第4話 戦う理由 死ぬ理由

 外に出ると熱気を含んだ風が体をなぶった。

 砂がゴーグルのガラス部分に付着し、視界が悪くなる。俺は手でゴーグルを拭った。

 

「砂ごときで情けねえ。男だろてめー。ちったあ我慢してみろってんだ」

「慣れれば平気よ、いちいち噛み付くものじゃないわ」


 2人は素顔なのに目を細めている程度だ。この砂を顔に浴びてよく痛くないものだ。


「悪りぃ、見苦しいだろうけどしばらくはこいつを付けてねえと目ぇ開けてらんなそうだ」


 試しに砕けた口調で話してみる。イリーナが眉を上げた。


「なんだ、まともに喋れんじゃねえか。デスマス口調のモヤシ君とばかり思ってたぜ」

「あんたが散々ビビらせてくれたからな。でもいい加減こっちも慣れてきたんでね。ラフに話させて貰うぜ」


 ヨーコがやれやれ、と頭を掻いた。


「仲のいいところ申し訳ないけど、早く進まない? 私もあまり体力に余裕はないの」


 そういえばヨーコはロクな食事を取っていないはずだ。俺は慌てて手を振る。


「ごめん! ――じゃあ、行こうか」


 俺達は砂漠の中に足を踏み出した。

 細かい砂に足が取られ、歩くだけでも難儀する。


 小一時間ほど歩いたところに6メートルはありそうな高さの岩があった。2人はそちらに近づき、その影に入った。休憩かな?


「やー、助かった。暑いわ歩きにくいわでそろそろキツかったんだ」


 そう言って腰を下ろそうとした。が、ヨーコが険しい顔で首を横に振る。


「違う。――ここからは敵対トライブの縄張りに近づくことになる」


 ヨーコがバックパックから双眼鏡を取り出し、岩陰に隠れながら辺りを見渡し始めた。


「周辺に人は居なさそうね……進みましょう」


 砂漠とは言ってもずっと視界が開けているわけではない。盛り上がった砂の畝や、岩などで思ったよりも視界が制限される。

 ヨーコは砂の畝に沿い、高い位置に出ないよう蛇行して進み始めた。

 腰をかがめ、岩などに身を隠して歩く。一気に体力が奪われていく。

 ゴーグルとマスク、それにスーツの中はすでに汗みずくだ。喉が貼り付くように痛んできた。

 更に1時間ほど進んだところで一旦休憩することになった。

 マスクを外し、大きく息をつくと砂が口に入って咳き込んだ。


「げほっ! げほっ! おえっ!」

「大丈夫? はい、お水」


 水筒を受け取り、フタを開けて一口飲んだ。

 塩辛くて泥臭い水だったが、地獄のような行軍の後ではコーラよりも美味しく感じた。

 もう一口飲もうとしたが、ふと気づく。


「これ、ヨーコの水じゃ……?」

「そうよ。帰りの分もあるからあまりがぶ飲みしないこと」

「……」


 もう何もかもをヨーコに頼り切っている。俺は情けなさに涙が出そうになった。


「ありがと」

「もういいの?」

「うん」


 まだ飲みたい気持ちはある――しかし、これ以上彼女のものを奪いたくはない。

 水筒を返すと、彼女は美味しそうに水を一口飲んだ。


「あー、口付けて飲んじゃってごめん」

「? なにが?」

「いや……別に」


 間接キスなど気にしているのは俺だけなのだろう。恥ずかしくなってイリーナの方を見た。

 彼女も自分の水筒から水を飲み、缶詰を開けてゴキブリみたいな虫にかぶりついた。


「あぁうめぇ。欲しいか? やらねーぞ」

「スネ夫みたいなやつだなお前……」

「なんだスネオって。なんか知らんがバカにしてんのか」


 少しずつではあるがイリーナとは砕けて話せるようになってきた。

 そして、当たり前のようにひどい味の水と虫を口にしている美女達を目の当たりにして改めてここが自分の居た世界とは違うことを思い知らされた。


「虫、あるよ? 食べれる?」


 ヨーコが缶詰を開け、差し出してくれた。

 何度見てもやっぱりムカデとゴキブリだ。怖気を振るう。

 彼女の食料をまた奪うのか――?

