第1話「『かわいい』って言われたい」

柊佑しゅうくんは今日もかわいいね~」


 幼い頃から、母や保育士さん、先生、友達から、僕はよく「かわいい」と言われた。

 普通の男の子なら恥ずかしがったり、嫌がったりするかもしれない。でも僕は、谷塚柊佑は、その言葉を言われることがすごく嬉しかった。

 僕はずっと、母のようにかわいい人に憧れていた。


 僕は幼い頃、身体がとても小さかった。

 所作もどこか女の子らしかったようで、気が付けば自分からかわいいと言われるように立ち振る舞っていたようだ。


 けれど、思ったよりも成長期が来るのが早かった。

 小学4年生あたりからみるみる身長が伸び、声も低くなり始めた。

 身体が大きくなるにつれて、かわいいと言ってもらえる機会はどんどん減っていった。

 いずれ成長期は訪れるとは分かっていたが、想像よりも早くて心の準備ができていなかったのだと思う。

 僕は、自身の体格が男の人らしくなっていくのが怖かった。


 父は「お前が成長している証だ、自信を持て」と言ってくれたが、僕がどう思っているかはきっと分かっているだろう。

 それでも、僕はあの言葉をみんなから受け取るべく、今まで通りかわいいと思われるように立ち回っていた。


 それが良くなかったのかもしれない。

 周りからはその姿が気持ち悪く見えてしまったのだろう。

 身体が大人に近づく一方で、心は子どものままだったのだ。

 次第に避けられるようになり、幼いままだった心は深く傷ついてしまった。


 それでも僕は、かわいいと言われるために試行錯誤した。

 身体を小さく見せるための方法を調べたり、かわいらしいファッションを真似てみたりした。

 しかし、周囲にできた溝はさらに深まっていた。


 だからと言って諦める気にはなれなかった。

 かわいくなりたい、その思いは変わらなかったからだ。


 そんな幼心を抱き続けたまま、高校2年目を迎える日が訪れた。

 いつも通り朝は家族よりも早く起きて、顔を洗い、身支度をする。

 そして台所に立ち、家族の分の朝ごはんとお弁当を準備する。


 ふとダイニングに飾っている母の写真に目を向ける。

 母は、僕がちょうど成長期を迎えた頃に、不慮の事故で他界した。

 当時は母が家に帰ってこないことに、年子の妹と一緒に泣き叫び、父を困らせていたなぁ……。

 しかし中学生になる頃には、母のいない家族を僕も支えたいと思い、仕事で帰りが遅い父の家事を手伝い、気が付けば自分がやるようになっていた。


「おはよう、柊佑」


 そう思っていながら今日の準備をしていると、父が眠そうにあくびをしながら起きてきた。


「おはよう父さん。朝ごはんできてるから先に食べておいて」


 お弁当の準備をしながら父に挨拶を交わす。


恵麻えまはまだ起きてないのか?」

「まだ起きてきてない。待ちに待った入学式だってのに、恵麻ってば緊張感がないよねぇ」


 新聞を開きながら父は尋てくるので、呆れた笑みを浮かべながら答える。

 妹の恵麻は僕と同じ家から徒歩圏内の公立高校に通うことになっており、今日は記念すべき入学式の日なのだ。しかし、まだベッドの中で快眠中みたいだ。

 さすがにそろそろ起こした方がいいかと思い、弁当に盛り付ける手を止め、彼女の部屋へと向かう。


「おはよう、恵麻。入るよ」

「――うーん……」


 ドア越しに眠そうな了承の声が聞こえてくる。

 部屋の中に入り、恵麻のベッドの横に屈み込んで声をかける。


「今日は入学式でしょ。それに、これから学校なんだから毎日ちゃんと起きなきゃ。」

「はーい……。お兄ちゃん今日もかわいいね」

「ありがとう、恵麻もかわいいよ」

「えへへ……」


 朝はいつも自分が恵麻を起こすのだが、恵麻はいつも僕にかわいいと言ってくれる。

 数少ない、僕の心の支えである。

 感謝しながら妹にもかわいいと返すと、頬を緩めて甘えてくるので、頭を撫でる。僕たちは年子だが、世間から見てもすごく仲がいい兄妹だと思う。


「ほら、早く着替えて顔洗ってきて。朝ごはんできてるから」


 そう言って頭を撫でるのをやめ、準備を促す。

 つい甘やかしてしまうので年齢にしては幼く見えるかもしれないが、根はとてもいい子である。


 リビングに戻ると父は既に仕事へ出発していた。

 母が居ない分、朝早くから夜遅くまで仕事を頑張ってくれている。


 作りかけの弁当を仕上げ、恵麻と一緒に朝食を取りながら、恵麻は目をキラキラさせて話しかけてくる。


「学校楽しみだなぁ。一緒に行こうね!」

「……うん。一緒に行くの、楽しみだよ」


 少し言葉を詰まらせるも、なんとか口に出す。

 僕は学校が好きではない、むしろ教室に入るのが憂鬱だ。

 結局、僕はクラスメイトたちと話すこともなく避けられている。

 今日はクラス替えの日でもあるので、知らない顔も増え猶更憂鬱なのだ。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 顔に出ていたのか、恵麻が心配そうに声をかけてくる。


「無理しないでね。私はお兄ちゃんのことかわいくて大好きだからね」

「――ありがとう、大丈夫だよ」


 本当に優しい子だと思う。

 声を掛けてくれたおかげで、かなり元気が出た。

 家族に心配を掛けないよう、今日からまた頑張ろうと思った。

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