魔女のおくりもの
@nata_de_coco
魔女のおくりもの
あの日、俺は、愛を知った。
穂麦のようなブロンドヘアに映える、赤。真剣なまなざしの先には、真っ赤に染まり、鳴き声を上げる愛猫が横たわっている。
メスを入れるたびに、苦しそうな叫び声をあげる愛猫を横目に、俺は、君に目を奪われていた。
美しい、と思った。忌み血を浴びながら手術を行う君の手に、姿勢に、瞳に、心を奪われていた。
「もう少し、歩こうか」
足場の悪い高山地帯を、君を支えながら歩いていく。
冷たい風が吹き続けるなかで、うつろな瞳で俺に身を預ける君のぬくもりから、まだ生きていることを感じていた。
柔らかなブロンドヘアは傷み切っていて、草原のような翠眼は光を失い、淡くくすんでいる。
あのころと変わらないぬくもりだけが、俺と君との思い出をつなぎとめていた。
「そろそろ、疲れたな」
そう尋ねても返事はない。
「このあたりで、今日は過ごそうか」
岩々に囲まれた景色の中で、比較的平坦な草地に腰を下ろし、君も隣に座らせる。ここであれば石巌も多く、岩壁となって身を隠せるだろう。
君に着せていた外套をそっと脱がし、毛布替わりに使って、二人で身を寄せ合う。
日も沈み、あたりが段々と暗闇に包まれていく。過ごしやすいとは言い難い季節に加えて、肌寒い風に包まれた高山地帯は、一夜を過ごすにはとても適しているとは言えない。
吹き抜ける風が冷たく、瞼も重くなっていくが、君のぬくもりを手繰り寄せて瞼を開く。
二人で身を寄せ合い、互いの体温を分け合いながら、この夜を過ごしていく。
ふと、君の髪に視線が奪われた。
「だいぶ、伸びたな。傷んでもいる。これで切ってもいいが……」
そう言って、俺は懐から短剣を取り出した。
「せっかく美しい髪なんだ。俺が切るのもなんか悪いな」
と独り言ちながら、短剣を懐にしまった。
本当は、君にはもっと美しくあってほしい。
穂麦のようなブロンドヘアをなびかせ、輝く翠眼を細めて、笑っていてほしい。美しい服を着て、美しい屋敷で、美しい笑顔を俺に見せてほしかった。
ふと、君を見ると、静かな寝息を立てながら眠っていた。
穏やかな顔で眠る君を見て、俺は言葉にできない幸福感と同時に深い罪悪感にさいなまれた。
救いたかった、救えなかった。君が禁忌を犯していることを知りながら、俺は止めることができなかった。
魔女狩り。そう呼び始めたのは誰だったのだろう。
俺は小領邦の領主息子で、君は理髪外科医だった。
俺の父は跡継ぎに恵まれず、残ったのは姉妹達と気狂いの領主息子と称された俺だけ。
俺は、昔から珍しいものに目がなく、屋敷にやってくる商人を引き留めては、様々なものを購入していた。そのような俺の姿が、狂気に陥ったかように見えたのであろう。
父はたった一人の息子である俺の狂気を必死に隠し、跡継ぎとして育ててくれた。屋敷の者には隠し切れなかったのか、彼らは俺を気狂いの領主息子と忌み嫌っていた。
しかし、俺は、自身自分が狂気に陥っているとは微塵も思っていなかった。
父への敬意や自分の使命を自覚していないわけではなかったが、この好奇心と感性は自分の中にある大切な感情であり、自分は狂ってなどいないと思っていた。
そのような俺は、外では父の理想の領主息子として、屋敷内では好奇心の赴くままに行動する狂人として歪な人間性を確立していった。
しかし、君に出会って、すべてが変わった。
忌むべき血を好み、死者の解剖を行う魔女がいる。
そう父に聞いていたはずの君は、俺と年の変わらない美しい――青年だった。
君と初めて会ったのは、俺の愛猫がきっかけだった。
俺が商人から購入した真っ黒な猫が、ある日、鮮血を吐きながら苦しそうな鳴き声を上げていた。
原因はわからなかった。わかるわけがなかった。
屋敷の者はすぐにでも処分すべきだと言って、愛猫を連れ去ろうとしていたが、俺はそれを振り切り、いつか聞いた魔女のもとへ向かった。
君は驚いた顔をして、俺を出迎えたものの、今にも死に絶えそうな愛猫を目にすると、俺の手からそっと愛猫を受け取って、診察を始めた。
