笑え!進め!我ら特課なり!!

人面菟葵

第一章 ゲスメガネ、未来へ往く。

ep1.何歳になっても知らない人にはついて行くな。



 ...もし、タイムマシーンがあれば、皆さんは何をしたいと思うだろうか?


 過去に行き、歴史的な瞬間をその眼に収めたい。

 未来に行き、まだ見ぬテクノロジーを体感してみたい。

 

 きっとそれは、とても有益で、今後の人生に多大な影響をもたらす経験になることだろう。


 ...もし、

 もし俺に、そんな奇跡的な体験をできる機会があったとしたら。


 きっと俺は、10に戻るだろう。


 ん?なんだって?

 10時間前に戻るだけなんてもったいないって?


 確かに、江戸時代に行けば侍を見れるかもしれないし、数十年後に行けば自分の結婚相手なんかを知ることができるかもしれない。


 だが、それが何だと言うのだ。


 侍なんか、るろうに剣心を読んでれば充分だし、お嫁さんに関しては、この先一生画面から出てこないことなど分かりきっている。


 だから、俺は10時間前に戻るのだ。

 では何故、10時間前なのかって?


 それは.....


 俺が、パチンコ屋に向かった時間だからだ。



 ___________________________



 現代 日本 千葉県

 午後23時頃.........


 人もまばらとなった駅の改札前で、俺はただ呆然としていた。


 俺の名前は「石塚いしづか 特人とくと」。


 どこにでもいる眼鏡をかけた男子大学生だが、どこにでもいる男子大学生は自分のことを「どこにでもいる男子大学生」なんて自称しないだろう。なので俺は、特別な眼鏡をかけた男子大学生という事になる。

 そんな特別な俺は今、このどうしようもない現実を前に、ただ突っ立っている事しかできなかった。


(あぁ、あの時、選択を間違えなければ...)


 今となってはそんな後悔も、ただ虚しいだけだ。俺は目の前で降りしきる雨を、眼鏡越しに眺めていた。

 すると、不思議なことに頬に水滴が伝った。おかしい。俺は屋根の下で雨を眺めているだけなのに。


 ....あぁ、そうか、これは__


 俺はその涙を誤魔化すために、独り言を呟いてみた。死ぬまで一回は言いたい台詞ランキング第4位の、あのセリフを。


「__いかん、雨が降ってきたな」


「降って来たって、ずっと降っとるやん!」


「...いや、雨だよ。」


 死ぬまでに一回は言いたい台詞を言えて、俺は感極まった。

 たとえこんな最悪な一日でも、カッコいいことを言えば自分に自信が持てるものだな。

 まぁこんな独り言、誰も聞いているわけでもな__


 ...ん?


(あ、あれェ~?)


 今、俺の独り言に答えるように、雰囲気ぶち壊しな関西仕立てのツッコミが聞こえてきたんだがァ~....?


 い、いや、落ち着け!落ち着くんだ石塚特人!!


 ここは千葉!!「T I B A」、ちば!!

 あいや、それはティバか...


 ともかく!そんなコテコテの関西人がこんな夜中に千葉県に迷い込むことはない!アイツらが関東で迷うのは、せいぜいエスカレーターの立つ位置くらいだろう。

 あんなどこぞの炎の錬金術師みたいな独り言を言っているところを知らない人に聞かれていたら、俺は正気を保っていられる自信がない。


 んまぁ、てなわけでさっきのは空耳だ、空耳。ウン。今はそんな事考えてないで、この先どうするかを__


「『いや、雨だよ。キラーン!』ちゃうねん!!そないなこと見たら分かるわ!!」


「......あ、スゥーーッ......そっすよね.....」


 ・・・・


(.....い、居るゥ~!!!!)


 俺の真後ろに、関西人が、居るゥ~~!!

