星座に導かれし戦う乙女はかくあるべきか~踏まれない人生を送りたい~

白色らんかん

 プロローグ

――月緒化学研究所つきおかがくけんきゅうじょ 20時46分


 ボサボサの髪をかき上げながら一人の白衣の男が熱心に電子顕微鏡を覗きガラス張りの実験室中央にある赤い鉱石と思われる物体に遠隔アームを近づけて操作している。


「ふふ、やはりコレは本物だったのか…」


 目の下にくまを作りながら石内部の何かの様子を映したモニターを見つめるその瞳には狂気に近い何かが走っていた。


「これは人類の進化に必要な新しいファクターになりえるはずだ」


 男が浸る世界の静寂を破る様に、突然研究室のドアがノックと同時に開かれ燕尾えんび服持った職員が無作法にも返事を聞く間もなく駆け込んで来た。


月緒つきお博士!もうレセプションは後半を迎えています。早く会場に来られよとの会長命令が下ってますのでお急ぎください!」


 月緒博士と言われた男は目を血走らせて入って来た職員らしき男を睨めつけて頭を掻きむしった。その形相と机を叩く音に職員は怯み二、三歩後ずさりする。


――バンッ!!


「あ”あ”!!何故この大事な時に親父はくだらない連中の相手をさせようというのだ!兄貴が適当に相手してやればいいだろう!!どうつもこいつも邪魔ばかりする」


「し、しかしこれは会長直々の‥‥‥ああっ!」

 職員は恐れ戦きながらも食い下がろうと一歩前に出たその瞬間、ガラスの向こうで複数のアームに囲まれた赤い鉱石は部屋全体を紅く染め上げる様に眩いばかりの光を放つと博士は歓喜の声を上げる。


「ふは、ふははは!やはりそうか、素晴らしい!!素晴らしいぞ!!!」


 解き放たれる光によって男の影が部屋の壁に大きく映り込み、その狂気が職員の目には悪魔が乗り移ったのではないかと思う程であった。そして石の中にまるで生き物の様にうごめく何かを見た。



◇◇◇



同日 18時24分


――ヒューン


一台の紅いSUVが河川沿いの幹線道路を疾走していた。綺麗な道路は最近再舗装された様で、路面状況による車の振動も少ない。


「ふぁあ~あ」


 助手席で寝ていた女性が大口を開けて欠伸をし、後ろに少し下げていたシートを元の位置に戻した。


「なっちゃん、そんな大口開けてると化粧が崩れるわよ」


 ハンドルを握る同じ年のスーツを着た女性は隣を一瞬チラ見して視線を戻す。


「いいのいいの、これから会う奴なんて敷島のじーさんとアイツなんだから」


 そう言いながらもルームミラーを自分の顔に合わせて手櫛で髪を整えてる姿に運転手の女性は苦笑する。


「とは言え、各国からも著名な科学者も沢山来るし、こちらにもご丁寧な招待状まで送ってくれたんだから最低限おめかしした姿で会ってあげないとね」


「早乙女ちゃんは真面目だなあ」


「あなたが大雑把なのよ。それより娘さんは休日なのに一人お留守番?」


「あのは私なんかよりよっぽど出来た娘だから大丈夫。今日だって忙しい私達におにぎり作ってくれたのよ」

 そう言って手元のバックを開くと布巾とラップに包まれたおにぎりを数個とりだした。

「あら、おこわのおにぎりなんて素敵ね。パーティーで出て来る高級料理より気が利いてるわ。小学生なのに偉い!私の娘に爪の垢でも飲ませてやりたいわね」


「あらお宅のノアちゃんだって凄いって聞くわよ。あ、自動運転に切り替えてね」


「外面がいいだけよ」


――ピッ

〔オートドライブになりました〕


 自動運転となりハンドルから手を離した早乙女の口におにぎりを咥えさせると、後ろの座席から別の手が催促する様に伸びて来た。


「わしにも頂戴」


「あら、お父さん起きたの?もうすぐ会場に着くから一個だけね」


 手の平の上に小さなおにぎりを置くと後部座席から咀嚼そしゃくの音が聞こえ、そのままイビキへと変わった事に前席の二人は呆れながらも苦笑した。


 しばらく車を走らせると山影から周りの景色と不調和な巨大な敷島重工綾崎工場の真新しい白い建物が見えて来ると眉をひそませる。



――敷島重工、世界大戦をギリギリ踏みとどまっている世界情勢はまだまだ不安定さが残る。そうした時期に創始者の敷島勝次郎しきしまかつじろうは一代で軽量な外骨格装備〈フレキシブルフォローアーマー〉FFAの開発成功を治め、今や世界的企業にのし上がった。


〈外骨格装備…人が着込むと体長3~4mになり、人の動きをトレースする装甲服〉


 二代目の陽一郎よういちろうは軍事、自動車、飛行機、宇宙開発までを始めとする産業を手広く新技術で成功を治め会社基盤を安定させ、さらには政財界にも顔が利き、警察や消防、自衛軍にも外骨格装備を提供するまでとなったが、その裏の顔があるのを知っている者も少なくない。