慣れた手つきで体を診て、いくつかの刃物を用意すると、治療に取り掛かった。
穂麦のようなブロンドヘアに映える、赤。真剣なまなざしの先には、真っ赤に染まり、鳴き声を上げる愛猫が横たわっている。
メスを入れるたびに、苦しそうな叫び声をあげる愛猫を横目に、俺は、君に目を奪われていた。
美しい、と思った。忌み血を浴びながら手術を行う君の手に、姿勢に、瞳に、心を奪われていた。
結局、愛猫は助からなかったが、そこから俺と君の奇妙な関係は始まった。
俺は毎日のように君のもとへ行った。
屋敷の者たちの腫物を扱うような態度は少し気に食わなかったが、もともと領主息子は狂気に落ちていると言われていたのだ。さして興味はなかった。
それよりも、俺は初めて知ったこの感情を確かめたくて、君とも共有したくて、ただそれだけだった。
「こんにちは。君に会えてうれしいよ。今日は何を話そうか」
俺たちは、何も特別なことはしなかった。ただ会って、他愛のない話をするだけ。
君は博識で、非常に聡明で、芯の強い人だった。俺は君から学ぶことばかりで、今日だって君が今まで治療してきた人の話や普段の仕事の様子なんかを聞いていた。
「私、瀉血って良くないと思うんです」
ふいに君が口にした言葉は、俺にとっては意外な言葉だった。
医学といえば瀉血であるし、最も一般的な治療法だ。
俺も、昔、熱に侵されたときには全身の血液を抜かれるような感覚に陥った覚えがある。
理髪外科医であり、医学にも精通した君が言うとは思えない言葉だ。
俺の思考を読んでいたかのように君は続ける。
「瀉血は最も一般的な治療法ですし、その効果も証明されています。でも、私は、単に血液を抜くだけでは治療にならない、と思ってます。人間の本当の姿を知る行為、解剖からしか得られないものもあると。知りたいんです。人間のこと」
ぽつりぽつりとつぶやくように、しかし凛とした声ではっきりと言葉を紡ぐ君の瞳からは、強い決意のようなものを感じる。
「このようなことを言っているから、魔女なんて呼ばれているのでしょうね。ごめんなさい、変なことを言って」
悲しそうに笑う君を見ることがつらくって、俺はそっと君の手を握った。それしか、できなかった。
「あなたは、どうして魔女と忌み嫌われる私に会いに来てくださるのですか」
ある日、いつものように訪れていた俺に対して、君はふいに問いかけた。
「私は、多くの生き物を殺めてきました。実際にあなたの黒猫も、私が……。医学は、多くの生き物を救うと私は信じています。しかし、本当はそのようなことはないのでしょうか」
ぽつりぽつりと紡いでいく言葉は、いつもの凛とした君とは違い、弱弱しく、自分に自信がないような声色だった。
何かがあったことは、俺にも理解できた。
うわべだけの言葉ならいくらでも積み重ねることはできる。しかし、そのような言葉で君を包むことはできないと感じていた。
「魔女なんて本当はいないんだ」
俺の口から転び出たのは、意外な言葉だった。
一度発した言葉に続くように、俺の口からは次々と言葉が出てくる。
「彼女たちは、必死に生きているだけなんだ。家族を守るために、自分を守るために。強い意志を持った美しい人々だと、俺は思う」
これが、俺がずっと思っていたことなのか。口に出して初めて理解したような、不思議な感覚に陥る。
「こんなことを考えている俺だって、君と一緒だ。それに、君の手は、多くの生き物を救えるあたたかくて、優しい手だよ」
そう言って、君の手をそっと握る。
俺と同じ、骨ばっていて大きな手。俺と違って、細く、冷たい手。
だんだんと熱を持ち始める手を、さらにぎゅっと優しく握り、君の言葉を待つ。
君は、手も耳も真っ赤にして、俺に向き合い、そっと言葉と紡いだ。
「救えますか。私のこの手で」
「救えるよ。救っている。俺は、君に出会って、世界に初めて色が付いたように、世界がぱっと明るくなったんだ。俺は、君に救われたんだ」
その言葉に照れくさそうに微笑む君を見て、今度は俺が君を救ってみせる。この笑顔を守ってみせると、静かに誓った。