 俺はゆっくりと、そして怯えながら後ろを振り向く。


「...うっ!!」


 そして、目が合った。目を引く派手な銀色の髪をした、女の子と。


「どないしたん?そないな頓狂な声上げて。」


 銀髪で関西弁の彼女は、俺の顔を覗き込む。


「あ、もしかして、俺の独り言、ずっと聞いてたりしました...?」


「まぁな。」


 ....成程。こうなれば、俺の取るべき行動は一つ。


(よし、自首しよ。)


 俺は華麗に携帯を取り出し、颯爽と110番を押す。


「あ、すいません。警察ですか?いま駅の近くで__」


「ちょ!ちょっと!何してんねん!ウチまだ何もしてへんのに!」


 女の子は自分が通報されているのかと勘違いしたらしく、俺の腕にしがみついて通報を阻止しようとしている。


「放してくれ!!これは自首だ!こんな恥ずかしい思いしてシャバで生きていけると!?むこう15年は毎晩今日のことを思い出して、孫の手でも届かないような心の奥底ががむず痒くなるんだわ!!」


「は、はぁ~!?理解不能や!とりまその電話やめろ!!」


「あ!もしもしポリスメェン!?早く俺を網走にッ、__って、オイ!」


 唐突に電話が切られた。この少女が切るボタンを押したのだ。


「オイちゃうわ!!自分大丈夫かいな?」


 少女はキレのいいツッコミをかましながら、こちらを心配そうに見つめている。

 俺は壁に背中を預け、全身の力を抜いた。


「はぁ~....今日は人生最悪の日だ....。俺の人生で今まで良い事なんて、小学生の頃好きだったあみちゃんが半分食べた揚げパンをくれた事くらいしかなかったけど、こんな運が悪い日も初めてだぁ。」


「あみちゃんも、まさか揚げパン一つで一人の人生救っとるとは思っとれへんやろなぁ。」


 少女は俺に、屈託のない笑顔を向けてきた。


(...そもそも、この子は誰だなんだよ。)


 見た目は、派手なストリート系の服装で銀髪のショートだが、顔は結構可愛い。人差し指には光を反射して目立つ、銀色の指輪をつけている。こういうのが流行りなんだろうか。

 歳は...大体高校生くらいだろうか?なんでこんな若い子がこの時間に一人でうろちょろしているんだ。

 ...まさか不良かぁ?あぁヤダヤダ。


 しかし、彼女には俺のロイ・イシヅカング大佐の名言を聞かれてしまったのだ。もう何も隠すことは無いだろう。俺は静かに口を開いた。


「キミみたいな子にはまだ分からないかもしれないけどね、大人の世界は残酷なんだよ。どのくらい残酷かって言うと、24時間テレビで何も悪くないひょっこりはんがタイミング悪く登場しただけで炎上するくらい、残酷なんだよ。」


「ウチを子ども扱いしとったらあかんで。ってか、もっこりはんとやらはええから、ここで何をしてんのか言うてみぃや。」


(いや、もっこりて....)


 この子、やけに俺に突っかかるな。なんだ?好きなのか?


 ...はぁ、もういいや。プライドも何もかも捨てて、この子にありのままを話しちゃお。


「パチンコで負けすぎてお金なくなりました。お家に帰れません。」


「....あ~、ナルホド。アホやコイツ。」


 彼女は真顔のままそう言い放った。なんで俺は深夜の駅前で女子高校生に蔑まれているのだろう。

 いや、まぁそのシチュエーションで興奮しろと言われたらできなくもないが....


 ....おおっといかんいかん。これ以上はここに書けないようなディープな妄想になってしまう。

 とにかく、俺はそういう事情でこの改札前で呆然としていた訳だ。


(はぁ、今日はここで寝るとして、明日からどうしよ_)


「つまり、ジブン金がなくなって電車を使えへんのやな?」


 これからのサバイバル生活を考え始めた俺の思考を遮り、横に居た彼女が確認を取ってきた。

 この小娘は俺に現実を再認識させようとしているのか?

 なんだコイツ、悪魔か?


 しかし俺は何も言い返せなかったので、少し目つきを悪くしながら黙ってコクリと頷いた。


「ほな、ウチがその金だしたる。」


 なんだコイツ、天使か?


 こんな女子高生にお金を出してもらうなんて、普通の思考をしている大人なら絶対に認めない。

 だがあいにく!俺は普通の思考をとうに捨てた身!!ここはこの子の気が変わらないように持ち上げなければっ!!


「ま、本気マジっすか!?いや~姉貴パネェっすわ!靴舐めましょうか!?靴が嫌だったらアキレス腱とかでもいいっすよ!!」


「いや靴ダメでアキレス腱許すわけないやろ。....その代わり!足舐めんくてええから、一つだけ条件あんねん。」


(チッ、やっぱ条件あんのかよ....)


