第2話「入学に際して」

 入学当日、レインがアトラに赴き校門前に立っていた守衛だと思われる甲冑の男に推薦状を見せると、特待入学ということもあってか、すぐさま応接室まで案内された。

「少々お待ちください」

 という言葉を残し、執事のような格好をした老紳士は部屋を出て行ってから十数分、レインは何もない応接室で待ちぼうけていた。

「すごい豪華な内装の部屋ですね」

 もちろん今日はエリーゼも同行させている。

 急遽ではあるがクリストさんと師匠に話を通し、彼女も同じ特待生として入学申請を通してもらったのだ。

「ああそうだな」とレインはエリーゼの根も歯もない感想に生返事を返す。

 そんな不毛な応酬が十数分続いた後、唐突に応接室のドアがノックされた。

 直後ドアは開かれ、入ってきたのは紫の魔女帽子をかぶり、それと同じ色のローブを羽織った女性だった。

「師匠……」

 彼女は、ここ『魔法学園アトラ』の校長「エレン・ヴァイオレット」、そして七賢者が一人「万象の魔女レイン」の師匠である元七賢者だ。

「まあ、ひさしぶりね~レイン、ざっと二か月ぶりかしら?」

「師匠、また面倒ごとを押し付けてくれましたね」

「そんな人聞きの悪い」

 そう言って、しらばっくれるエレン。

 そんな彼女に何かものを言いたげなレインではあったが、エレンはそのまま流れるように話題をそらした。

「そちらは付き添いのエリーゼさん? まあ、可愛らしい娘ね、うわさは聞いてるわよ? 巷では”若き天才発明家”だって噂になってるもの」

 それのターゲットになったのは案の定エリーゼであった。

「ええ!? ほんとですか!? あの有名なエレンさんに認知してもらえているなんて!! 感無量ですっ!!」

 それにまんまと乗っかり、何にも気づかず浮かれるエリーゼ。

「ええ、ほんとよ。あなたの発明の『まんねんひつ』は愛用させてもらっているの。 羽ペンや黒鉛のペンなんかよりもずっと使いやすくて、もうそれしか使ってないわ」

「こ、光栄です!! そ、そんなにどストレートに褒められるとなんだかむず痒いですね」

「どすとれーと?」

「あー!! いやいや!! えーと……『どストレート』っていうのは、私の生まれた地域の方言で『信じられないほど直接的に』って意味の言葉なんですよ」

「ああそういうこと。それで~……」

「はい、ストップ!!」

 ここで割って入らなければ、二人を制御できなくなり、本題に入るまで時間を食われてしまう。

 そう危惧したレインは、だんだんと話が盛り上がりつつある二人の間に割って入り、強制的に会話を中断したのだった。

「さっさと本題に入りましょう。今日私たちがここに来たのは貴方から、その『お願い』とやらの詳細を聞くため。それと、形式上の入学手続きを済ませるためです」

「……そうだったわね。まあ、わかったわ、無駄話はここまでにしましょう」

「ならまずは計画の詳細を……」

 そう口に出したところで、レインはある重要な事実を思い出した。

「――確か今日の予定に貴方との会合は予定されていなかったはずでは?」

「じゃあ私は忙しいからこのくらいで」

 そんな言葉と同時に聞こえたバタンと扉が閉まる音。

 しばらくの沈黙の後、部屋に響くレインの大きなため息。

 どうやら想像した通り、本当に彼女はレインにちょっかいをかけに来ただけだったらしい。

「本当にあの人は……」

 再び二人だけになった部屋で、吐き捨てるように放たれた言葉が静かに木霊したのだった。



――――――



 これからまた暫く経って、再びドアがノックされ、部屋に入ってきたのは頭の毛がずいぶんと寂しい小太りの中年男性である。

 どうやら今度はさすがにエレンではなかったらしい。

「初めまして、私はこの学校の教頭をやらせてもらっている『ガスター』というものです」

 彼は「ガスター・ゲルへイツ」この学校の教頭である。

 事前に話を聞いていた通り、禿げているのが特徴だ。

「初めまして、今日よりこの学園で学ばせていただきます。名前を『レイニー・ヴァイオレット』と申します。こちらは『エリーナ・ハルフォード』」

「よ、よろしくお願いします」

 もちろん偽名である。

 事前に手紙でエレンからこの偽名を使うようにと指定された名前なわけだが、偽名とは言えど、エレンと同じ『ヴァイオレット』の性を使うのにレインは少々の不快感を覚えていた。

