第30話 料理人、最強になる

 スパイスを買い終えた俺たちは、その足で商業ギルドに寄ることにした。

 レシピをもし売るなら、誰かにマネされるよりは良いと錬金術店の店主が言っていたからだ。

 商業ギルドに入ると、明らかに俺たちを見る目が極端に違った。


「あいつら外のやつらだ」

「こんなところに何しにきたんだよ」


 同じ飲食店を経営しているのか、俺に対する不満を漏らすやつら。


「あいつってこの間、ギルド登録で満点出したやつじゃないか?」

「やっぱり商売の才能があるから成功したんだな」

「俺たちもどうやったら売れるか聞いてこようぜ」


 俺の存在を知り、興味本位で近寄って来ようするやつら。

 そのどちらも、今の俺にとっては正直めんどくさい。


「おい、それ以上こっちを見たら切り捨てるぞ!」


 ゼルフはいつでも剣を抜けるように、剣の鞘に手を構えた。

 うん、ゼルフくん。

 チラチラッと俺を見てくるから、きっと俺の気持ちを汲み取ってくれたのはわかるぞ。

 護衛としては良い働きをしてくれたと思う。

 ただ……言葉は選んで発しないと。


「外のやつって野蛮だな」

「実は客を買収して文句を言ってきているんじゃないか?」

「それはありえるな」


 さらに大きな勘違いを生んで大変なことになってしまう。

 しかも、ゼルフの無愛想な顔が相まって、さらに悪い方に物事が進んでしまう。


「ゼルフ、今日の晩飯抜きだな」

「なっ……なんでだ⁉︎」


 ゼルフはその場で俺に勢いよくぶつかって来た。

 一瞬だけ目がチカチカしたが、猛獣に襲われる時ってこんな感じなんだろうか。


「俺が迷惑してる」

「すまない」


 ゼルフはすぐに謝ると、俺の横を静かに歩く。

 晩飯抜き……とぼやくたびに、どれだけ食に真剣なんだよとツッコミたくなる。


「おい、やっぱりあの店主やべーやつだぞ」

「あいつを一瞬で静かにさせやがった」


 俺も俺で対応を間違えたようだ。

 確実に違う町に移動することが今決定した。


「あっ、ハルト様。本日は商業ギルドへどのようなご用件でお越しになられたのですか?」


 あぁ、ここにも対応を間違えたやつがいる。

 俺が怒って商業ギルドに来たと思っているのだろう。

 商業ギルドのトップが、ただの一般人にペコペコと頭を下げていたら、確実に勘違いを生む。

 俺はチラッと周囲の人に目を向けると、明らかにコソコソと話す人はおらず、置物のようになっていた。

 誰一人も目を合わせようとしない。

 確実に俺は関わってはいけない危ないやつと認定された気がする。


「いつも通りの対応に戻してください」


 俺はギルドマスターの耳元で小さな声で囁く。

 ギルドマスターはその場で頷いた。


「それで……何かありましたか?」

「スパイスカレーのレシピを売りに来た」

「ふぇ……」


 静かな商業ギルドがさらに静まり返る。

 呼吸する音すら聞こえないぐらいだ。


「あのー……」

「「「なあああああにいいいいい!!!!!」」」


 思わず俺は耳に手を当てた。

 大人が急に大声を上げることなんて滅多にない。

 それが一斉に発せられたら、うるさいどころか地響きに感じてしまうほどだ。


「ハルトさん、それは本当ですか?」

「そのつもりでさっき訪れたんですよね?」

「いや、私たちは他の飲食店に対してアドバイスをもらおうかと……」


 俺はすぐに隣にいるゼルフを――。


「おい、どこにいくつもりだ」


 コソコソと商業ギルドから出て行こうとしていたゼルフを捕まえた。


「なっ……何でそんなに速く動けるんだ⁉︎」

「むしろ俺もびっくりしたわ」


 いつもはゼルフの動きが見えなかったが、どうやら俺も異世界仕様になったのだろう。

 俺はジーッと捕まえたゼルフの顔を見る。


「晩飯と明日の朝食は抜きかな?」

「すみません!」


 やっぱりこの世は食が最強のようだ。

 ゼルフがギルドマスターがレシピを売って欲しいと頼みに来たと言っていた。

 だから、ここに来たのにまさか違うとは予想していない。


「それで本当にレシピを売ってくれるんですか……?」

「あぁ……男に二言はないからな!」


 俺はどこか騙されたような気分だ。

 ただ、別の町に移るにはちょうど良い機会だろう。

 材料を買って持っていた俺はそのまま商業ギルドにあるキッチンを借りて、レシピを教えることにした。

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