十五話 長い目で見られるのは余裕の証

 話が終わり、また聞きたいことができればいつでも訪ねて構わないと最後に約束されて僕は町長さんの家を後にした…………正直打ちのめされた感覚だけがある。

 僕は周りの状況も理解せず無謀な行動で皆に迷惑をかけようとしているのだと、暗に言われたからだろう。


 例えば町長さんが頑張って現状を維持したところで、僕がもしも島の外に出てノワールさんがそれを追って出ていけば楽園としてのこの町は終わってしまう。ノワールさんにこの町に対する思い入れがないのだから当然そうなるだろう。


 そしてそんな犠牲を強いてまで僕が外に出ても魔王討伐に貢献できることなど今のところないのだ…………つまり誰も幸せにならない行動を僕はとろうとしていたことになる。


「満足した、のかしら?」


 町長さんの家を出ると外でノワールさんが待っていた。


「満足、というか…………現実は理解できました」


 連れだって歩き出しながら僕は答える。前世も合わせれば僕の年齢は三十をとうに超えている…………それなのに自分は大人になり切れていなかったのだという現実をまざまざと自覚させられた。

 ただそうしなくてはならないと思うから行動するのではなく、その前に自分の足元と周りを見て行動できるのが大人であるはずなのだ…………それなのに僕は前以外をまるで見ていなかった。


「外を目指すのはもっと自分にできることを考えてからにします」

「お姉さんとしてはこのまま諦めて欲しいところだけれど…………その努力を邪魔したりはしないと約束、するわね」

「ありがとうございます」


 僕は素直に頭を下げる。


「そんなに簡単に信じちゃって、いいのかしら?」


 しかしそんな僕をじっとノワールさんは見る。


「嘘を吐いて裏で邪魔するかも、しれないのよ?」


 なるほど確かにその可能性はあるだろう。島の外に行くにせよ僕は僕だけの力ではどうにもならないことは理解した。そうなると誰かに頼るしかないのだけれど、この島でノワールさんに逆らえる人間はいない。


 町長さんが自主的に島を出ることに協力はしないと明言したように、ノワールさんが僕を島の外に出したくないという意思を示すだけでもそれを阻害することはできるのだ…………そしてそれは表立って非難できるようなことでもない。


「そこはノワールさんを信じているというか…………そういうことはしないんじゃないかって思うんです」

「嬉しいけれど…………根拠は、あるのかしら?」


 それがなければただの願望だというようにノワールさんは首を傾ける。


「ノワールさんは、僕に色々しましたよね」

「そうね、色々、しちゃったわね」


 僕を不老長寿にしたり僕が外に興味を抱かないようにしたり、森の外に出られないようにしたりと…………冷静に考えれば信用を失うようなリスクの高いことを色々彼女は僕に対してやっている。それが僕を思ってのことであってもやり過ぎなのは間違いない。


「でも、考えてみればノワールさんならもっとうまくやれたというか…………永久に僕に気づかれないようにもできたと思うんです」


 最初はノワールさんの力について僕はよく知らなかったが今は知っている。彼女はあの少女の神の代行者であり、転生者たちを全滅させるほどの力を持つ魔王であっても容易く葬ることのできる力を持っている。

 本来は極寒の地であるはずのこの島を暮らしやすい気候にしているのもノワールさんだし、魔物が現れないようにしているのもノワールさんだ。


 果たしてそんなノワールさんが、たかだか十年程度で気づかれてしまうような力の使い方をするだろうかと僕は思うのだ。


「そうね、やろうと思えば千年と持つような暗示もかけられた、わね」


 ノワールさんは素直にそれを認める。


「それに、僕に気づかれたならかけ直したって良かったですよね」


 前にも考えたことだがノワールさんなら多分僕の記憶だって消せるだろう。全部消してやり直したって良かっただろうに、彼女はそうしなかった。

 それが一番簡単であるのにそうしなかったのだから、あえて今嘘を吐く可能性は低いように思えるのだ。


「そうね、アキ君の記憶を消して暗示をかけ直すようなこともできた…………でもね、いくら私の力でも永久に解けないような暗示はできないのね。そしてこういうものはかけられていた期間が長いほど相手を不審に思うものでしょう?」

