を受けた。つまり、ようやく比較的安全に外を出歩けるようになったというわけだ」

「ふんっ」

「なにかな? エイダ」


 アレスが赤スーツの女の反抗的な吐息に反応。笑顔だがその笑顔超怖い。


「い、いえ。……この子の情報体、自律型なんでしょう? 本当に戦力になるのかと思いまして」

「ふむ。君の『ヴェルクラ』は他者操作型だったね……いいだろう。それでは、ダイチくん。エイダ。それと……ランディ。君たち三人で発電所を復旧させてきてくれ」

「え!?」

「不服かね?」


 ヨーコいないの!? 寂しい!

 ――つか、俺が来てからヨーコ働きっぱなしだしな。たまには休んでもらおう。


「いや、大丈夫ッス。――エイダさん、後ろから撃たないでくださいよ?」


 俺とヨーコへの敵意を隠さない赤女に向かって、にっと笑って見せた。

 女は怒りに拳を震わせる。


「し、仕事は仕事。ちゃんとやるに決まってんでしょ……!」

「そう願うッスよ。仲良くやりましょーね?」

「こんのガキ……!」


 視線で火花を散らす俺達の肩をランディが叩いて諫めた。


「はーいはい。ダメよーケンカしちゃ? ――ほんじゃボス。朝飯食ったら行ってくるっすね」

「ランディ……! アンタこのガキの肩持つの!?」

「たかが2日3日前に入った期待の新人いじめちゃダーメ。ほれ行くぞー」


 ランディに肩を押され、俺達は食堂へと向かった。

 食堂にはカウンターのおじさんと――。


「ガンマ!? お前どうして!?」

「おーっすっす。昨日ぶりっすねダイチ。無事にウチのキャンプと和解してくれたみたいで感謝してるっすよ」


 くすんだ金髪にゴーグルをかけた小柄な少女、ガンマがテーブルで虫の缶詰を食べている。

 カウンターのおじさんが声を上げた。


「昨日の今日だが、もう依頼を持ってきてくれた。既に聞いているかと思うが、発電所の件だ」

「っす」


 なるほど。そういうわけか。

 恐らく現在稼働していないと言われている発電所は、イェソドとガンマのキャンプ双方の電力を賄っていたのだ。

 イェソド側でもその不具合は解消しなければならないものだったが……トレーダーからの依頼ということになれば依頼料が発生する。ベータやオメガが気を利かせてくれたといったところか。


「ありがとな、ガンマ」

「お、説明しなくても何か察したみたいすね。察しのいい男はモテるっすよ」

「マジ!? ヨーコ連れてくるから今のやり取りもう一回やってもらってもいい!?」

「一気に評価下落したっす……」


 ふん。赤スーツの女――エイダが鼻で笑った。


「なんスか?」

「あのションベン臭いお荷物のどこがそんなに気に入ったのかと思って」

「あんたみたいに口ばっかりじゃなくて行動で示してくれるとこッスかね」

「おーい、やめろー」


 がるるる、と噛み付き合いそうな俺達をうんざりしたランディさんが止める。

 ガンマがため息。


「はあ、依頼前に不安にさせてくるのを恒例行事にするのはやめてほしいっす……」





 砂漠を歩くこと小一時間。小さな灰色の建物が見えてきた。

 屋根にパネルのようなものと風車が付いている。


「アレが発電所だ。トライブの人間が居るって話は聞かねぇから……多分モンスターに設備を破壊されているか、情報体が機器を狂わせているかのどっちかだと思う」

「発電所……動力ってなんなんですか?」

「太陽光と風力だ。――大体そうだろ?」

「ああ、まあ……そうッスね」


 この崩壊した世界で火力発電や水力発電、ましてや原子力発電は難しいのだろう。

 まあ、小さな集落の電気を賄うくらいなら太陽光発電や風力発電で十分なのかもな。よくわからんけど。


「設備が破壊されてたら、直せるんですか?」

「発電設備はモジュール化されていて、予備パーツと交換すれば直ることがほとんどだ。――これは俺の情報体の受け売りだけどな」

「おお! 技術提供型の情報体スか!」

「そんな限定的な奴じゃねえよ。同化型だが……機械の知識も教えてくれんだ」

「ねえ。いつまでお喋りしてるの?」


 俺とランディさんの語らいを邪魔する赤女。

 くっそう……胸かお尻ガン見したろか!