 だが、もうそうなってしまったのだから仕方がない。

 レインはその多少の不快感を飲み込んでその名を口にしたのだった。

「噂はかねがね、確かレイニーさんは校長の遠い御親戚さまという事であっていましたっけ?」

「ええと、はい……そうですね。そうなります」

「今回お二人はは校長推薦枠の特待入学という事で、筆記試験は免除になりますが、実技試験と簡単な面談だけ行ってもらいます。それでよろしかったでしょうか?」

「はい、問題ありません」

「もんだいありませんっ」

「という事でしたら、早速試験会場へと移っていただきます」

 それからそのまま、レインたちは応接室から連れられて、試験会場へと移動する。

 試験会場は西棟から東、中央棟からさらに北に進み、そこにある男子寮を抜けたさらに先にある模擬魔法実験場という場所にあるらしい。

「それにしても大きな学校ですね~」

 あんぐりと大きく口を開けながらそんなことを何度も度々呟くエリーゼ。

 それに教頭は慣れた様子でこの学校の説明を始めた。

「この学校はもともと古代の城の遺跡でして、それを構造はそのまま、中身だけを改装して作られているのです。不思議なことに城内部の空間と、城外部の構造とでは二倍以上城内部が広いらしく、この城自体が古代の“遺物アーティファクト”であり、まだまだ未開な部分が多いんですよ」

「それって大丈夫なんですか?」

「ええ、全く問題ありません。5代前の校長が七賢者の“支配の魔女”の名を冠する方で、その方が空間を安定させる特殊な結界を張られてから、後を立たなかった失踪事件もパタリとなくなり、今ではとても安全な状態が保たれているのです」

「ってことは六代前の校長の時は……」

「当時のことはあまり記録に残っていないのでよくわかりませんが、何せ500年も前のことですからね」

「へ、へえ……ゴヒャクネン……」

 あまりのスケールの大きさに度肝を抜かれたのかものすごく驚いた様子のエリーゼ。

 先ほどから些か驚きすぎのような気もするが、彼女の感受性が豊かなことを前々から承知していたレインはそのことについて口を挟むつもりはなく、そのまま二人の話をしばらく静観した。

 そんなこんなありつつ、しばらく他愛も無い会話が続いたのち、一つの建物へと入ってゆく。

「試験会場に着きました」

 試験会場は煉瓦造りで、随分と広い作りになっている。

 天井は高く、いくつか設置してある換気口らしき穴から陽光が取り込まれ、その光をガラス細工の照明機器で拡散して、室内全体の明るさを確保しているようだ。

 大きな物から小さいもの、複雑なものから単純なものまで様々な魔法陣が刻まれ、それぞれが鈍く発光している。

「この床の魔法陣にはそれぞれ便利な効果がありまして、建物の自動修復効果、術者に対する防御結界の発動、武器の全自動補修、術者に対する魔力の自動補填、防音、防水、耐熱、非伝導性の付与等々……どれもON /OFFが可能で、普段は新たな魔法の開発や、対人・対魔獣戦闘訓練などに使われています。今回はここで試験を行なってもらいます。御二方の実技試験内容は、こちらの魔法戦闘学担当ルード先生との魔法を用いた模擬戦闘です」

「よろしくお願いします」

「よろしくです!」

「やあ、よろしく。ご紹介に預かったルードです。僕が今回の模擬戦等の実技試験を担当します」

 もともとこの建物のどこかにいたのか、どこからともなく現れた20代くらいの若年教師、今回の試験は彼が担当するらしい。

「あちらの魔法結界内ルード先生に特殊な魔法障壁が付与されます、レインさんはその魔法障壁を破り、ルード先生に触れれば合格。禁止行為は魔法結界から外に出ること、精神に干渉する催眠魔法の使用は控えること、勝因に対する侮辱行為を働かないことの3点のみです。あとは好きにやってもらって構いません。早速試験を行いたいのですが、お二人、どちらから受けられますか?」

 そう問われ、レインを見つめるエリーゼ。

 どうやら、レインに先に試験を行なってほしいそうである。

「……れ、レイ……レイニー」

「……はあ、わかりましたよ」

 そう言って、前へ出るレイン。

「では私から」

「わかりました、では、結界内へとお進みください」

 促されるまま結界内へと進むレイン。

「さて、どう攻略するか……」

 

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