夢の中の魔法少女

安珠あんこ

夢の中の魔法少女

「早く逃げなきゃ。先生に捕まっちゃう!」


 私は学校の廊下を走っている。パタパタと床を叩く足音が、廊下中に響いている。壁にかかれた図工のポスターも、音楽室の古いピアノも、今は全部、怖いものに見える。私は息を切らしながら、後ろを振り返った。


 私は知ってる。すぐそこまで、あの怖い先生が追いかけてきていることを。


 私は最近、毎晩のように悪い夢を見るようになった。

 この前、小学校で発表会の練習をしていたとき、みんなの前でセリフを言おうとしたら、声が震えて、言葉がつっかえてしまったの。

 「しっかりしなさい」って、先生は怖い顔で私をにらんで、みんなの前で怒った。


 それがすごく怖くて……恥ずかしかった。それから、夢の中に、怒った先生が現れるようになったんだ。

 追いかけてくるのは本物の先生じゃない。目が真っ黒で、腕がゴムみたいにぐにゅっと伸びてきて、一度つかまえられたらもう、逃げられないの。


 だから、私は毎晩、夢の中で先生から逃げている。怖い先生に捕まらないように、ひたすら走り続けてるんだ。


「どうしよう、もう足が動かない。このままじゃ捕まっちゃう!」


 そのときだった。


 後ろから、小さな「にゃあ」という声が聞こえた。

 振り返ると、そこには、眼鏡をかけた猫さんがいた。


 まっすぐな瞳で、優しい顔をして、私に手を差し出してくれていた。まるで、「大丈夫だよ」と言ってくれているみたいに。


 私はその手をぎゅっと握った。


「間に合ってよかった」

 

 猫さんは、小さな声でそう言った。


「安心して。僕が君に力を貸してあげる。あの先生はね、悪い夢が作った偽物なんだ。だから一緒に、偽物の先生をやっつけよう」


「でも、私、怖いよ。怒られるのが、怖いの……」


 猫さんは、にっこり笑った。


「大丈夫。君はもう、ひとりじゃない。それに、自分の姿を見てごらん」


 気づくと私は、きらきらと輝く衣装をまとっていた。リボンとフリルがひらひら揺れて、手には魔法のステッキを持っている。

 猫さんの力で、私は魔法少女になっていたんだ。


「僕の力で君を魔法少女に変身させた。その姿なら、どんな夢の中の敵にだって負けないさ。君には、もう『勇気』という魔法が宿っているんだから。さあ、僕と一緒に戦おう!」


「うん。わかったよ!」


 私は、魔法のステッキをきゅっと握りしめて、追いかけてくる先生に向けて構えた。


「悪い夢から作られた偽物さん。私の夢から、出ていってもらうわ!」


「ふん。私はお前が悪いことをしたから叱りに来たんだ。さあ、大人しく私に捕まるんだよ!」


 偽物の先生が、ぐにゅっと不気味に腕を伸ばしてくる。細長く伸びたその手が、私の身体をつかもうとする。


 私は素早く後ろにステップして、先生の手をかわした。


「悪いのは、あなたよ! いつも私を怖がらせて、逃げられなくして!」


「ふん……怖がれば怖がるほど、私は強くなれるんだよ。さあ、もっと私を怖がるんだ! お前のその怖さで、私はもっと強くなれるんだから!」


「もう、怖くなんてないよ。あなたが偽物だって、私、わかったから」


「ふん、それなら、もっと痛い目に合わせてやる! お前を捕まえてから、たっぷりお尻をたたいておしおきしてやるよ!」


「残念だけど、それはできないよ。だって、今から私が、あなたを倒しちゃうんだから!」


 私は、光の魔法を唱えた。心の中にある勇気を、光に変えて、偽物の先生に向けて放つ。


 ステッキから放たれた虹色の光が、偽者の先生の身体を包み込んでいく。


「うあああああっ!? な、なんだこの光は……。私の力が……悪い夢の力が……消えていく……。や、やめろおおおお……!」


 光に包まれた偽物の先生は、しゅうっ……と音を立てて、白い煙のように消えてしまった。


 静かになった夢の中。

 私はふぅっと息をついて、猫さんの方を見た。


「ありがとう、猫さん。あなたのおかげで、偽物の先生をやっつけられたよ!」


「よく頑張ったね。でも――」


 猫さんは、少しだけ真剣な声になった。


「悪い夢の『原因』をやっつけないと、また偽物の先生は君の夢の中に出てきてしまうんだ」


「どうしよう。私……やっぱり、小学校に行くのが怖いよ。本物の先生に会うのも怖い……」


「大丈夫。君は夢の中で、あの先生を倒せたじゃないか」


「でも、夢と現実はちがうよ?」


 猫さんが、私の手をやさしく握る。


「夢でできたことが、現実でできないなんて、そんなことはないよ。勇気は、夢の中だけじゃなくて、ちゃんと君の心の中に残る力なんだ」


「本当に?」


「本当さ。もう君は、自分で『怖い』って思ってたものと向き合えた。先生から逃げるだけじゃなくて、立ち向かった。その気持ちが、ちゃんと力になったんだ」


 猫さんの声がだんだん小さくなっていく。世界が、朝の光に包まれていく。


「大丈夫、君なら――きっとできるよ」


 その言葉と一緒に、私は目を覚ました。


 その日私は、すっきりとした気持ちで学校に行くことができた。先生にも「おはよう」ってしっかりとあいさつできた。

 猫さんの言葉が、私に勇気をくれたんだ。

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夢の中の魔法少女 安珠あんこ @ankouchan

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