 問題は色々黒い噂のある次男の月緒つきおであった。彼にもまた新技術の才能があり、兄の作った外骨格を思考連動させトレース出来る装置の開発、後に赤い賢者の石と言われ、FFAを完全制御するCPUを世に生み出した。


 世間が敷島重工に席巻されているそんな中、町の小さい研究室で宇宙開発用に作られた新素材、安定し強靭な多層ナノマシンスーツを開発した蟹江研究所は発表直後から敷島に目を付けられ、執拗に共同開発を誘われていた。

 その最中でのお披露目パーティーのお誘いである。お世話になった海外の博士も出席となっている事で渋々参加する事となった次第であった。



 建物に続く道路を進むと、一度目の検問で乗員と車をスキャンされ、更にその先に進むと銃を持った警備員と軍用FFAの兵があちらこちら目に入る様になってきた。


「敷島自慢のFFAね。あんな得体の知れない赤石載ってるのによく使うわ、あ~やだやだ」


「たしかにオカルト的に感じるけど今のところはコレと言って不具合トラブルは聞かないわよ」


「今のところはね…正直、サンプルを触った時からちょっと不気味に感じてたわ。あれは…ただの石じゃない様な気がする。もっと何か違う生物的な…」


 早乙女は隣で眉間にシワを寄せて何かを思案している相方に一抹の不安を過らせながら話を切り替えた。


「私も得体の知れなさを感じるわ。でもまあ何かあったら敷島の責任だしあまり関わりたくはないわね。さ、次の関所よ」


「ここに居るってだけで十分関わってるわよ」


 物々しい警備に辟易へきえきしつつ、二度目の検問で招待状の確認とAIによる人物チェックとスキャンを受け、車が自動で指定の地下駐車場へと誘導されてゆく。


 各国研究者を乗せて来たであろう高級車が立ち並ぶ駐車場の空きスペースに紅いSUVが止まり、エレベーター前で待っている案内人の所へ三人で歩みを進めると、突然聞き覚えのある男の声が後ろから掛かる。

 振り返るとそこには厳ついSP4人に囲まれ、気難しそうな秘書を従えた背の高い紳士が後ろ手に立っていた。


「おや、蟹江夏子かにえなつこ博士ではないですか?相変わらず御美しい。本日はお忙しい中、当社の新型宇宙用FFAの発表会に参じて頂き感謝の念がたえませんよ」


「フフ、素敵なバリトンボイスが聞こえたと思えば敷島代表取締役社長ではないですか、お久しぶりです。本日はお招き有難う御座います」


「おや?博士のお母様は出席ではない?」

 三人の様子を見ながらライバル会社でもある敷島嫌いの母が居ない事にわかっていながらも聞いてくる。


「特定の人物の居る場所に近づくと発っしてしまう持病の腰痛が出ましてね、今日は家で養生しています」


「それは残念です。親父も夏帆なつほ博士に会える事を楽しみにしていたものですから。兎も角、今日は皆様には満足していただけるよう趣向を凝らせて頂きましたからお楽しみ頂ければ幸いです」


 少し棘のある言い方をしても彼は気にもしてない様に続ける。言われ慣れてる様子で無反応なのも癪だが。しかし、横に居た若いインテリっぽい秘書とSPには効いた様で彼女らに敵意を向けていた。


「いい酒はあんのか?」

 険悪な雰囲気の中、空気を読まず後ろに居た瓶底眼鏡の初老のオジサンが目を輝かせながらそう言うと、敷島社長は笑顔を作りエスコートをする様に手で行き先を示す。


「勿論、各種洋酒、日本酒、年代物まで色々取り揃えていますから元気もとき博士の御口合う物は必ずありますとも。ささ、私が案内しますゆえ会場に参りましょう」


「そうかそうか、そりゃ楽しみだ」

 秘書を手で制止して、敷島社長のSPに囲まれながらエレベーターに乗り込むと

静かにドアが閉まり。駐車場には静寂が戻り始める。




 ――その2時間後、祝賀会場のあった白い巨大な建物は巨大な爆発音と共に炎に包まれる事になる。



◇◇◇



ゴォォオオオン!!!

――突然鳴り響く轟音と共に少女は目を覚ます。


 算数の宿題を片付けていた最中、寝落ちしてしまった様だった。タブレットに落ちたよだれを拭いていると、ビリビリとした揺れを感じ、時計を見れば21時を過ぎていた。


 ザワザワとした近所の人々の声が外から聞こえ、二階にある自室の窓を開けると遠くの山の裾野すそのが夕方の様にオレンジ色に染まっている。時を置かず、消防車や救急車のけたたましいサイレンの音があちこちから鳴り響き、少女の心に不安を掻き立ててられ思わずつぶやく。


「…お母さん?」


 手に握られたスマホの画面は沈黙を守っていた。

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