一人目

 ミルフィオリの魔法学校の入学者案内が届いた日に、ぼくはサリーと出会っている。サリーは最初から今のような格好をしているのではなく、最初は無害な配達員の姿をして現れた。


『今のような、って言われても、読者にはサリーの姿が見えていないのだから、外見にきちんと言及しなさいよ。言わなきゃ伝わらないじゃない。

 このサリーのプリティフェイス! この世の男なら一度はもみしだくことを夢見る巨乳を越えた大巨乳に、くびれた腰、しっかりとどっしり安産型のヒップ! この肉体の魅力を人間どもに見せつける、最上級に最小限の布面積! プロ中のプロフェッショナル、サキュバス!

 主人公としての責務を果たしなさいよね。主人公失格よ、失格』


「何も言ってませんが……」


『サリーにはタツナの心の声もお見通しなのよ。ふふん』


 そう言って、サリーは胸の肉を真ん中に寄せてみせる。サキュバスなりのセクシーアピールらしい。


 サキュバスは、男の精力を吸い取らないと生きていけない生き物だと聞いたことがある。が、サリーは四六時中ぼくの周りをうろうろしていた。配達員として現れ、今朝のようにポーズを決めてから、ずっと。ぼくが寝ている間にふらふらと吸い取りに行っているんだろうか?


『タツナ、妬いてるの?』


「いえ。サリーの健康を心配して差し上げています」


『やあねえ。タツナはちっとも覚えていないのね。昨晩はあんなに愛し合ったっていうのに』


「ぼくがぁ?」


 ぼくがこの、ほとんど裸みたいな格好のサキュバスと? ……ぜんぜん覚えてない。本当に?


『昨晩だけじゃないわよ。記憶がトんじゃうぐらいイイんだ……』


 昨晩だけじゃない。というと、ぼくは何度もこのサキュバスと交わっているのに、どれも覚えていない、ということになって……本当に?


 サリーはニヤニヤと笑いながら、黒い尻尾の手入れをしつつ、ぼくの数歩後ろを浮かんでいる。サリーの尻尾は細くて長く、先端がハートの形だ。興味本位で「生えている根元を見せてくれませんか?」と聞いたら「えっち! すけべ! そういうことは、素面しらふで言うな! わかったか!」と先端でぺちぺちと叩かれてしまった。サキュバスにも羞恥心はあるようだ(まだ見せてもらえていない)。


「おはよう、波風ナミカゼクン」


 からかわれながら登校して、ぼくの所属する一年E組の教室に入り、自分の席に座る。ぼくがクラスの女子に興味を持てないのって、サリーのせいでもあるのではなかろうか。


 もちろん、このクラスの女子が、聖女となるべくして生まれた子どもたちだから、というのもあるけど……。ぼくのことをはっきりと「邪魔」って言ってきた子もいる。中流層のクラスはE組以外にもあるもんね。


『挨拶されているわよ。無視するのはカワイソウじゃないかしら』


「ああ……おはよう、梅崎ウメザキさん」


『梅崎カオルさん。テニス部所属。一年生にして主力級、ミルフィオリの新時代のエース。三年生のキャプテンを泣かせた、まさしく〝テニスのお姫様〟な女の子。この優等生風の見た目で、なかなかのどえすと見た。Cカップ』


「今日も、忙しいかな?」


『カオルはタツナをテニス部に加入させようとしている。この学年の三人の男子のうち、二人は上流層。中流層のカオルには話しかけられない。中流層のカオルが話しかけたとて、無視されるのが関の山ってところね』


 ぼくは、テニス部に入る気はない。どの部活にも所属したくない。この魔法学校の三年間を、凪のように穏やかに過ごしたい。さっさと帰って、家のことをした方がいい。


「今日も、ごめんなさい。誘っていただけるのは、嬉しいのですが」


「そう。男の先輩がいないから?」


「え、いや……家庭の、事情かな」


「ふーん。気が変わったら、いつでも言ってよ」


『テニス部は女の子の部員しかいない。クラスで苦しい日々を過ごしているタツナにとって、安寧の場所とは言いにくいだろう。

だがしかし、サリーはこう思うのだ。二年生や三年生の男の先輩しかいない部活に行ったところで、また別の問題が発生しそうではないか?』


「魔法学校は三年間だから、先輩とのつながりは持っておいた方がいいよ。就職の為にも、社会に出てからの為にも」


「……ご忠告、ありがとうございます」

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