二十二話 知っている人間と知らない人間では熱意に差がある
マナカを家に招いたのはノワールさんだが、この島に何かしらの目的があってやってきたのはマナカの方だ。
だから僕は彼女から話し始めるのを待っていたし、それはノワールさんも同じだろう…………しかしマナカはなかなか話し始めなかった。ただ困ったように動揺したようにちらちらと僕の顔を見ているだけだ。
「あの、僕の顔に何かついてますか?」
仕方なく僕の方から尋ねる。見たところマナカは僕と同じ日本人のようだからもしかしたら顔見知りということもあり得る。しかし僕の覚えている限りイサナマナカなんて知り合いはいなかったはずだし、その顔にも見覚えはない。
「もしかして僕のこと見覚えがあったりします?」
とはいえ僕が覚えていないだけであちらが覚えているということもあり得る。不老長寿になっているらしい僕という例があるように、向こうで知った顔でも年齢が違ってわからないということもあるだろう。
親しい付き合いでもなく顔だけ知っているような関係であれば、それでわからなくなってもおかしくはない。
「あっ、ご、ごめんなさい…………そういうのじゃないの!」
「え、あ、そうですか」
じゃあどういうことなんだろうと思ったが、何やら焦っている様子の彼女に尋ねるのは
「えっと、それじゃあそろそろ話をしませんか?」
「話? ああうん、話ね! そうね! それが目的だったものね!」
まるでここに来た目的を忘れていたような様子でマナカは頷く。
「えー、それじゃあ……ゴホン、私の目的を説明するにはまず世界の状況を知ってもらう必要があります。だからそこから説明しようと思うんですが」
ちらりとマナカが僕とノワールさんを見る。
「それなら必要ないと、思うわよ? 概ねの事情は私もアキ君も知っているから」
その視線にノワールさんがそう答えた。マナカがどの程度の説明を使用としているのかはわからないが、確かに概ねの情勢なら僕もノワールさんから聞いて知っている。
「それはどの程度ですか?」
「あなたがどこまで詳細な説明をするつもりなのかはわからないけれど、転生者が魔王に挑んで敗北したけれど戦線は膠着状態にまで戻せたことは知って、いるわね」
「………それだけ知っていれば十分です」
転生者の敗北の下りでマナカは苦い顔を浮かべていた。魔王に挑んだ転生者に生き残りはいないという話だったけど、彼女はその関係者か何かだったのだろうか…………まあ、そうでなくとも同じ転生者として思うところはあるのだろうけど。
「では単刀直入に話しますが今国家連合は戦力を求めています。それは失われた戦力の再構築であり次こそ魔王を倒しうる戦力です」
「それは贅沢な望み、ね」
失ったものを取り戻すだけではなくより多くを望むのかとノワールさんは言う。
「私は贅沢とは思いません。必要なことです」
「そうかしら」
目を細めてノワールさんは首を少し傾ける。
「無理に魔王を倒そうとせずとも、ずっと膠着したままの状態を続けるほうが犠牲は少ないんじゃ、ないかしら?」
それは多分ノワールさんの経験からくる言葉だろう。どうも魔族も魔王も完全に滅すことはできない存在らしいから、下手に倒してしまうより最も被害の少ない状態を維持するというのも一つの手だと考えているのだ…………当事者たちの感情は別として。
「完全に滅ぼせば犠牲はゼロになります」
「完全に滅ぼせれば、だけれどね」
憐れむようにノワールさんがマナカを見る。これまでの会話からするとマナカは魔王や魔族が他の神の嫌がらせによって生まれて、それをあの少女の神が許容していることは知らないようだ…………僕だってノワールさんに聞かなければ知ることはなかった情報だから無理もないことだけど。
「その為に、我々は戦力がいるのです」
「そうね、頑張ればいいんじゃ、ないかしら?」
まるで他人事のように口にするノワールさんにマナカがむっとした表情を浮かべる。ここまで来れば彼女の目的なんてわかっているようなもので、その上での今の発言は馬鹿にしていると取られてもおかしくはない。
「ノワールさん」
「あら」
見かねて僕がノワールさんを見ると、彼女は悪戯の見つかった子供のようにばつが悪そうな笑みを浮かべる。
「ごめんなさい少し嫌味、だったかしら?」
「…………いえ」
それでノワールさんはマナカに一応の謝罪をするが彼女は苦い表情だった。明らかに僕に
それでも受け入れるのは彼女がこちらに頼む側の立場だからだろう。
「私は、魔王に挑んだ転生者の生き残りです」
そして不意にマナカは自らの素性の深いところを明かした。
「いきなりね」
「あなた相手に下手な駆け引きをしても無駄だとわかりましたから」
だから全てをぶつけるのだとマナカはノワールさんを見る。しかし問題は僕の知る限りノワールさんはそういう熱意に一切の意味を感じないタイプというところだ。
「単刀直入にいいます、私たちに力を貸してください」
「嫌よ」
単刀直入にノワールさんも返した。
「なぜですか! あなたはこれだけの力を持っているのに!」
マナカさん話し振りはノワールさんが神の代行者であることを知っている感じじゃない。けれどこの島の環境を整え楽園たらしめているのが彼女のであることは察しているのだろう。
僕はノワールさん以外の強者を知らないから比較できないけれど、やはりものすごくとんでもないことなのだろう。
「力があるからって誰かを救わなくてはいけない義務は、ないわよね?」
「あります!」
「あら?」
ノワールさんが首を傾げる。
「つまりあなたはその義務に従って動いて、いるのかしら?」
「そうです」
「違う、わよね?」
即答するマナカをノワールさんは否定する。
「あなた達転生者は神の加護と引き換えに魔王を倒すという使命を与えられた…………つまり先払いされた報酬に対する義務を果たしているだけ、じゃないかしら?」
つまりはマナカが口にしたような持つものに与えられる善意の義務ではない。それはあくまで報酬に対する義務であって互いの利益による取引でしかないのだとノワールさんは指摘する。
「そんなことは! 私たちは自分たちの意思で!」
「では何の神の加護もなくこの地に降り立ったとしてあなた達は魔王の挑んだの、かしら?」
「そ、それは…………」
マナカはうろたえる。どちらが正しいかと言えばノワールさんの方だろうと僕は思う。そしてそんなことは彼女にもわかっているはずだ。
けれど、わかっているからこそ認められない…………そんな表情をマナカはしていた。
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