ある日、いつものように君のもとへ向かっていた俺は、えも言えぬ不安を感じていた。
普段よりも強引に俺を引き留めようとする父に、忙しそうに何か準備をしている使用人達。すべてが、不安要素として俺の心に残っていた。
何かが君の身に起こりそうな漠然とした不安。それを振り払うようにして、俺は急いで君のところへ走った。
しかし、遅かった。
魔女狩り。そう呼び始めたのは誰だったのだろう。君は魔女で、俺は領主息子。魔女は、狩らねばならない。
俺が着いたころには、すべてが焼き払われていて、そこには何も残っていなかった。
「領主様のご子息よ。この頃、ここに入り浸っていたそうね」
「魔女にそそのかされたのよ、きっと。」
「卑しい魔女ね。男か女かもわからない見目だったそうよ。きっとご子息様も魔女に……」
気づいた時には、彼女らは血を流し、地面に這いつくばり、恐ろしい何かを見るように俺を見上げていた。そう、魔女でも見るように。
俺の手には、常に懐に忍ばせている短剣が握られており、その切っ先は真っ赤に染まっている。
俺が、やったのだと思う。
不思議と実感が湧かなかったが、俺が彼女たちを傷つけたのは一目瞭然であった。
父が必死に守ってきた俺の狂気は、この日すべて暴かれて、父の期待も、俺の使命もすべて真っ赤な血とともに流れていった。
「魔女に魅入られた化け物め」
それが、最後に聞いた言葉だった。
あの日、破門された俺は、行く当てもなく各地を転々とさまよっていた。
幸いなことなのだろうか、君の死体は焼け跡から見つかっておらず、俺は君がまだ生きているかもしれないという淡く消えそうな期待を頼りに生き続けていた。
生きる気力を失っているにも関わらず、未だ惨めに生にすがる俺が、醜くて、愚かで、嫌いで、仕方がなかった。
ふと、立ち寄った町で、俺は気になるうわさを聞いた。この町には、魔女を飼っている物好きがいるというものだ。
各地で見つかった魔女を裁判にかけられる前に引き取り、飼うのだという。
その話を聞いて、俺は一抹の光を見たような気持ちになった。
君が生きているかもしれない。あの日、会えなかった君にもう一度会えるのかもしれない。
そう期待して、話をたどり、やっとの思いで、見つけた君は、――死んでいた。
「きれいでしょう。これは、小領邦の方から買ったものなんですがね、この魔女は、その領邦の外れでずっと暮らしていたんですって。このご時世、存在を認知されながら裁判にもかけられない魔女なんて、希少種ですよ。何をきっかけに、裁判にかけられそうになったのかは知りませんが、こんなに美しいものを燃やすなんてあり得ない。あなたも、そう思われませんか」
自慢げに話す主はこの町の大富豪だそうで、金融業で稼いだ有り余る金を使い、芸術品と称し、絵画や彫刻だけでなく、人もコレクションしているのだという。
大きく膨れた腹をさすりながら、趣味の悪いアクセサリーをギラギラと光らせて、機嫌よく言葉を続ける。
「なに、死んではいませんよ。せっかくきれいなんですから、少しばかり遊んであげただけです。女はどうも壊れやすいですから。いやあ、こんなにきれいな男がよくいたものだ」
この主は彼の何を知っているのだろうか。彼がどう見えているのだろうか。彼の手の、姿勢の、瞳の、心の美しさを本当に感じているのだろうか。
怒りの感情は不思議と湧いてこなかった。その代わり、多くの疑問が俺の中で絶え間なく生まれている。
自慢げに話しながら、笑みを浮かべる主に向かって、俺は一言。
「この子を、買い取らせては、頂けないでしょうか」
その後は、よく覚えていない。
屋敷を追い出された日に金庫から盗み出した硬貨はすべて使い果たしたと思う。
俺の手には、冷たくなった、君のぬくもりだけが残っていた。
暖かな光に包まれて、俺は意識を取り戻す。
ごつごつとした岩肌が背中に当たり、少し痛む。平坦な草地とはいえ、寝具にするには、少し草が薄く、少なかったようだ。
誰かの話し声が聞こえる。何を話しているのだろう。
おぼろげな瞳をゆっくりと開け、隣のぬくもりを確認して、安心する。
