中嶋外伝② 色のない日常

 2016年 5月 

 東京 幡ヶ谷駐屯地内



 ふと、時計を見上げる。

 時計の長針と短針は揃って上を向いていた。


(という事はそろそろ....)


「おい中嶋、昼休憩だ。」


 予想通りのタイミングで、部屋の無機質なドアが開いた。ドアの奥から、いつも通りやる気のなさそうな司令がぶっきらぼうに指示を出してくる。


「はい。」


 午前中ずっと動かしていた手を止め、帽子を深く被って廊下に出る。食堂に向かう最中、様々な役職の隊員とすれ違った。

 しかし、どいつもこいつも疲れ切った表情を隠そうともしていない。


 食堂に近づくにつれ人が多くなる。会話しながら前も向かず歩いてくる2人の隊員をよけ、食堂のドアを開けた。

 遠くからはよく見えなかったが、食堂内は人がごった返している。


(まぁ、見慣れた光景だな。)


 12時前後は多くの人間が昼休憩をとるので、必然的に質素な食堂はパンク寸前になってしまうのだ。


(...今度、司令に休憩の時間を変更してもらうよう交渉してみるか。)


 そんなことを考えながら僕は朝食を受け取り、空いていた席に座った。


 今日のメニューはカレーにポテトサラダ、そして味噌汁だ。洋食の日も、何故かこの食堂は頑なに味噌汁の提供を変更したがらない。

 ....それにしても、ここのポテトサラダはどうにかならないものなのか?食感と言い、後味と言い、10年間食べ続けた今もどうも好きになれない。


「時刻は12時15分!...さぁ、続いてのコーナーです!」


 頭上から女性のテキパキとした口調が聞こえる。

 食堂内に何台か設置されているテレビが、低音質スピーカーを介してお昼のワイドショーを届けているのだ。


「今、日本で一番有名な掌光病罹患者と言えば!?.....そう!”ソウゾウシン”『中嶋勇』!!彼は去年の12月から幡ヶ谷駐屯地に配属され、現在では前線に供給する物資をその『掌光病』で__」



(...はぁ)


 僕は口に運ぼうとしていた味噌汁の茶碗をお盆に戻す。今の数秒で一気に食欲が失せてしまった。周りの人間からの視線を集めながら食べる食事ほど、不愉快な物はないだろう。


(...まさかここまで話題にされる事となるとはな。)


 きっかけは戦争が始まってすぐの掌光病隊士インタビューかなんかだっただろう。

 自分の役職の重要性からか、上層部が僕を売り出そうと考えたのか、今ではマスメディアを中心として鼻につくほど持ち上げられ、その挙句、無許可で”ソウゾウシン”なんてうざったいあだ名までつけられてしまった。

 ここ数週間でこの駐屯地にきた人間は、未だ物珍しそうに僕を見てくる。まぁ、そういった人間に限って、こちらから見つめ返したら目を背けるのだが。


 ふと、そんなことを考えていた僕の視界を、一人の男が遮った。


「Hey!『ソウゾウシン』!スプーンが進んでいないヨ?」


 その男は僕の向かいの空いた席に、ドカッと腰を下ろした。


(またコイツか...)


「...おい、わざとらしくその呼び名を使うのはやめてくれないか。途轍もなく忌々しい。」


 僕は味噌汁から目を離すことなく反応した。誰が来たかなんて、視覚に頼らずとも一瞬で分かる。


 わざわざ僕に近づいてくる人間...


 それは、『金井かない』しかいないからだ。


「そんな邪険にしないでヨ~。ナカジマが一人で寂しくご飯食べてたから来てあげたのになァ。」


「はぁ。金井、お前は年下だろう。少しは年上を敬った言葉遣いでもしたらどうだ?」


「ハイハイ。"I deeply respect you." 」


 金井は味噌汁の茶碗から唇を離さず、もごもごと横文字を並べる。


 金井は1年程前にこの駐屯地にやってきた男で、まぁ一目見てわかるが、ハーフだ。たしか母親が日本人で、父がアメリカ人だかカナダ人だかの人間らしい。

 名前も、金井の後に横文字っぽい名前が続いていたが、ずっと『金井』と認識していたので覚えていない。

 髪の毛は長髪で、後ろで金髪を短く結んでいる。そういったチャラチャラした所も気に入らないが、僕より3歳年下の27歳なのにも関わらず、いつまでも浮かれた態度で自分の周りを纏わりついてくる所が一層鬱陶しい。なにが面白くて僕に引っ付いているのか。

 しかし兵士としての腕は確かなようで、銃の扱いは他の隊員達より頭ひとつ抜けているとか。...そんなこと僕の知ったことではないが。


「....まぁいい。丁度このポテトサラダをどうしようかと思っていたところだ。金井、貰ってくれ。」


「Hmm....このポテトサラダ苦手だからパス。」


 ...だろうな。

 僕は諦めて一気にポテトサラダを平らげ、食器を返却口に持っていく。1人でそそくさ帰ろうとしている僕を見つけ、金井は急いでカレーを食べ終えようとした。


「Hey!友人の優雅な"lunch time"も待ってくれないのかイ??ナカジマってミー以外に友達いないでショ?!」


「友人は大勢いるさ。」



 上辺だけならな。




続く

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