第13話 料理人、コールダックに名付けをする
朝食を食べた俺たちはすぐにキッチンカーを出発させた。
移動する時間が長いと思い大量にお米を炊いておにぎりを作ったが、ゼルフとコールダックが全て食べそうな勢いに俺は驚いた。
朝から底なしの食欲に、残っている食材はすぐになくなりそうな気がする。
「そういえば、まだ名前を付けていなかった」
『……クゥエエエエエエエエエ!?』
返事と驚きが混ざった声がキッチンカーに響く。
一緒にいて二日だけど、ここまできたら名前で呼んであげないと可哀想だろう。
『オイラ……オマエが名前だと思ったぞ!』
「……」
俺はゼルフをジーッと見つめる。
名前がないため、なるべく呼ばないようにしていたが、ゼルフはコールダックをお前と呼んでいたらしい。
「んー、何がいいかな?」
「『おにぎり!』」
こいつらはちゃんと考える気があるのだろうか。
ひょっとしたら今すぐにおにぎりを食べたいという催促なのかもしれない。
「もうちょっと食べ物でもマシュマロとかバニラとかあるだろ……」
「それは美味しいのか!」
『オイラ、それ食べたい!』
「お前ら……食べるんじゃなくて、名前を決めるんだからな?」
何を聞いても出てくるのは今まで食べたものばかり。
タルタルソース、チキン南蛮、蒲焼き、天ぷらが候補に上がったがどれも却下だ。
せめて食べ物でも、可愛い名前の方が良いだろう。
「もっと見た目にあった……白玉とかどうだ?」
『白玉……?』
前の職場でパートのスタッフがネコに白玉って名前を付けていた。
大福とも迷ったが、キッチンカーで揺れているコールダックの見た目が、もちもちしているからちょうど良いだろう。
『気に入った!』
「なら、白玉で決定だな!」
喜んでくれているなら問題はない。
コールダック改め、白玉が一緒に旅をする仲間となった。
キッチンカーの中も拡張されたから、ちょうど良いだろう。
その後もキッチンカーで走ること数時間、影も短くなり南の方に登って来ている。
ゼルフは峠を越えた先に町があるかもしれないと言っていた。
キッチンカーがなかったら、今頃俺とゼルフはどうなっていたのだろうか。
あんな凶暴なイノシシが出てくるような山だ。
野宿していたら、すぐに死んでいたかもしれない。
「なぁ、この焼きおにぎりってやつも美味いな!」
『ハルトは天才だぞ!』
そんなことを全く考えていない能天気な一人と一羽に自然と笑みが溢れる。
さすがに同じおにぎりばかりで可哀想だと思って、焼きおにぎりを作ったがこれも好評だった。
ゼルフに焼きおにぎりをおかずにして、おにぎりを食べると言われた時はさすがに驚いたけどな。
そのせいか夜の分までお米を炊いたはずなのに、昼には無くなった。
まさか休憩している最中にもう一度炊く羽目になるとはな……。
電力が足りず炊飯器も使えないため、ガスコンロで作らないといけない。
鍋でお米を炊くのも経験がないと中々大変なんだよな。
初めて家でやってみたら、おこげが炭のように真っ黒になって大変だったのを思い出した。
それにちょうど土鍋を用意していたのも良かった。
「峠に着いたら、夕陽を見ながらご飯を食べるのもいいよな……」
そろそろ峠に差し掛かるだろう。
せっかくだから、移動も楽しんだ方が思い出になる。
ガソリンがないから、今後キッチンカーは使えないかもしれないからね。
「次は何を食べるんだ? 焼きおにぎりか?」
『オイラは梅干しがいい!』
「あの酸っぱいのも美味しいよな!」
相変わらず隣ではご飯のことしか考えていない。
そろそろおにぎりに飽きないのかと思ったが、さすが家庭の味の代表格。
しかも、コールダックの白玉が梅干しおにぎりが好きとは誰も思わないだろう。
梅干しってかなり塩分が高いけど大丈夫だろうか?