「…………そうですね」


 今回の場合は十年だったが、それが百年とか千年だったらまた違う感情を抱いていただろう。


「そもそも最初からかけない方がいいんですけど」

「そこはほら、アキ君には最初の十年くらいは外のことなんて気にせずに心を癒して欲しかったから、なのよ?」


 僕が外のことで気を病まないようにやったのだと発覚した時にノワールさんは説明した。実際転生して一年や二年の時に外の状況を聞いたら今よりも落ち着けてはいなかっただろう。

 それこそノワールさんにもっと感情的になっていただろうし、なりふり構わず島の外に出ようと行動していたかもしれない。


「とにかくね、お姉さんはアキ君とは長いお付き合いをしたいの…………その為にはアキ君に誠実に接するのが一番で、だから嘘を吐いたりも、しないのよ」


 僕はノワールさんの手によって不老長寿となっている。だからどれだけ長く効果の続く暗示をかけてもいつかは解けてしまうし、嘘を吐いたっていつかは発覚する…………だから僕に対しては常に誠実に接する。

 それが仲違いすることなく長い関係を築くことのできる唯一の手段だとノワールさんは考えているのだ。


「信じます」


 それは長命種であるノワールさんだからこその理屈だろうけれど、今の僕にも想像できるものでもあった。

 人間同士の付き合いであっても勢いのままだけであれば数年経てば破綻してしまうものだ。結局はお互いまっさらな素の状態を見せあったほうが長続きする…………前世の僕の死因なんかもその辺りに原因があったのかもしれない。


「ありがとう」


 そんな僕へとノワールさんは微笑む。


「それで、アキ君今日はどうする? 町を見て回りたいならこのまま一緒に案内してあげても、いいけれど…………一人で見回りたいならそれも、構わないわよ?」

「いえ」


 僕はそれに首を振る。


「今日は色々と疲れましたし、やめておきます」


 それに現状でこの町の人たちと交流する覚悟が僕にはできていない。当初の予定とは違って僕とノワールさんの関係は見られてしまっている…………いろんな意味で特別視されるであろう状況で飛び込むほど今の僕に覚悟はない。


「そう…………でも、次も遠慮しなくていいからね」

「えっと、今度はノワールさんに声をかけるようにしますね」

「その必要は、ないのよ」

「えっ」

「もちろんアキ君が黙って島を飛び出そうとするならお姉さんは止めるけれど、そんなことはしないと約束してくれるなら…………好きにしてくれて、いいのよ?」

「…………そんなことをするつもりはもうないですけど」


 この町や外の事情を知る前なら選択肢の一つではあったけれど、今の僕はそれがどれだけ周囲に迷惑をかけるのか理解してしまっている。今のところは何も浮かんではいないけれど、なにかしらノワールさんが納得する形のことにしなければいけないと意識は改めている。


「それなら、お姉さんも必要以上にアキ君を監視したりしないって約束、するわね…………だから好きにこの町に来てもいいし、例えば女の子と仲良くなったりしても、いいのよ?」

「そんなつもりは毛頭ないですけど…………って、え?」


 前世のトラウマから立ち直りはしたとはいえ僕は女性関係にはまだ勇気が出ない。ノワールさんと気兼ねなく話せるのは彼女が年長者であり自分の保護者という意識が強いからだ。しかし考えてみればノワールさんからは告白もされており…………それなのに他の女の子と仲良くなるのを許す?


「あの、いいんですか?」


 僕は尋ねる。それともあの告白は僕に聞き間違えだったのだろうか。


「もちろん構わない、わ。何度も言っているけれどお姉さんはアキ君と長いお付き合いをしたいと思っているの…………だから、ね。急いではいないの…………最後にお姉さんのところにアキ君が来てくれれば、それでいいのよ」


 だからその間に僕が他の女の子と愛し合うことになっても構わないのだとノワールさんは言う。


 それも多分長命種である感覚なのだろうけど…………流石にちょっとそれは理解できない。

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