第4話「とある男子学生の言い訳」
今日この学校に転校性がやってくる。
もちろん女子だ。
しかも二人。
このタイミング、そしてシチュエーション、間違いない。
「き、来たっ!!」
長い髪を靡かせながら教室に入ってくるコバルトブルーの髪の少女と、それに続くブロンドが身の少女。
どちらも相当な美人。
コバルトブルーの髪の少女は、整った容姿にきりっとした表情から理性的な印象を受けると同時に、胸こそ貧相なものの、その美しく完成されたボディーラインには目を引かれる。
あと、同時にその……なんていうか……何か圧倒的なオーラ? 王者の気配とかそういうものを放ち、圧倒的強者の気配を感じる⋯⋯ような気がする。
後で解析スキルを使っておこう。
もう一方は言語化しやすい。つまり一目でどういう人物なのか伺い 知れる。
プロモーションは満点、完璧と言っても差し支えないだろう。
だが、所々目立つ、くせ毛なのか寝ぐせなのかピンと立った髪の毛。
着崩れした服。
大きなお目に、ぽっかりと開いた口。
あれはどう見ても”アホ”だ。
間違いない、断言できる。
その全身から放たれる、全力で天然であることをアピールしているかのようなオーラ。
定石であればもうすぐ”アレ”が来るに違いない。
「ふげひょい!?」
間抜けな声を上げながら、何もないところでつまずくブロンド髪の転校生。
「……ほら、立った立った。初日から何してるんだよ」
「は、はひい」
やはり転んだ。
「天然ドジっ子」と言えば「すっ転ぶ」が接頭辞に付くほどであり、ドジっ子であれば必ず転ぶと言ってもよい。
うーんそうだな……俺の好みはやはり青髪のほうだろうか?
このタイミング、このシチュエーション、そしてこの展開……やはり間違いない。
今起きているのは、そう!! 「ヒロイン登場イベント」だ!!
異世界転生してから苦節15年、この時を今か今かと待ちわびて、いつか訪れるであろうこのイベントを想像しながらただ過ぎていった日々。
だがそんな色のない日々は終わり。
今日をもって俺はヒロインのいる日々を送るのだ!!
「てことでちょちょいと解析を……」
俺の転生特典の一つであるこの鑑定というスキルは、創造の賢者を名乗る人物から受け取った権能である。
どうやらこのスキルは創造の賢者が知りうるすべての情報を得られる、というものらしく、俺の視界にウィンドウのように表示し、わかりやすく説明文を添えて解説してくれる超便利スキルだ。
このスキルでこれまでわからなかったことはない、のだが……
「経歴もステータスもスキルも、全項目”incomprehensible”? えーと意味は、『不可知』 何これマジかよ」
今までこんなことは一度もなかった。
万能だと思っていたスキルがいともあっさりと破られ、初めて訪れた万能感の喪失。
只者ではないと一瞬で確信した。
俺の知る最強の魔法使いでも知りえない謎の存在である美少女。
こんなに燃える展開はない!!
「まあ、ケンカでも吹っ掛けられたものなら怖くて仕方ないけど……」
そんなどうでもいいようなことを考えていると、鋭い視線が俺に向けられる。
視線の主は青髪の少女。
それと同時に解析の表示されていたウィンドウに異変が起きる。
―――――――――――――――――――――
name
unknown (error#01 incomprehensible)
{翻訳:不明(エラー#01 不可知)}
skill
unknown (error#01 incomprehensible)
{翻訳:不明(エラー#01 不可知)}
stat
unknown (error#01 incomprehensible)
{翻訳:不明(エラー#01 不可知)}
career
unknown (error#01 incomprehensible)
{翻訳:不明(エラー#01 不可知)}
==============
system error
!reverse detection(翻訳:逆探知)
!system intrusion(翻訳:システム侵入)
!unauthorized access(翻訳:不正アクセス)
↳!forced system shutdown!
==============
―――――――――――――――――――――
「ぎゃくたんち、しすてむしんにゅう、ふせいあくせす……」
まずい、本当にまずい。
先ほどまでいろいろな情報が表示されていた解析ウィンドウがプツンと閉じ、その場に残されたのは、青髪の少女の鋭い視線と、冷や汗だらだらで硬直する俺。
まさに蛇に睨まれた蛙。
「やっちまった」そう思ったときは大抵の場合すでに手遅れである。
つかつかと足音を響かせながらこちらに一歩一歩歩いてくる少女。
あ、これ俺死んだわ。
賢者にもらったスキルに干渉し、不正アクセスまでできる存在など最早俺なんかでは相手にならない常人を超えた存在……いわば言葉そのままの『不可知』の存在。
そんな彼女に目をつけられてしまった。
この事実はつまり俺の平穏な学園生活の終わりを示す。
ヒロインキター!!とか言って調子乗らなければよかった。
俺にできる最後の抵抗。
それを今ここで、実行するしかない。
相手を極限まで引き寄せ、間合いを見極め、そして放つ閃光の一撃。
今だっ!!!
