第2話 偽りの涙
## 1
「お義母さん、家族葬ではなく、一般葬でお願いしたいんです」
翌朝、義実家のリビングで、私は涙を拭きながら言った。
「拓也さんには、たくさんの友人や会社の方がいらっしゃいました。みなさんに、最後のお別れをしていただきたいんです」
義母は目を赤く腫らしながら頷いた。
「そうね…拓也も、それを望んでいると思うわ」
義父は葬儀社のパンフレットを見ている。
「費用は…どれくらいを考えてる?」
「150万から200万くらいでしょうか。でも、拓也さんにふさわしいお葬式にしたいんです」
私は声を震わせる。完璧な演技だった。
でも、頭の中では別の計算をしていた。
**生命保険5,000万円。**
**葬式代200万なんて、誤差の範囲。**
むしろ、豪華な葬式の方がいい。
「やっぱり美咲ちゃんは、いいお嫁さんだね」
義父がそう言って、私の手を握った。
「拓也の見る目があったよ」
私は俯いて、小さく頷いた。
**見る目?**
**浮気ばかりしてた夫が?**
笑いそうになるのを、必死でこらえた。
## 2
葬儀社との打ち合わせ。
担当者は30代の女性だった。
「香坂様、この度は誠にご愁傷様でございます」
「ありがとうございます…」
私は何度も涙を拭く仕草をした。ティッシュを持つ手が震えているように見せる。
「お式は4日後でよろしいでしょうか?」
「はい…早く、拓也さんを送り出してあげたいので」
「かしこまりました。それでは祭壇ですが…」
カタログを見せられる。
一番安いプランは50万円。一番高いのは300万円。
「こちらの『プレミアム』プランなどいかがでしょうか。白い菊と胡蝶蘭をふんだんに使った、格調高い祭壇でございます」
200万円のプラン。
「それで…お願いします」
即答すると、葬儀社の女性が少し驚いた顔をした。
「あの、お値段を確認されなくても…」
「拓也さんは、会社でも評価されていた人なんです。安っぽい葬式なんて、できません」
私は唇を噛んで、また涙を浮かべた。
「…承知いたしました」
女性は深々と頭を下げた。
打ち合わせが終わり、女性が部屋を出ていく。
一人になった瞬間、私は深く息を吐いた。
「疲れる…」
でも、悪い気分じゃない。
むしろ、この「悲劇のヒロイン」を演じるのが、楽しくなってきた。
## 3
夜、一人で家に戻った。
がらんとしたリビング。拓也がいない静寂。
「…最高」
私はソファに倒れ込んで、天井を見上げた。
結婚して5年間、この家で私は息が詰まっていた。
拓也が帰ってくる時間が近づくと、胸が苦しくなった。
今日は何を責められるんだろう。
今日はどんな嫌味を言われるんだろう。
「美咲、夕飯これだけ?手抜きじゃない?」
「専業主婦のくせに、部屋が汚いな」
「俺が稼いでるから、お前は生活できてるんだぞ」
そんな言葉を、毎日浴びせられてきた。
でも、もう聞くことはない。
「静か…」
この静けさが、心地よい。
スマホが鳴る。拓也の会社の上司からだった。
「奥様、この度は…本当に…」
声が詰まっている。
「ありがとうございます。拓也も、きっと喜んでいます」
「葬儀には、部署の者全員で伺います」
「お待ちしております」
電話を切る。
**全員で来る。**
ということは、50人以上。
全員が私に同情する。
全員が「いい奥さんだ」と思う。
「完璧じゃん」
私は笑いながら、冷蔵庫を開けた。
拓也が好きだったビール。もう誰も飲まない。
私は缶を取り出し、プシュッと開けた。
「乾杯」
誰もいない部屋で、一人で乾杯する。
**新しい人生に。**
## 4
その夜、拓也のスマホが気になって、警察から返却された遺品の中から取り出した。
ロックは知っている。誕生日だ。バカみたいに単純。
画面を開くと、LINEに未読が山ほどある。
ほとんどが会社関係者からの「大丈夫ですか」というメッセージ。
でも、一つだけ違うのがあった。
**「ユリ♡」**
という名前。
私は息を呑んだ。
浮気相手だ。
開く。
**「ねえ、なんで連絡くれないの?」**
**「昨日のこと、怒ってる?ごめんね」**
**「会いたいよ」**
昨日の午後6時に送られたメッセージ。
拓也が事故に遭う2時間前。
「…あはは」
笑いが止まらない。
**この女、まだ知らないんだ。**
拓也が死んだこと。
「どうしよっかな」
私は考えた。
教えてあげる?それとも、放置?
しばらく考えて、私は決めた。
**放置しよう。**
どうせ、ニュースやSNSで知るだろう。
そのとき、この女はどんな顔をするんだろう。
泣くのかな?
それとも「私のこと愛してたのに、奥さんがいるから一緒になれなかったんだ」とか、都合のいい妄想をするのかな?
「バーカ」
私はスマホを放り投げた。
そして、また一人で笑った。
## 5
翌日、喪服を買いに行った。
デパートの喪服売り場で、店員が丁寧に対応してくれる。
「お客様、こちらのワンピースタイプなどいかがでしょうか」
黒いワンピース。シンプルで上品。
「それ、試着させてください」
試着室で鏡を見る。
黒が、意外と似合う。
私は元々、地味な顔立ちだ。派手な服は似合わない。
でも、喪服は違った。
**「悲しみに耐える妻」**
そんな雰囲気が、完璧に出ている。
「お客様、とてもお似合いです」
店員が言う。
「これ、ください」
12万円の喪服。高い。
でも、**これから何度も使う。**
法事、一周忌、三回忌…
そのたびに、私は「故人を偲ぶ未亡人」として、周囲から同情される。
**この12万円は、投資だ。**
レジで支払いを済ませ、デパートを出る。
駅前のカフェに入って、ラテを注文した。
窓際の席に座り、街を眺める。
平日の昼間。働いている人たち。
私はもう、働かなくていい。
5,000万円あれば、質素に暮らせば20年は持つ。
でも、私はもっと賢く使う。
投資、資産運用、不動産…
ちゃんと勉強すれば、一生安泰だ。
「ふふ…」
カップを持つ手が、震えている。
嬉しくて、興奮して、どうしようもない。
**ありがとう、拓也。**
**死んでくれて、本当にありがとう。**
## 6
その夜、義母から電話がかかってきた。
「美咲ちゃん、あのね…実は話しておかなきゃいけないことがあって」
「はい、何でしょうか?」
義母は言いにくそうに、言葉を選んでいる。
「あの子…拓也には、生命保険があるのよ」
「はい、知ってます」
「受取人は、あなたになってるわ」
「…ありがとうございます」
「それで、金額なんだけど…」
私は息を呑んだ。
「5,000万円よ」
知ってる。全部知ってる。
でも、私は驚いた声を出した。
「そんなに…!」
「ええ。拓也は、あなたのことを考えて、ちゃんと準備してたのよ」
義母の声が震えている。
「いい子だったのよ、あの子は…」
**いい子?**
**浮気三昧のクズが?**
でも、私は言った。
「拓也さん…ありがとう」
そして、本物の涙が流れた。
嬉しくて、嬉しくて、止まらなかった。
**【第2話 終】**
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