第19話 保健室の攻防

授業が終わると、クラスの男子数人が俺の席に集まってきた。


「佐伯、気にすんなよ。気に病む必要ないって」


「そーだよ。天城先生の信者は頭おかしい奴多いから。佐伯が先生に気に入られてるから嫉妬しただけだろ」


「女の嫉妬はこえーよな」


彼らは俺を気遣い、励ましてくれた。その純粋な優しさが、背徳的な秘密を抱える俺の胸に突き刺さる。俺は彼らに笑顔で応じることしかできなかった。


昼休み。教室には、わずかながら事件の余韻が残っていた。そんな中、俺はそわそわとした様子で自分の席を立つ深月葵の姿を見つけた。


(朝の狼狽ぶりといい…やっぱり様子がおかしいよな)


彼女の顔はまだ青ざめており、周囲の視線を気にしているのかキョロキョロとあたりを見渡しながら教室を出て行った。


(まさか、深月があの写真を貼ったのか?)


天城の威嚇的な視線と、彼女の極端な動揺が脳裏で結びつく。俺は、まるで吸い寄せられるように、彼女の後を追って教室を出た。


深月が向かったのは、人気のない保健室だった。彼女は中に入り、すぐにドアを閉めた。


俺は廊下の角に身を潜め、一瞬だけ躊躇したものの、好奇心と不安に駆られて静かにドアに近づいた。


保健室のドアに手をかけ、開けようとした、その瞬間――中から、深月の声が響いてきた。


「撮った写真はあれだけではありません。天城先生の女関係の秘密が、このスマホにたくさん記録されてます」


(……!)


俺は心臓が止まるかと思い、ドアに手をかけたまま硬直した。


「暴露されたくなかったら、私と付き合ってください」


深月の声は、追い詰められたかのように必死で、微かに震えている。


そして、間髪入れずに、天城先生の冷たく感情のない声が響いた。


「好きにしたらいい。俺のことなら好きに言いふらして構わない。その写真を学年主任に提出してもいい。」


(な…!)


「だが、佐伯のことは二度と傷つけるな。二度と、あいつを巻き込むな」


その言葉は、まるで鋭い氷の刃のように、深月を射抜く。


深月は、その一言で打ちのめされたようだ。声がかすれ、涙声になった。


「やっぱり……やっぱり先生にとって、佐伯君は特別なんですね!?教師のくせに……気持ち悪い!」


彼女の絶叫が、静かな廊下に響き渡った。


「そうだな、なんとでも言え」


天城はそのまま、感情のない声で続けた。


「佐伯を巻き込まないと誓うなら、俺のことは好きにしていい。この場で俺を押し倒すのも、お前の勝手だ」


「もう……もういいですっ!」


深月は涙声でそう伝え、今度はドアの方へと歩いてくる足音が聞こえた。


(まずい、逃げないと)


そう思うのに、足が動かない。俺はドアの真ん前で、自分の存在を消せないまま硬直していた。


目の前のドアが、勢いよく開き、深月と目が合う。


深月は、廊下に立ち尽くす俺の顔を見て、驚愕で目を見開き、顔を真っ赤にした。彼女の瞳には、涙と、憎しみと、羞恥が入り混じっていた。


「あ……」


悲鳴にもならない声を上げて、深月は俺の横を通り過ぎ、猛スピードで走り出した。


「深月!」


俺は反射的に、その背中を追いかけた。

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