 けど、正直今は家に帰りたい。どんな条件かは分からないが、飲み込んでやろう....


「はい!どんな条件でもできる限りのことはします!!__で、その条件って....?」


 あー、どうしよう。できる限りのことはするって言っちゃたけど、何をどこまでさせられるんだろう...。

 せめて彼女の三日間履いた靴下で叩かれるとか、そのくらいにしてくれないかな。

 っていうかそれにしてくれないかな。


 そんな俺の考えを他所に、彼女ははっきりと言い放った。それも真顔で、さも当然のように。



「ウチと一緒に、未来に来てくれへんか?」



(......Huh?)


 なんて?未来に来てくれ?


 ....あー、この子キャッチか?でも、この辺にそんな名前のガールズバーとかあったっけ?『ガールズバー未来』とか__ってどういうコンセプトだよ!


 いや、もしくは新手のプロポーズ?「ウチと一緒に、二人だけの未来を歩もう!!」的な。

 ....けれど、彼女の表情は真剣そのものだ。


「え、えっと~、アハハハ....。それってなんかの漫画の台詞とかですか?あ!あれかな?最近話題の、呪〇廻戦とかかな?スミマセンちょっと自分アレまだ見てなくて....」


「これがウチの条件や。電車賃やるから、未来に来てくれ。」


(スゥーーッ....)


 あー、この子あれだ。電波系だ。

 多分、想像上のカレシとかいるよコレ。


 なるほどなるほど...

 となれば一旦ここは乗っといて、とりあえず切符買ってもらうのが得策だな。


「__あー!はいはい未来ね未来!まぁのび太君とかよく行ってるし、そろそろ俺も行く頃かなーなんて思ってたんすよねー。よし!じゃあ未来行く前に我が家に行っておきたいので、切符、お願いシャースッ!」


 俺は深々と頭を下げる。


「おおっ。なんや急に物分かりがええなぁ!」


 彼女は少し嬉しかったのか、声のトーンと口角を上げた。

 そして券売機で、俺の家の最寄り駅までの切符を買ってもらい、ホームに入る。


 ....入ったのだが。


「あ、あれ?キミもこの電車に乗るんすか?」


 ホームで電車を待っている俺の横を、ピッタシ少女がくっついている。


「なんや、家寄った後未来きてくれるんやろ?ほなウチも付いて行かんと。」


 コイツ....!マジで!?今日中に未来行く気なの!?

 いやいやいや、違う違う。そもそも行けねぇだろ。


「あ、あの~、言いにくいけど、未来とかは多分だけど行けないしさ、今度バックトゥザフューチャー2のDVD貸してあげるから、それで許してくれない?」


 俺は正直に未来に行けないと否定してしまった。まぁ切符は買ってもらったし、もうこの電波娘には付いてこられても困るだけだ。

 申し訳ないが、ここは正直に言って、この子にはノンフィクションな現実を見てもらおう。


 ...しかし、彼女は諦めるどころか、俺のこの反応に腹を立たせてしまったようだ。


「はぁ~!?ジブン未来行くって言ってたやん!嘘ついてたってことかいな!!」


「ま、まぁそうカッカしないでぇ〜。切符代は今度パチンコで勝った時にでも返すしさ!ハッハッハッ!」


 ふぅ。この子には申し訳ないが、いい経験になっただろう。

 身をもって社会の大変さを教えるのも大人の役目だ。まぁ成人として当然のことをしたまでさ!


「2番線、電車が参ります。ご注意ください。」


 ホームに電車の到着を知らせる無機質なアナウンスが響いた。俺はその声に暖かさに似た安堵を覚え、一安心する。


(よっしゃー。やっとお家に帰れる~。)


 俺は背伸びをして、斜め後ろに居る彼女の方を振り返った。そろそろこの子も諦めて帰るんじゃ___


 と、思っていた俺の目に映った彼女の顔は、赤く紅潮し、怒りを抑えられていない様子であった。確か昔、ピットブルと関西弁の女は怒らせるなって習った気がする。...これはマズい。


「あーあッ!!ウチの堪忍袋の緒、引きちぎってもうたなぁっ!!」


 彼女はそう言い放つと、ドシドシと俺に歩み寄る。そしてたじろぐ俺に向かって、グイッと手を伸ばしてきた。


「....ちょ、ちょちょちょ!!うおッ!!」


 ドサッ!!