 そう考え、彼女を見た。

 ヨーコは心配そうにこちらを見ている。自分の食料が減ることなどに頓着せず、俺が虫を食べれるかどうかだけを考えているであろう顔だ。

 俺は意を決してムカデに手を伸ばした。そっと指でつまみ、一口齧る。


 驚いた。まるでスナック菓子のような味だ。

 皮が堅めだったり、後味に妙なエグみはあるが、十分食べられる。


「うまい」

「本当!? よかった」


 ヨーコはまるで自分のことのように喜んでいる。胸にちくりと痛みを感じた。何としても情報体との契約を成功させなければ。

 ムカデを一匹食べ終え、彼女に頭を下げる。


「ごちそうさまでした」

「ん。ちゃんと食べられて偉い」


 間違いない。完全に弟的な存在に見られています。

 功名に先走らないと誓ってはいるが――なんとか早く手柄を得たくなってきた。


 と、ヨーコの目が鋭くなった。


「この、音……! 伏せて!」


 イリーナとヨーコが砂地に突っ伏した。俺は何が起きたのか分からずモタモタしていると、俺の頭をイリーナが掴み、地面に叩きつけるようにして姿勢を低くさせた。


「ぶわっ!」

「うるせえ!」


 砂が思いっきり口に入って呻くとイリーナに怒鳴られた。慌ててマスクを付ける。

 ヨーコが双眼鏡を目に当て、上空の方を見ている。


龍機兵ドラグーン……! まさか、なんでこんな辺境に!?」


 きいいん、と空を裂くような音が聞こえた。

 すると、空に戦闘機のようなものが飛んでいるのが見えた。

 それは猛スピードで飛来すると、上空を駆け抜けていった。

 一拍遅れて轟音と暴風が叩きつけてくる。


「うわあっ!」


 風と砂が襲いかかってくる――俺達は身を丸めてそれに耐えた。

 戦闘機が旋回――再度こちらに向かってくる。


「まずい――! 捕捉された!」


 ヨーコが叫んで俺の腕を引いて立ち上がらせると、俺を肩の上に担ぎ上げた。


「え!?」

「イリーナ!」


 ヨーコがイリーナの名を呼ぶ––―イリーナは煩わしそうに手を振った。


「わかってら!」


 俺を担いだままヨーコが走り始める――俺より背の低い少女にまさかこんな力があるなんて――。

 そんなことを考えていると、イリーナが小銃を戦闘機に向け、発砲し始めた。

 戦闘機がわずかに機体を傾ける=銃撃を回避。

 イリーナが銃のマガジンを交換。戦闘機に向かって走る。


コ――――ル来い! アンアース!!」


 イリーナが叫ぶと、彼女の背後が揺らめいた。

 全身を鎧に包んだような人物の姿が一瞬見えたが、イリーナの体に吸い込まれるようにして消えた。

 イリーナが跳ぶ――蹴られた砂地が爆砕する。

 上空高く跳び上がり、距離を詰めたイリーナは再び戦闘機に向かって発砲した。


 戦闘機が機銃を掃射した――イリーナが被弾し、血を撒き散らして落下する。


「イリーナ!!」


 我を忘れて叫んだ――走りながらヨーコが腕に力を込める。


「イリーナはあれくらいじゃやられないわ! 自分の身を守ることを考えなさい!」

「で、でも!?」


 イリーナは砂漠に落ち、勢いのまま砂に埋もれた。

 戦闘機が何かを落とす――それは地に着弾すると、爆発を起こし、地を揺るがした。

 戦闘機が爆弾を降らせている。1発、2発……次々に爆発した。地面が揺れる。


「きゃあっ!」

「わあっ!」


 俺達の近くに爆弾が着弾。爆風に吹き飛ばされ、ヨーコと俺は転倒した。

 まずいまずいまずい――!

 俺は拳銃を取り出し、戦闘機に銃口を向けた。


「無駄よ! 逃げて!」


 ヨーコが制止する。だけど、俺は戦闘機の標的を自分に変えさせることだけを考えていた。

 安全装置セーフティを解除。戦闘機に向けて2発撃った。

 思ったより反動は少ない――だけど命中するはずもない。俺はヨーコのいない方に走り始めた。

 戦闘機が機首を俺の方に向けた。機銃を撃ち始める。

 砂地に弾痕が穿たれる――俺は喚きながら狙いもつけずに空に向けて銃を撃った。


「来い、ヒコーキ野郎!」


 走る。

 走る。

 上空からの機銃掃射では俺のような小さな的には当てづらいと思っていたが――段々と弾痕が俺の近くになってきた。照準が補正されてきているのだろう。


 振り向いた。ヨーコはこちらに向かって走ってきている。

 くそっ、どうして俺を置いて逃げてくれないんだ! このままでは共倒れに――。


 焦燥感に胃を焼き焦がされる――俺は絶望的な気持ちで走りながら銃を撃ち続けた。


 その時。砂地が爆裂した。

 砂煙の中から人影が飛び出す。イリーナではない。別の人物だ。

 そいつは弾丸のように戦闘機に向かって飛ぶと、背負っていた大剣を一閃。戦闘機の機首を叩き割った。

 高い金属音が辺りに鳴り響く――戦闘機がコントロールを失い、落下。轟音を上げて爆発した。破片がこっちまで飛んで来て顔に当たる。


「あっちぃ!」


 破片が当たったところをさする。

 大剣を振るった人物は何事もなかったかのように着地して剣を背負い直し、こちらを一瞥した。

 背の高い人物だ。フードを被っている。

 燃えるような赤毛の男だ。

 

