霊感男とどこにでもいる普通の男
春野 セイ
第1話 あれはいつだったんだろう。
あれはいつだったんだろう。
俺はふと、どうでもいい事を思いついてしまった。思いつくと、そればかり気になって仕方がないので、あれがいつだったのかを思い出すため、記憶を少し遡ってみることにした。
おそらく、あの事がきっかけだったんじゃないだろうか。
俺が22歳か23歳くらいだったと思う。大学を卒業後、今の会社に就職した。その頃も学生時代から続けていた劇団に入っていた。
大学の演劇には興味はなく、地方の劇団を選んだ。
劇団に入った理由は、いろんな年齢の人と出会えるし、何より芝居が好きだったから。仕事も事務職を選んだのは、演劇に時間をかけたかったからだ。
体を動かすのも声を出すのも楽しかったし、芝居で女の子と話ができる。それも理由かもしれない。
そうだ。あれは
成瀬から芝居をやりたいというメッセージをもらったのが始まりだ。ちなみに俺は、
『
仕事が終わってスマートフォンを開くと成瀬からメッセージアプリに連絡が入っていた。
『どうした? 何かあった?』と俺は返信した。すると、すぐに既読が付いて成瀬が返事をくれた。
『青山と俺の知り合いの女の子を使って、二人芝居をやりたいんだ』
成瀬は、そう持ち掛けてきた。
二人芝居か。それは楽しそうだ。いいよ、と俺は連絡をもらったその日に承諾した。
それから電話で少し話をした。芝居の内容が知りたかったからだ。
成瀬のオリジナル脚本で、中学の時に付き合っていた二人が高校生で別れて、その後、大学に入ってから駅でばったり出会うという普通の俺にピッタリの脚本らしい。
公演場所は、いわゆるコンベンション・センターと呼ばれる場所の小さいホールを借りて、地方の予算を使い、観客を巻き込んで芸術祭のようなものを開こうというコンセプトから決まったらしい。
観客はワンコイン500円で入場できる。演者は、一組が1時間以内の枠で、演劇、ダンス、アート、書道パフォーマンス、朗読劇などいろんなことをするそうだ。
すぐ目の前で行われるので、ワークショップに近い感じもする。
成瀬から説明を聞きながら、気楽に楽しめそうだ、とその時は思っていた。
待ち合わせは、成瀬が通っている○○大学の一階の教室だった。成瀬は俺より三つ年下の20歳の現役の大学生だ。
早速、翌日の夕方の19時過ぎ、俺は待ち合わせ場所へ急いだ。
俺は、演劇に時間をかけるつもりで会社に入っているので、定時で会社を出てコンビニで肉まんや菓子パンを買って、その辺のベンチに座って簡単に食事をすませて行った。
久しぶりの大学は懐かしく、誰もいない教室は静かでちょっとワクワクした。天井の明かりは、使用する教壇の上あたりだけを点けていて、広い教室の後ろ側は真っ暗なので、うすぼんやりとしてこちらはちょっと不気味だった。
初の顔合わせの日、俺と成瀬、そして、相手の女の子、三人が揃った。
「よお、成瀬」
「青山、ありがとう来てくれて」
成瀬は髪を短く切っていた。
成瀬はおしゃれな男で、茶髪に染めた髪はゆるふわパーマをあてていて、首筋はすっきり短くし、片方の耳にはピアスをして、丸い目と長いまつ毛、どこから見ても美形男子だった。ほっそりしているので、20歳だがまだ少年ぽさが抜けていない。特徴なのは声かもしれない。身長は165センチくらいと小柄で、男性にしては少し高めのやわらかい声をしていた。芝居の時、耳元で囁かれたら、女の子なら惚れてしまうんじゃないかなと思う。
一方、俺はどっから見ても普通の男子。身長だけは180センチと無駄に高く、目は二重だが、唇は薄く、もう少し鼻がすっきりと高かったらなと思う。ただし、太ってはいない。筋トレもしていない。
紹介された女の子は、はっきり言って暗いイメージの女の子だった。
名前は、
夕菜ちゃんは、成瀬の同級生だった。ここの大学生で20歳。見た目は清楚な可愛い子。髪はセミロングで黒、化粧は綺麗に施され、膝くらいのスカートを履いている。
しかし、背中を丸め、じっとりと俺を見上げただけだった。
「岡崎さん、彼は青山草志くん。草の志と書いて、
成瀬が俺を紹介してくれた。
「はじめまして……。青山、くん。よろしくお願いします……」
夕菜ちゃんが軽く頭を下げた。俺も挨拶をした。
「じゃ、これ、台本」
A4のコピー用紙で作られた割と薄っぺらい台本を受け取り、すぐさま黙読を始める。二人芝居の嬉しいところは、自分と相手しかいないからセリフが多いことだ。内容は、成瀬から聞いた通りだった。
どうして二人が別れなくてはいけなかったのか、その秘密を……男、つまり俺の役である「タクミ」が、相手の女の子「エリカ」に探りを入れて聞き出すという話だ。
「エリカ」は高校の途中で「タクミ」と別れた理由をなかなか言わない。はぐらかしてばかりいる。
最後まで読んで、ああ、そう……。そうなの、と別れたその理由に俺は納得? いや、納得できないだろう。というか、別れて正解だなと思った。
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