六話 保険が利くのは手遅れかその直前
「気にしないわけないですよ」
魔王に挑んだ転生者たちは全滅したけど戦線を
「でも、アキ君には何の力もないのよね?」
「…………えっと、実は神様からなんの力も貰わなかったわけじゃないんです」
そう、僕はチート能力の代わりにノワールさんという保護者をあの少女の神に紹介してもらったのだけど、それでもおまけとして最低限自立するための力を彼女はくれたのだ。
「どんな力を貰ったの、かしら?」
「努力の才能です」
それは別に努力するのが苦にならないとかそう言う才能ではない。言うなればそれは努力が必ず報われるという才能だ…………例えば百の努力をしても普通はそれがそのまま身につくわけではない。個々の才能によって身につくのは努力した分の六十であったり八十であったり下手をすれば十とかゼロ、逆に才能のある人間であれば百以上が身につくこともあるだろう。
僕が貰ったのはそれがどんな分野であっても百の努力をすれば百身につくという才能だ。それであれば必要になった時に努力して力を得ることができるし、逆に言えば努力しなければ力を得ることもなく僕は力を持つことによる責任から逃れられる。
「アキ君、自分がどれだけ無謀なことを言っているかわかって、いるの?」
「無謀なんて…………」
「そんなものは常人より少し優れている程度のもの、なのよ」
「それは………」
「確かにどんなことでも努力が相応に実を結ぶというのは便利ではあるけれど…………逆にいえば相応であって飛び抜けるわけでは、ないのよ。転生者ではなくそこらの天才であっても百の努力をすれば二百の成果が得られるの…………それが転生者であれば一万の成果が得られるとかそういうものを、あれは与えているのよ」
文字通りの
「そんな努力、できるの?」
「…………やります」
それは僕が安穏としている間に死んでいった転生者たちへの負い目によるものだが、だからこそやり遂げることができると僕は思う…………自分には関係ないと開き直れるほど僕は豪胆な精神構造をしていないのだ。
「でもそんなアキ君の努力が実る頃には戦いは終わって戦後処理も過ぎているの、じゃないかと思うのよね」
それくらい追いつくのに時間が掛かるとノワールさんは言う。
「もちろん実力が見合わないのに外に行こうとするのはお姉さんが許さないから…………それはアキ君を保護するというお姉さんの義務にも、反することなのよ」
「…………つまり僕はここで何もできず悶々としているしかないんですか?」
この世界の存亡にかかわることもなく。ただ他に転生者に全てを任せてその結果を待つしかないのだろうか。
「そうじゃない、のよ」
そんな僕にノワールさんは首を振る。
「気にしなくていいと言ったのはそういう意味では、ないの」
「それじゃあ、どういう意味なんですか?」
僕は尋ねて返す。
「魔王のことをアキ君が自分でどうにかしたり、残りの転生者がどうにかしてくれることを祈る必要も、ないのよ…………どうせ最後にはお姉さんが終わらせるの、だからね」
「えっ」
僕は驚いてノワールさんを見る。こんな森の中に隠遁しているだけあって僕の知る限りノワールさんは世俗のことに興味のない様子だった。だから魔王軍がこの森に攻めてくるようなことでもない限り、彼女は介入なんてしないと思っていた。
「えっと、それは…………僕のためにってことですか?」
色々衝撃的な事実が明らかになって忘れそうになっていたが、今さっき僕はノワールさんから告白されたばかりだ。それがやっぱり冗談だったという話にでもならない限りその好意から彼女が何かしてくれるというのはありえる。
「それもあるけれど…………どちらかといえばそれがお姉さんの義務だから、になるの」
「僕を保護するっていう?」
「そうじゃない、のよね」
少し残念そうにノワールさんは首を振る。
「お姉さんがあれの…………この世界の神の代行者っていうのは話したことがある、かしら?」
「…………ええと、いつかにそんな話を聞いたような」
なにせ十年も経っているから些細な会話など忘れてしまっている。それでもその単語が頭に引っかかっていたのはそれを聞いた時の印象が強かったからだろう。
そう、それを聞いたのは確かノワールさんと始めた会った時ではなかっただろうか。今とは違う冷徹な印象の彼女へと脅されるように素性を説明した時に聞いた覚えがある。
確かノワールさんはあの少女の神から代行者の役割を与えられているとかなんとか。
「代行者っていうのはね、あれがこの異世界の存続のためにかけた、保険のようなものなのよね」
「保険、ですか?」
「そうなの。あれがこの世界に直接干渉できないのは知っている、わよね?」
「それは、はい」
神々の間の決まり事で例えそれが自分の世界であっても神は直接介入してはいけないらしい。だからこそ他世界からの転生者に力を与えて問題の解決をさせるという間接的な干渉をしているのだ。
「でもアキ君みたいな転生者による間接的な干渉ってタイミングの問題が、あるわよね?」
「そうですね」
今回の場合は魂の純血化を防ぐための他世界との魂の交換だったが、逆に言えばそういった理由もなく魂の交換をすることは許されないのだろう。そして名目が純血化を防ぐためのものなのだからその危惧がなければ行えない。
偶々魔王のような問題が現れたタイミングが交換時期であればいいが、普通に考えればそうでない方のほうが多いのではないのだろうか。
「だからあれは神々による決まりごとが施行される前に代行者という保険を、かけたのね」
「なるほど」
神々の決まり事といってもいきなり決まって施行されるわけではないだろう。それであれば猶予期間に自分が干渉できなくなった時のための備えをしておくのはありえる話だ。
「人種が滅亡の危機に陥った時にお姉さんはその原因を排除する義務がある…………その為の力も与えられて、いるのね」
「つまり魔王も倒せる?」
「あれくらい余裕、なのよ」
僕を安心させるようにノワールさんは優しく微笑む。
「そうか、それなら…………あれ、でも」
僕は安堵しようとして、けれどその前に違和感を覚えてしまう。
「あの、でもノワールさんはここにいますよね」
「ええ、いるわよね」
当然のことのようにノワールさんは頷く。
「いやあの…………倒しに行かないんですか?」
あの少女の神が魔王という問題を認識して転生者による間接的な干渉を実行したというのなら、少なくとも僕が転生するより前から魔王はこの異世界に存在していることになる。
つまり魔王が出現して少なくとも十年以上が経っているのだ…………その間ノワールさんは魔王の存在をずっと放置していたことになる。
「義務、なんですよね?」
「正確には人種の滅亡を回避させる義務、なの」
やんわりと、ノワールさんは訂正の言葉を述べる。
「逆に言えば滅亡が確定性ない限りお姉さんは動けない、のよね」
困った話だと、まるで軽いことのようにノワールさんは言った。
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