 俺を取るに足らない人間だと判断したのか――赤毛の男は手元のリモコンのようなものを操作。すると、バイクが独りでに走ってくる。

 男はバイクに搭乗し、砂を撒き散らして去っていった。


 呆けていた俺の頭がはたかれる――振り向くとヨーコが目に涙を浮かべて立っていた。


「逃げなさいって言ったでしょ!」

「俺だけ逃げられる訳ないだろ!」


 言い合いもそこそこに、ヨーコは俺を再び担ぎ上げるとイリーナが落下した方に向かって走り始めた。

 ヨーコはイリーナの落下地点にたどり着くと、俺を下ろして砂地を掘り始める。

 ずぼっ、と彼女が砂から顔を出した。


「ぶへっ!」

「イリーナ、大丈夫!?」


 咳き込み砂を吐き出すと、イリーナは砂地に拳を叩きつけた。


「クッソッタレッ!! なんでこんなとこに龍機兵ドラグーンがいんだよ!? あいつどこいった!?」

「龍喰いが撃墜したわ。たまたまあいつらの戦闘に巻き込まれたみたい」


 俺は所在なくもじもじしている。

 イリーナが下卑た笑みを浮かべた。


「おう、坊っちゃん。生きててよかったな」

「う、うるせぇ。おめぇこそなんで生きてんだよ。撃たれてただろーが」

「アンアースで強化されたあたしがあんな精度悪い機銃で死ぬかよ。その後の爆弾は直撃したらヤバかったがな」


 アンアース、というのがイリーナの情報体なのか? あの鎧を着た人間のような姿……あれが、情報体?

 ヨーコに向き直ると、彼女は腕組みしてこちらを睥睨している。俺はおずおずと頭を下げた。


「ごめんなさい」

「私を助けようとしてくれたのはわかるけど……無茶はしないでと言ったはずよ」

「体が勝手に……あの戦闘機がドラグーンってやつ? 龍喰いって?」


 気まずいので話題を変えた。

 ヨーコは俺を睨みながらも、仕方ないという顔をした。

 

「そう。教会の所有する飛行兵器。それが龍機兵ドラグーン。私達トライブは教会からすると駆除の対象なの。見つかったら問答無用で攻撃されるわ」

「他のトライブにモンスターに教会……敵が多すぎる」

「当たり前。世界は私たちに優しくない」


 イリーナを見た。彼女は傷口から弾丸をほじくり出している。見てるだけで痛い。


「龍喰いってさっきの赤毛の男?」

「そう。彼も教会に所属する情報体使い。だけど龍機兵ドラグーンを所有する一派とは敵対しているの。単騎で龍機兵ドラグーンを堕とせる実力から、龍喰いという異名で呼ばれている」

「超カッコいい。俺も異名欲しい」

「バカ」


 教会という組織はトライブと敵対しているらしい。そういえばヨーコが苗字のある人間は教会所属だというような発言をしていた気がする。世界を牛耳る政府のような存在か?


「クソッ、服に穴が開いちまったぜ」


 イリーナは立ち上がり、弾痕が穿たれたスキンスーツを見下ろし毒づいている。


「傷……治ってる?」

「あ? アンアースは同化型の情報体だから、あたしの負傷なんてすぐ治しちまうんだよ」

「ど、同化型?」


 イリーナはわずらわしそうにヨーコの方を見た。


「めんっどくせぇ。お前、説明しろ」


 そう言って歩き出した。

 ヨーコもイリーナに続きながら、俺に向かって頷く。


「同化型というのは、情報体の分類の一つ。契約者の肉体に同化して強化し、身体能力や自己治癒の能力を向上させる力を持っている。イリーナのアンアースは脚力と治癒能力の強化に長けているわ」


 なるほど。強化系ね。攻守のバランスに優れているってクラ◯カの師匠も言ってたな。

 ――というか、気になることがある。


「ヨーコは、その……情報体とは契約出来ていないって言ってたよね?」


 切ない笑みでヨーコが頷いた。罪悪感が湧いてくる。


「だけど、さっき俺のことを担いで走ってくれた。ちょっと鍛えたくらいじゃ女の子にはそんなこと出来ないんじゃないかと思って……」


 この過酷な世界で揉まれて鍛えられているとはいえ、人間の肉体の強さには限度があるはず。ヨーコの異常なまでの身体能力が情報体に依るものでないとしたら、一体?


「私は、バイオテクノロジーで肉体を改造した強化人間。それも成功したとは言い切れないけど……それなりの筋力と動体視力があるわ。同化型には遠く及ばないけれど」


 改造人間! そういうのもあるのか!

 ――思わず目を輝かせてしまったが、なんかそれって体に悪そうな気が……。

 考えていることを見透かしたかのように、ヨーコが言葉を続けた。


「情報体の協力なしに肉体のリミッターを外して力を発揮している。私には……後3年ほどの寿命しか残っていない」


 衝撃。目の前が暗くなっていく。

 口をぱくぱくさせるが、言葉が出てこない。


「まあ、そもそもこの世界で3年も生き延びるのは難しいからあまり気にすることじゃないわ。だから、私がいなくなっても生きていけるように強くなってね。そしたら私も安心して逝ける」


 あっけらかんと言ってのけるヨーコ。

 何かを言ってあげなければ――何を?

 ただひたすら彼女に守られるだけの俺に、何が言える? 何ができる?

 肩を落とし、唇を噛んで無力感に耐えた。

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