 なんと、鬼の形相をした彼女は、俺を線路の上に突き飛ばしたのだ。


「痛って~....っておい!何すんだよ!」


 線路の上に落っこちてしまった俺は、ホームから見下ろす彼女に叫ぶ。落ちた時に打ち付けたであろう背中に、じんじん痛みが広がる。


「ジブンが未来に行くって言うまで、ウチは助けへんからな!!」


 ...いやいやいや。


(この状況、かなり洒落にならないぞ...!)


 少し遠くから電車の光が見えてきてしまう。いよいよ本格的に俺の命が危ない。


「あ、あのー!スミマセン!誰か、非常停止ボタン押してくれないですか!」


 俺はこの少女に助けを乞う事なんて諦め、数は少ないがホームで電車を待っていたサラリーマンらしき人達に声をかける。

 .....しかし


「あ、あれ?誰も反応してくれない....」


 俺の声が絶対に聞こえているであろう人達は、何人かいた。しかし、誰一人動いてくれなかったのだ。


(いやいやちょっと待て!!いくら日本人だからってこの状況でスルースキル高すぎるだろ!!給食中に入ってくる、「食べながらでいいので耳だけ貸して下さーい」って言って話始める委員会くらいスルーされてんだけど!!)


「今のお前はどんだけ声出しても無駄や。誰からも見えてへんし、声も届かへん。ウチがそう調節した。」


「....は?」


 な、なにぃ~!?


(ぅお、落ち着け石塚特人!こんな電波娘の言う事なんか適当に決まってる!!....けど、このスルーのされ方は、確かに異様だ....。もしかして、本当に__!?)


「ほら、早よせんと電車が来んで。」


「__ッ!?」


 俺は慌てて電車の方を振り向く!なんと、電車はもうホームの先に差し掛かっているじゃないか!!


(やばいやばい死ぬ死ぬ!!俺まだやりたいこといっぱいあんのに!!葬〇のフリーレンまだ全部見てないしエッチもしたことないし海外旅行行ったことないしエッチしたことないし中学ん時に貸した暗〇教室の21巻返ってきてないしエッチしてないし童貞だしッ!!)


 俺はホームから薄ら笑いを浮かべて見下ろしている銀髪の少女を睨んだ。

 クソ!コイツが居なければ!俺は今頃平和に地べたに寝ころんでいたというのに!!


 けど、もうそんなことを考えたって仕方がない。こんな状況になってしまったんだ、もうどうしようもないだろう。


(あぁ、死にたくねぇ!こんなどうしようもないクズになっても、死にたくねぇもんなんだな...!)


 だから、俺は諦め半分、惰性半分で少女に叫んだ。


「分かったッ!未来でもどこでも一緒に行く!なんでもするから!!俺を助けてくれェ!」


 少女はその言葉を聞いて、ニヤリと笑った。

 電車はもう、すぐそこまで来ている。


「ぃよーし!なんでもする頂きましたぁ!」


 彼女は笑顔のままそう言うと、線路にジャンプした。

 そう、俺の方に向かって。


「は!?何やって__!?」


 そして、そのまま俺に抱き着いた。俺はその瞬間、確かに柔らかい感触を胸に感じた。

 脳内に、ピンク色の衝撃が走る。


(あぁ、これが女....。もう、死んでもいいのかもな__)


 俺と少女は電車の明かりに照らされながら、倒れこんだ。

 月がよく見える。


 今思えば、クソみたいな人生を送ってきた、クソにたかるハエみたいな俺だったが、こんな最後も悪くないのかもしれない。


(車掌さん、ごめんなさい。)


 俺は刹那的な激痛を覚悟して、目をつぶる。


 そして次の瞬間、途轍もなく強い衝撃が__







 ...来なかった。







 その代わり、全身が浮くような感覚がする。


(....あれ?俺、死んだのか?)


 俺は恐る恐る目を開いた。


 そこは......


「な、ななななな、なんじゃこりゃァー!!」


 俺は、猛烈に落下していたのだ。数字の羅列が数えきれないほど並ぶ、謎の青い空間の中を。


「ほな!このまま未来行くでぇ〜。」


「マジでぇぇええぅうぉおおおおッ!!」




 続くッ!!

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