第12話 料理人、俺たちがいる場所
「うっ……蒲焼き! 痛っ!?」
勢いよく起き上がったゼルフは腹部を触り、痛そうな表情を浮かべる。
それにしても目覚めの一言が蒲焼きとか、どれだけ食べたかったのだろう。
「うなぎの蒲焼きならもうできてるぞ」
俺の一言にゼルフは目を輝かせていた。
そのうち命よりも飯の方が大事って言いそう雰囲気だな。
運転席から降りると、先に起きていたコールダックが今か今かと待っていた。
俺はキッチンカーから電気うなぎの蒲焼きとカエルの天ぷらを運んでいく。
イノシシにぶつかった影響で落ちて食べられないかと思ったが、ラップをつけていたので無事だった。
「出来立ての方が美味しかっただろうけど、そこは我慢して……」
ゼルフに声をかけるが、ずっとどこかを見ていた。
俺はゼルフの視線の先に目を向ける。
「すまないな……」
ゼルフはキッチンカーのへこみを見ていた。
きっと自分のせいだと思っていそうだな。
「ははは、気にするな! 飯ぐらいは笑って食べないとな!」
きっとキッチンカーの店主なら同じことを言うだろう。
俺はゼルフの頬を掴んでグルグルと回す。
「それにキッチンカーはちゃんと動くから問題ない」
ゼルフたちが眠っている間に、俺はキッチンカーが無事かどうか確認した。
モニターやインパネには警告灯はついていない。
きっとキッチンカーのボディだけへこんで、機能には問題ないのだろう。
ただ、ここまでへこんでしまったら何が起こるかわからないし、早めに町へ向かった方が良いだろう。
「あとであいつを捌くのを手伝ってくれよ!」
「あぁ、ボアグリムか……」
俺はキッチンカー近くに横たわるイノシシを指さす。
イノシシなら材料としては使い道がありそうだからな。
食べることを考えると、カエルよりは全然マシだ。
それに血抜きもできていないため、早くしないと鮮度が悪くなってしまう。
「ハルト……あいつは食べられないぞ」
「へっ!?」
やっぱり時間が経っていたのがいけないのだろうか?
それとも異世界のイノシシは食用に向かないとか……。
『魔力暴走したから無理なんだぞ!』
「魔力暴走……?」
俺の言葉にゼルフとコールダックはため息をついた。
きっとこの反応だと魔力暴行は常識なんだろう。
「魔力暴走した魔物は体が魔素で溢れているから毒になる」
ということは魔素自体が毒の成分に近いのだろう。
魔法のもとなのに毒って……。
「それに普通の魔物よりも強力だから、魔素をどうにかしないと倒すのに時間がかかるんだ」
ゼルフの隣でコールダックは羽を広げた。
『オイラの役目はその魔素を自然と混ぜ合わせることなんだぞ! すごいだろ!』
コールダックが羽ばたいた瞬間に、イノシシから出ている黒い霧のようなモヤは無くなった。
きっとあれが魔素を自然と混ぜ合わせていたところだろう。
ただ、それでも体に魔素が溜まっているから、強力な魔物には変わりないし食べられないのが常識らしい。
「今回はお前のおかげだな!」
『クゥエ!』
コールダックは嬉しそうにカエルの天ぷらを突いていた。
ゼルフの傷が治ったのもこいつのおかげだ。
聖鳥って呼ばれているのは、この力から名付けられていそうだな。
そうじゃないと、ただの可愛いアヒルだ。
「ゼルフも早く食べて元気になってくれよ!」
辛気臭い顔をしているゼルフの背中を叩く。
食欲がない俺はキッチンカーに戻る。
チラッと覗くと、よほど美味しいのか黙々と食べていた。
イノシシが食べられないなら、いつまでもここに留まる理由はない。
キッチンカーが動くうちに町へ向かわないといけないからな。
「残りのガソリンでどこまで行けるかだよな……」
すでにガソリンのメーターは半分を切っていた。
ナビに表示されている分岐点はいくつもある。
まずは町がどこにあるのか、それを見極めて走って行かないと迷子になってしまう。
コールダックを信じて先に行った方の分岐点に行くのか。
それともゼルフと出会った反対の道を走っていくのか悩ましいところだ。
――コンコン!
「ハルト、おかわりはあるか?」
『オイラもおかわり!』
あれだけ戦った後なのに本当に元気だな。
俺なんてイノシシを轢いた感覚がまだ残っていて食べる気力もないのに……。
「キッチンカーに置いてあるから、それなら食べてもらっても構わないぞ」
「俺が先に――」
『オイラが先に――』
俺の言葉を聞いてすぐに走って行った。
荷台部分が揺れているから、きっと取り合いをしているのだろう。
ゼルフの元気はどこから湧いてくるのか俺にはさっぱりだ。
しばらくすると、キッチンカーの揺れは止まり戻ってきた。
電気うなぎの蒲焼きはゼルフの皿の上、カエルの天ぷらはコールダックが咥えていたから、お互いに分け与えたのだろう。
「もうそれだけしかないからな」
俺の言葉に頷いていた。
餌付け……料理の力って本当にすごい。
元気にするだけじゃなくて、人だけじゃなくて動物まで変えちゃうからな。
「なぁ、町ってこの先の峠を超えたところにないか?」
俺がナビで分岐点の確認をしていると、ゼルフがモニターを指さしていた。
それはコールダックに言われるがまま行ったところの途中にある分岐点だった。
「でも道を知らないって認めていなかったけ?」
俺はコールダックをジーッと見つめると目を逸らされた。
あの反応からして道がわからないのは確かだしな。
「ボアグリムと戦っている時に思ったんだが、ここってネフィル山じゃないか?」
「ネフィル山?」
「あぁ、ネフィル山に住んでいるって有名だからな」
ゼルフはイノシシの魔物ボアグリムを知っていた。
魔物にも種類や特性が様々あり、ゼルフが住んでいた国でボアグリムが生息しているのがネフィル山らしい。
「そもそも魔物の魔力暴走って魔素がかなり多いところじゃないと起きないって言われている。例えば、魔王の復活やスタンピードとか、悪魔の意図的な仕業とかに起きることが多い」
明らかにヤバそうな単語がゼルフの口から説明される。
魔王とか悪魔って……本当ここは別の世界なんだろう。
「魔素が過剰な時ではない。ってことはこの土地自体が魔素に溢れている。そこからもここがネフィル山だって確証できる」
ボアグリムと魔素の濃さからネフィル山だとゼルフは思っているようだ。
何も知らない俺はゼルフの言葉を信じるしかないだろう。
それに一度コールダックが自信満々にこっちに町があると言っていたからな。
「問題は本当に方角が合っているのか……」
俺はキッチンカーに目を向けた。
ネフィル山があるのは北側の辺境地とゼルフが言っていた。
今キッチンカーが向いているのはゼルフと会った方面だ。
キッチンカーの前方には長く影が伸びており、太陽が傾くにつれて、その影は少しずつ右へずれていく。
太陽の位置から見て、俺たちは北からこの川にたどり着いたことになる。
そもそも太陽の昇り方に違いがなければ、コールダックの言っていた方に町があるのは事実だ。
「じゃあ、明日の朝には出発するからな!」
「おう!」
『クゥエ!』
頼れるのはここにいる仲間たちだけだ。
向かう方角がわかったので、明日の朝から影の向きとナビに頼って出発することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます