第5話「告げられた秘密」

(三人称視点メイン)


 翌日、学園都市の空気はどこか張りつめていた。

 原因は明白だった。


 ――格納庫への無断立ち入り。


 上層部の報告端末には、そのログが確かに残っていた。

 立ち入った人物、ノア・ミレリア。

 そして、許可コードを解除した操縦士――リオ・エルグレイン。


 その情報は、極秘ラインを通じて司令部へと送られた。

 数時間後、リオに召喚命令が下る。




 灰色の会議室。

 壁一面に設置された通信モニタが、上層部の顔を映している。


 リオは直立し、無表情で報告を待っていた。

 声は冷たい。


 「エルグレイン少尉。昨日の整備区画での行動、どう説明する?」


 「点検中に外部技師が侵入した。それだけです」


 「その外部技師が、君の“顔”を見たそうだな」


 リオの瞳が一瞬だけ揺れた。

 だが声には出さない。


 「確認済みです」


 「これは単なる規律違反ではない。君の存在は最高機密だ。

  漏洩すれば、この戦争の均衡が崩れる」


 「理解しています」


 「ならば、処置をどうする?」


 その言葉に、リオは一拍遅れて答えた。


 「……抹消、という選択も可能です」


 室内の空気がわずかに凍る。

 上層部の誰かが、息を呑む音が聞こえた。


 司令官が低く言った。


 「君は冷静だな。

  だが、“それを選べる”ということは、

  君にとって彼女が何でもない存在だということだな?」


 リオは返事をしない。

 ただ、ほんの一瞬だけ瞼を閉じた。


 その沈黙の中で、心拍がわずかに乱れる。




 「……少尉」


 モニタ越しの声が低く響く。

 「今回の件、特例として抹消は見送る。

  ただし、君自身で“監視”を行え」


 「監視、ですか」


 「そうだ。

  彼女を任務対象として扱い、常に行動を報告しろ。

  彼女に君の情報が漏れることがあれば、その時点で“双方”を破棄する」


 「……了解」


 通信が途切れ、静寂が戻る。


 リオはゆっくりと息を吐いた。

 感情ではなく、システムの再調整のための動作。

 だが、どこかに微かな違和感があった。


 なぜ――「抹消」を選ばなかった?


 合理的には、そのほうが早い。

 だが、脳の一部が拒絶した。


 あの時、光の下で見たノアの微笑みが、

 データの隙間に残像のように焼きついていた。




 同時刻。

 ノアは整備区画の片隅で、上官の叱責を受けていた。


 「無断侵入だぞ、ノア。何を考えていたんだ!」


 「……すみません。でも、私は――」


 「彼の素顔を見たんだろう?」


 「……はい」


 上官は一瞬、言葉を失った。

 その後、苦い表情でため息をつく。


 「それは……もう“見なかったこと”にはできない」


 「彼のこと、秘密にします」


 「当然だ。

  だが、君はもう“監視対象”だ。

  これからは、リオ少尉の直下で任務補助を行ってもらう」


 「え……?」


 「拒否はできない。命令だ」


 ノアの胸がざわついた。

 彼と顔を合わせる。昨日のことを思い出す。


 ――また、あの灰色の瞳を見てしまうのか。


 それでも、心のどこかで

 “もう一度見たい”という感情が動いていた。




 その夜、リオの端末が光った。

 通信先:ノア・ミレリア。


 『本日より任務補助として配置されました。

  ご指導、お願いします』


 リオは短く返信を打つ。


 《了解。命令に従え。》


 送信ボタンを押す前に、少しだけ指が止まった。

 意味もなく、文字を打ち直す。


 《……了解。任務開始時に指示する。》


 送信。


 静かな格納庫で、

 リオは再び神経接続装置に手を伸ばした。


 胸の奥で、何かが微かに軋む。

 それはエラーでも故障でもない。

 ただ、記録のつかない“感覚”だった。




 その夜、リオの個人記録には短いログが残る。


 《観測対象:ノア・ミレリア。監視開始。》

 《自覚症状:心拍上昇、動機不明。》

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