―――――――
「も”う”じ わ”げ ご ざ い”ま”ぜ ん”でじだああああああああああああ!!」
突如クラスメイトの男から放たれる神速の謝罪。
勢いよく頭を床に叩きつけ、そのままぴたりと動かなくなった。
何やら自身の『情報因子』を
「え、えと、とりあえず頭を上げてください。周りからの目線もすごいですし」
レインは情報因子を感知され、自身の情報が他人に流出しないよう、何重にも堅牢なファイアウォールを設けている。
彼の七賢者ですらそれを突破するのに苦戦するという事は実践済みなため、おそらく現在進行形で床に頭を擦りつける彼も、何の情報も得られなかったことだろう。
なので先ほどの詮索についてあまり深く言及するつもりはなく、レインはあくまでその理由を聞こうと思っただけなのだが……
一向に頭を上げず、レインの頭を上げていいという言葉にも断固として揺るがず、強い意志で額を全力で床に擦り付け続ける少年。
その姿はまるで長年そこにあり続けた石像が如し。
あまりの不動に、とんでもない奇行を働いているのにも関わらず、徐々に薄れつつある存在感。
少年がとる奇行の異常さだけが助長され、少年自体の存在感が薄まるという異常事態。
とんでもない謝罪の練度だ、至高の領域に近い。
この少年は何度窮地に立たされ、何度謝罪を繰り返してきたのだろう。
レインはその完璧な謝罪にたまらず後ずさりし、言葉を失う。
(これはどういう言葉をかければこの場を治められるんだ?)
沈黙し、硬直するレイン。
相対するは額を床にこすりつけ微動だにしない黒髪の少年。
珍事も珍事、教室は冷え切った空気に包まれ、誰一人何一つその事態に口を出す者はいなかった。
凍り付く空気、停止する時の流れ。
ここにいる誰もが何といえばいいのか、何をすればいいのかわからなくなる。
ある人物はそれを無視し、何事もなかったかのように友人との会話を再開し、ある人物はそのまま凍り付き、その光景に視線を向けるだけ、ある人物はそもそもそれを見ていなかったのか本を黙々と読み続けた。
この事態を収拾できるのはレインかこの少年のどちらか。
だが、この二人が自らこの事態を収拾するのはもはや不可能。
このまま一生ここで硬直したままなのかとも思われたその時、救世主が現れた。
「どっせい!!」
額を床にこすりつける少年をアグレッシブに蹴り上げ吹き飛ばす少女。
エリーゼである。
少年はそのまま吹き飛び、教室の後方の壁にけたたましい音とともに叩きつけられ、床にごろりと転がった。
「な、なにを!?」
倒れていたのもつかの間、勢いよく飛びあがった少年は驚愕の声を上げ、驚く少年。
「『な、なにを!?』はこっちのセリフです。いきなりなんなんですか!? 教室に入ってきたと思ったらいきなりスライディング土下座かましながら、とんでもない大声で謝罪の言葉を叫ぶなんて。あなたは頭がおかしいんですか!?」
エリーゼにしてはごもっともな言葉である。
だが、それはあくまで傍から見た時の話であり、これには少々複雑なわけがあるのだ。
だが、今ここでそのことを明かしてしまうと最悪自分の身分がバレかねない。
情報因子を暗号化し、多重のファイアウォールを設けるなんて常人にできることではない。
それに、そもそも情報因子を介した相手の情報の解析なんてことも常人
には不可能に近いことなので、この少年も何らかしらの秘密を抱えているに違いない。
もしこの少年がチ連の事件の犯人だったとして、ここでその事実が明らかになるのも、また都合が悪い。
なので、ここでお互いに詮索しあうのも、他人に詮索されるのも避けるべきであり、ここはいったんなかったことにしてことを進めるのが得策だ。
レインはこの間コンマ数秒で次行う行動を決め、それを実行に移す。
「はあ、なるべく使いたくなかったんだけど」
そう言って魔法を起動するレイン。
「
彼女は万象の魔女。
当然ある程度の制限付きではあるが、相手に物事を忘れさせることもできる。
突如何事もなかったかのように時を取り戻す教室。
皆がレインの魔法によって、今起きたすべてを忘れ、別の記憶に補完された。
彼は一人で転び、それに手を差し伸べるレイニー。
幸いさすがは魔法学園とその生徒、壁には傷一つついておらず彼にもけがをした様子はない。
誰一人違和感など持たない。
「大丈夫ですか?」
レインは少年に手を差し伸べる。
これで事は収まり、今からは予定通りに事が進む。レインはそう思っていた。
だがこの少年はいレギュラー。
異世界からの異分子。
この世の常識は通用しない。
「え、えっと、今何を……」
この少年は何も忘れていない、それどころか今レインが何をしたかもわかっていない様子である。
「……そのことは後で話します。今はすべて”なかったこと”に」
「は、はい」
レインは視線を鋭くして、この少年の目の奥をまじまじと見つめた。
どうやら今回の任務、そう簡単にはいかないようである。
とある若年賢者の日常 文月 @runishipp
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