「よし、一旦ここで休むか」
一日中キッチンカーで走っていたため、ガソリンもだいぶ減ってきた。
きっと夜中も寒いから、体を温める食べ物は必要になるだろう。
「俺は飽きてきたから肉巻きおに――」
「『それがいい!』」
詰め寄ってくる一人も一匹にキッチンカーが少し傾いてくる。
早めの夕飯は肉巻きおにぎりとお味噌汁に決めた。
「うっ……」
外に出るとあまりの風の強さにドアが勢いよく開いた。
峠って山と山の間だから、キッチンカーが揺れるほどの突風がたまに吹くのは仕方ない。
ただ、ここまで風が強いの長居はできないだろう。
俺は急いで荷台部分に移動する。
「んー、めんどくさいから顆粒だしでいいか」
鰹節で出汁を取ろうかと思ったが、キッチンカーが揺れる中でわざわざやるのも大変だ。
そこで便利でお手軽な顆粒だしを使うことにした。
水にかりん出汁を入れて火にかける。
豆腐はさいの目に切り、出汁が温まるのを待つ。
汁物が欲しいため、具材は節約して少なめだ。
「そろそろ味噌を溶かすか」
火を弱めて、おたまに味噌を入れて少しずつ溶かしていく。
合わせ味噌を使っているが、初めて味噌汁を飲むゼルフや白玉にしたら赤味噌や白味噌よ。は食べやすいだろう。
ただ、コールダックって梅干し同様にお味噌汁を飲ませてもいいのだろうか。
最後に長ネギを散らしたら、簡単なお味噌汁の完成だ。
荷台部分から出たら、外にはすでにゼルフと白玉が待っていた。
「寒くなかったか?」
「これぐらい平気だ」
『オイラには羽があるからな!』
筋肉質のゼルフは代謝が良いのだろう。
俺は外の風でだいぶ寒く感じたけどな。
お味噌汁とおにぎりに豚バラを少しだけ巻いて焼いた肉巻きおにぎりを持っていく。
白玉を羽を広げながら、ペタペタと足音を鳴らして俺を追いかけてくる。
「おぉー、夕日が綺麗だね」
「そうか……? 俺はこっちの方が綺麗だけど?」
『オイラも肉巻きおにぎりの方が好きだぞ!』
景色を楽しもうと思ったが、ゼルフと白玉には関係なかったね。
俺は白玉に寄り添いながら、お味噌汁を一口飲む。
「あー、温まる」
「ハルトの作るものは何を食べても美味いな」
ゼルフが湯気を上げる味噌汁をじっと見つめながら、口の中で転がすように飲み込んだ。
その表情はいつもの無愛想ではなく、少しだけ驚いたように見えた。
『オイラも飲んでいい?』
白玉が大きな羽をパタパタさせながら覗き込んでくる。
お椀の中の湯気がふわりとその顔を包み、つんと鼻をくすぐった。
「ちょっとだけな。熱いから気をつけろよ?」
『クゥ……あったかい……!』
まるで幸せをそのまま飲み込んだみたいな声に、思わず笑ってしまう。
「ちょ、熱いだろ!」
『クゥエ?』
クチバシで突いてバシャバシャと飲むため、俺の手にお味噌汁がかかって大変だ。
外は風が強く、峠の木々がざわざわと音を立てていたが、キッチンカーのすぐそばだけは小さな光に包まれたように穏やかな空気が流れる。
「このまま旅が続けばいいな……」
隣から小さな声が聞こえてきた。
気のせいかと思ったが、確かにあの声はゼルフだった。
「どうした? 町に行けるんだぞ?」
「あー、そうだな……」
ゼルフはどこか浮かない表情をしていた。
町に着けば少しは安心できるのに、ゼルフはここにいたいのだろうか?
「まぁ、旅を続けるのもいいかもしれないな」
何も知らない世界で俺一人では生活するのは大変だろう。
ゼルフと白玉がいたら、少しは寂しい思いをしなくても済む。
俺の言葉にゼルフと白玉は、どこか嬉しそうな顔をしていた。
うん……、よだれが出ているから、どうせご飯目的だろうな。
夕日が完全に沈むころ、空は茜から群青に変わっていく。
峠の上から見える街の灯りが、遠くにちらちらと瞬いていた。
「ゼルフ、あれ……灯りが見える。町じゃないか?」
「ああ……間違いない。峠を越えればすぐだな」
ようやく目的地が見えてきた。
今日一日中走りっぱなしだったけど、無駄にならなくてよかった。
味噌汁の余韻を舌に残しながら、俺は次の一日を思い描く。
明日も無事に過ごせるといいな。
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