「こんなところで……」
「……し、旅の方ではないか」
「おや、目を覚まされたようだ」
そこには、何人かの粗末な服を着た男性がいた。俺たちの周りを囲み、口々に安堵の声を上げている。
「君たちはいったい……」
俺は、彼らにそう聞いた。
「ああ、驚かせてすまない。我々はこの付近の村の者でな。道中、あなた方を見つけ、心配していたのだ。目覚められたのであれば、良かった」
彼らの中の一人がそう答えた。
そうか、近くに村があったのか。
幸い、彼らは俺たちの正体に気が付いていないようだった。
「あなた方は、旅の者と見受けられる。そちらの彼女はひどく衰弱しているようだし、我々の村で休んでいかれてはいかがだろうか」
村の男がそう提案した。周りの者も、同意する意思を示している。
彼女、に見えるほどに君はやせ細り、髪も伸び切っている。
これ以上、野宿での生活は厳しいだろうと思い、彼らの提案をのむことにした。
俺たちの正体には気づいていないようだし、君を魔女だと思うこともないだろう。
「そうおっしゃっていただけるのであれば、お言葉に甘えて、お世話になります」
俺たちが連れられたのは、小さな村の教会だった。
「何せ、貧乏な村でして、このような場所で申し訳ない」
そう話す男性に対し、俺は感謝の言葉を伝えた。
「こちらこそ、場所に加えて食事まで用意していただきありがたい限りです」
「そちらの、お連れ様のためにも明日、町から理髪師を呼んでまいります。今夜はゆっくりとお休みください」
そう言うと、男は教会を後にした。
ここは誰もいない。君も俺もよく眠れそうだ。
教会は寂れていたものの、雨風はしのげそうで、礼拝堂を抜けた先の小さな部屋に今にも壊れそうな寝台が二つ置いてあった。
俺は寝台に腰を掛け、その隣に座らせた君に先ほどもらったパンをひとかけ食べさせた。
君が咀嚼できたことを確認すると、俺もそれを食べ始めた。二人で少しずつ食事を行う。
君にパンを差し出しても、手に取ることはないが、口に運べばゆっくりと食べてくれた。俺はその姿がたまらなく、いとおしく思えた。
食事を終えた俺たちは、同じ寝台に横になった。寝台は二つあったが、君のぬくもりを感じていないといなくなってしまうような気がして、離すことができなかった。
「明日は何をしようか」
君に尋ねても返事はない。
「村の者たちが理髪師を呼んでくれるそうだ。このままでも十分きれいだが、より一層きれいな君がまた見られるかな」
「ここの人々は、俺たちのことを知らないようだし、何より優しい。しばらく世話になるのもいいのかもしれない」
「そうすれば君も……」
そう言いかけて、やめた。
自分に言い聞かせるようにして話しているうちに、俺は深い後悔と不安に襲われていった。
ここで療養していれば、君も昔のように俺に笑いかけてくれるのだろうか。君にきれいだと言えるのだろうか。君と、今度こそ、永遠の愛を誓いあえるのだろうか。
答えのない問いが、俺の頭で反芻する。
気が付けば、俺の瞳からは涙がこぼれていた。あの頃の幸せを取り戻したい。もう一度君に、好きだと言いたい。
俺の願いはこぼれる涙とともに流れていってしまうのだろうか。
翌朝、優しい陽だまりのもとで、俺は目覚めた。
隣のぬくもりは昨日よりも暖かく、日差しも相まって、まるで君が今にも目を開け、おはようと話しかけてくれるような感覚に陥った。
「おはよう」
そう俺が話しかけると、君はゆっくりと瞼を開け、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「少し、眩しいか」
君の可愛らしい様子を見て、思わず笑みがこぼれた。相変わらず、問いかけに対する返事はないが、それでも、君がほんのりとあたたかさを取り戻したようで嬉しかった。
「お目覚めになられましたか」
昨日、教会に案内してくれた男だろうか。食事や衣類を手にしている。
「こちら、質素ですが食事を持ってまいりました。それと、お着替えを。そちらの方の服は、かなりほつれているように思えましたので」
