第2話「敵の影」

【リオ】


 視界に無数の航跡が走る。

 熱源反応、五。すべて敵機。

 休戦中に、こんな場所まで――。


 俺は余計な思考を切り捨てた。

 神経接続率100%。

 《イージス・ゼロ》の反応は俺の神経そのものだ。

 敵影を視界に捉えた瞬間、身体が先に動く。


 推進ノズルのベクトルをわずかに傾け、敵の射線を外す。

 そのまま加速、逆推力で軌道反転。

 わずか0.2秒の間に敵の背後を取った。


 「……一機、撃墜」


 通信も報告もいらない。

 記録は自動で送られる。

 敵機の爆光が散り、残骸が静かに回転する。

 この無音の世界が、俺の居場所だ。


 次の瞬間、警告音が鳴る。

 後方より高エネルギー反応。

 予測不能な軌道。――AIではない。人間の操作。


 反応速度、ほぼ同等。

 俺と同じ領域にいる。


 「……誰だ?」


 声が漏れた。

 機械が応答するわけもない。

 だが、確かに“意志”を感じた。


 機体が微かに震えた。

 神経接続による過負荷か、それとも……。

 ノイズのように、心臓が跳ねた。


 「……異常反応、検知。原因、不明」


 敵の機体が撤退を開始。

 深追いはしない。命令にもない。


 俺は無音の中、ただ敵影が消えるのを見ていた。

 胸の奥で、微かな脈動が続いていた。

 これが、感情なのか?

 それともただのエラーか?



【ノア】


 警報が鳴ったのは夜半過ぎだった。

 整備区画の端末が一斉に赤く染まり、待機中の整備士たちが駆け出す。


 「未確認機、迎撃中! 出撃はリオ・エルグレイン少尉!」


 その名を聞くだけで、周囲の空気が変わる。

 彼を直接見た者はいない。

 ただ、“最強のパイロット”がここにいるという噂だけが流れている。


 ノアは端末を操作し、イージス・ゼロのリアルタイムデータを開いた。

 出力限界値を超えていない。

 それなのに、挙動が常識外れだった。

 敵の反応を読むように、先に動いている。


 「これ……予測じゃない。完全に“読んでる”……」


 映像を見ているだけで、息が止まりそうになる。

 敵機の回避も、攻撃も、まるで全部知っているかのように対応していた。

 彼の操縦は戦いではない。

 ――解答だった。



 数分後、通信が入る。


 『迎撃完了。帰還する』

 無機質な声。

 それが、彼のすべてだった。


 数値データと報告だけを残して、通信は途切れた。

 その瞬間、ノアの端末に小さなログが残る。


 《異常反応:リオ・エルグレイン/脳波変動率+3.2%》


 「……脳波変動?」


 今まで一度もそんな数値を見たことがなかった。

 彼の神経波は常に安定している。

 呼吸も心拍も、一定。人間らしい乱れが一切ない。


 だが今夜だけは、違った。



 格納庫のドアが開く。

 《イージス・ゼロ》が帰還し、蒼い光を撒き散らしながら静止する。

 ノアは無意識に立ち尽くしていた。

 ヘルメットに覆われた男がゆっくりと降りてくる。


 その動作には一切の無駄がない。

 ただ、それでも――なぜか彼の背中から、冷たい熱が伝わってくるような気がした。


 「……お疲れさまです、少尉」


 声をかけると、彼が一瞬だけこちらを向いた。

 無音のまま、短く頷く。

 それだけ。


 けれど、その仕草のどこかに、ほんの僅かだが“迷い”のような揺れがあった。


 ノアは、なぜかそれを見逃せなかった。

 あの無表情の仮面の奥に、

 ――何かが生まれようとしているような気がしたのだ。

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