第8話 未来の譜面

 冬の足音が近づく頃、廊下には進路調査票を抱えた生徒たちの姿があふれていた。


 亮も例外ではなく、白い紙に「将来の夢」という欄を埋められずにいた。


 放課後、音楽室に行くと、真司はピアノの上に大学のパンフレットを広げていた。


「これ……音大?」


「うん。東京のやつ。オープンキャンパスも行ったんだ」


 真司はいつもより少し誇らしげに笑ったが、亮の胸には別の感情が広がった。


「……東京って、ここからかなり遠いだろ」


「まあな。でも、本気で音楽やりたいから」


 その言葉は、眩しいくらい真っ直ぐだった。


 ――でも、それは同時に、俺から離れていく未来の音みたいに聞こえた。


「亮はどうするんだ?」


「……分かんねぇよ、まだ」


 短く答えると、真司はそれ以上追及せず、再び鍵盤に向かった。


 ただ、その背中が少し遠く感じた。


 その日の練習は集中できず、音も心も揃わなかった。


 帰り道、二人は並んで歩いたが、会話は途切れがちだった。


 ふと真司が立ち止まり、冷たい息を吐く。


「なあ、もし俺が東京行ったら……どうする?」


 亮は返事を飲み込み、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。


 夜、自室で進路調査票を開く。


 真っ白な欄が、未来の不確かさをそのまま映しているようで、ペンを握る手が動かなかった。


 ――俺たち、このままずっと一緒にいられるんだろうか。


 その疑問が、胸の中で静かに鳴り始めた。




#BL


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