「わーりいわりぃ。ほんじゃ坊主、お仕事しまっか」

「ういッス」


 そうして俺達は発電所へ向かった。






 中は暗かった。

 怖い。変な生き物いそう。


「ガンマが居れば生命体の位置が分かるのにな……」

「あの嬢ちゃんそんな情報体持ってんのか? イェソドに来てくんねぇかな」

「トレーダーの人が敵を避けるのにも重要なんでしょう。無理に勧誘しちゃダメッスよ」

「しねえよ。冗談だジョーダン。――おめー、コールドスリープから起きたばっかだっつーのに周りの人間に優しすぎねえか?」

「起きたばっかで人にめちゃくちゃ優しくしてもらったもんで」

「なるほどねえ……そんでヨーコを女神みたいに崇めてるってワケな」


 ヒナの刷り込みみたいに言われた。そう考えると俺ダサいな。

 エイダがうっとおしそうに吐き捨てる。


「ああ、もう! 喋くってないで仕事しなさいよ!  アタシ、こんな油臭いとこ長居したくないの!」

「ベタベタなセリフッスね……次のシーンで死にそうッスよ」

「何言ってんのかわかんないわよ! ――ランディ! アンタ前行きなさい! 同化型でしょ!」

「へいへいおおせのままに。お嬢様」


 ランディさんが小銃を構え、歩き出した。俺も後に続く。

 エイダは拳銃をそこら中に向けながら後ろを着いてくる。さっきふざけて言った「背中を撃つなよ」という言葉が本当になりそうでひやひやする。


「ッうア……!?」


 ランディさんが突然声を上げた。俺は驚いてそちらを見る。

 ランディさんの両手から煙が上がり、小銃を取り落としていた。その視線の先にデカいトカゲがいる。体長2メートル程。

 そいつは口から粘液を滴らせた。滴った粘液が床にこぼれると、そこからしゅう、と煙が上がった。

 ――あのトカゲもデスワームと同じく、毒液を吐いてくるモンスターか!


 ヤバい、石どこだ、石!


 俺が慌てて懐を探っていると、エイダが前に出た。


「ポイズンリザードか……! キモいんだよ! ――コール来い! ヴェルクラ!」


 エイダの体から人型が出現――頭が薔薇の花になっており、黒いドレスを着た女の姿をしていた。

 『ヴェルクラ』が手を前方にかざす。そこから桃色の光線がポイズンリザードに向かって飛んだ。

 トカゲに光線が着弾する。すると――。


 トカゲはひっくり返ってもがき出し、ジタバタと暴れている。ヴェルクラの能力か?


「サンキュー、エイダ。コール来い! マシーン・ヘッド!」


 ランディさんの体からも情報体が出現した。

 頭に拘束具のようなものを被った人型の情報体だ。そいつがランディさんの体へ再び戻る。


「ぬううっ!」


 焼け爛れたランディさんの両手の皮膚が再生していく。血色を取り戻した。

 ランディさんは足元の小銃を拾うと、大トカゲに向かって発砲。頭部に数発食らってトカゲは動きを止めた。


「ふいー、焦ったぜ。最近アジトの警備ばっかだったから腕がなまったか?」

「はい、マガジン。――アンタ役に立たないじゃない。帰っていいわよ?」

「くそ、言い返せねぇ!」


 慌てて何も出来なかった! エイダに言われ放題でも何も言えねぇ!


 次だ! 次こそ汚名返上してやる!

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