そう言って、男は君の方を見た。俺が食事と衣類を受け取り、頭を下げると、男は話を続ける。
「理髪師に関しては、二日ほどで参ると思います。それまでは、あなた方のご都合が宜しければ、ここでお休みください」
柔らかに笑いかける男の優しさが、何故だかとても心にしみて、思わず涙がこぼれた。
あたたかな優しさに触れた喜びの涙だろうか。それとも、何も知らずに笑いかけてくれる彼に対する罪悪感からの涙だろうか。
この瞳から零れ落ちる雫の理由は、俺にもわからなかった。
「おはよう。何か、俺にも手伝えることはあるだろうか」
この場所で二度の夜を明かした俺は、すっかりと体調も良くなり、生きる意味を見出したような、すがすがしい気持ちで朝を迎えていた。
世話になりっぱなしなのも善くないと思い、いつものように食事を運んできた男に対して、俺は手伝えることはないかと尋ねた。
俺の大切な人を救ってくれたこの村の人々に、何か恩返しをしたいという気持ちでいっぱいだったのだ。
「手伝えること、ですか。お客様に何かをさせるわけにはいかないとは思いますが、あなたが良いというのであれば……」
そう言って男が提案してきたのは、簡単な農作業の手伝いだった。
俺にとっては、すべてが初めての経験だったが、体を動かし、村の人々と協力して何かを成し遂げる感覚はとても良かった。
なんだかそばにいないと心配で連れてきた君は、畑の外にちょこんと座ってうつろな瞳で俺のほうを見つめていた。
遠くから見た君は、今にもこちらへ駆けてきそうだったが、その瞳が見ている場所はどこなのか分からない。
ここでの暮らしように、健やかで、穏やかな日常を繰り返していけば、君のその瞳もいつかは俺を映してくれるのだろうか。そのようなことを思いながら、俺は村の人々の優しさを身にしみて感じていた。
新たな寝床にも慣れてきて、君の顔色も体温も日に日によくなっていた。良い方向へ進みつつあることに言いようのない嬉しさを感じ、村の人々に対しては感謝の気持ちでいっぱいだった。
その日は、確か、村の男が呼んだ理髪師が到着する予定で、そしてそれと同時に、この村とも別れを告げようと思っていた。そんな日だった。
俺はこの世のものとは思えないほどに甲高い悲鳴で目が覚めた。
この世のものとは思えない悲鳴は、思い出の中に閉じ込められたあの声によく似ていた。凛として透き通った、強い意志を持った、俺の言葉に笑みをこぼしてくれる、あの声に。
「卑しい魔女よ!」
「捕らえなさい!」
「燃やせ!殺せ!」
人々の叫びが聞こえると同時に、美しいブロンドヘアを乱雑につかまれ、血だらけになった君が目に映った。と同時に、君に向かって剣が振り下ろされそうになる。
――死んでしまう。
いとおしい君が。この世の何よりも美しい君が。俺の、愛する君が。
気が付けば、俺は、君の前へ出て、俺の視界は、真っ赤に染まっていた。
君を囲んでいた人々は、困惑の声を上げている。
「ご子息様が……」
「領主様に何と言えばよいのか」
「こ、こいつは、すでに破門された化け物よ!構う必要はありません!一刻も早く魔女を捕らえなさい!」
彼女らは、口々に言葉を発している。
先ほどの衝撃で解放された君は乱れ髪を垂らしながら、俺のもとへ近づいてくる。
その瞳からは大粒の涙があふれている。
――なんだ、君、生きていたんだ。
君は俺のもとへ来ると、俺の懐に手を入れ、短剣を取り出した。
そうか、ともに行けるのか。俺と、君は、いつまでも、ともにいることができるのか。
世界から音が消え、視界は徐々におぼろげになっていくが、君の姿だけはいつまでもとらえていた。
「愛してる」
最後に発した言葉は、淡く消え入りそうなほどに小さく、はかない声だった。
それでも、ほほ笑む君を見て、俺の思いは伝わったのだと感じる。
「私も、愛してます」
俺が、最後に見たのは、穂麦のようなブロンドヘアに映える、赤だった。
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