第48話 共に――

 蔵人はブランダウへと来ていた。

 再会したユーリとレンの姿は、言葉以上に雄弁だった。痩せ細った体、擦り切れた衣服――その生々しい現状は、蔵人の語る未来を形にして見せていた。狼牙たちは彼らを見て、まるで自分たちの行く末を突きつけられたように息を呑んだ。

 蔵人の言葉だけでは伝わらなかった現実が、二人の姿によって補完されことを狼牙たちは感じていた。ブランダウの街で向けられる奇異な視線もまた、彼らが「異物」として扱われている証だった。生徒会が見てきたのは輝かしい表層だけであり、その裏にある本当の現実を狼牙たちは初めて実感した。

 ――この世界に、俺達の居場所なんてないんだ。

 皆一様にこの言葉を思い出していた。彼らの心は急速に蔵人へと傾いていった。

 蔵人はユーリとレンを輸送隊に紛れ込ませ、学園へ連れて帰ろうとした。だが二人は首を振った。計画を聞かされても、裏切りの可能性は残る。蔵人はその危うさを直感した。

蔵人「いま、辺境伯にチクられると、ものすごく困るんだ。そうしたら、俺はどうにかしてお前たちを殺さないといけない」

 その言葉は冷酷な現実を突きつけるものだった。だがユーリは真っ直ぐに蔵人を見返した。

ユーリ「わかってる。蔵人、あんたを裏切ったりなんかしないよ、俺はあんたに救われた。そして更に居場所も与えてくれたんだ。これから進むあんたの道を、俺も共に歩きたい!!」

 蔵人は眉をひそめ、問い返す。

蔵人「なにをするんだ?」

レン「大公国の場所をしりたいんでしょ? あたしたちがその道程を調べるのよ」

 その声には、かつての絶望を押しのける決意が宿っていた。蔵人はしばし黙り込み、二人の瞳を見つめた。裏切りの影は消えない。だが、彼らの言葉には確かな覚悟があった。

蔵人「ありがとう、本当に」

 その声は低く、震えていた。蔵人は二人の手をしっかりと握り、深々と頭を下げた。普段なら決して見せない姿だった。

 ユーリは目を見開き、やがて静かに笑った。

ユーリ「あんたが本気で俺たちを信じてくれてるって、わかった。こんな俺達を、薄汚れたドブネズミのような俺達を信じてくれるって、この世界に来て、初めて信用された気がするよ……」

 レンは握られた手を強く返し、真剣な眼差しを向けた。

レン「だから裏切らない。あたしたちはもう、あんたと同じ道を歩く。それが例え多くの血が流れる道だとしても、わたしはもう、何もしないことをやめる」

蔵人「俺達の故郷を作ろう。だれからも差別されることのない、俺達の法の、俺達の国を――」

 その瞬間、三人の間にあった不信の影はわずかに薄れた。蔵人の頭を下げる仕草は、彼自身の弱さをさらけ出すものでもあり、同時に二人にとっては「信頼の証」となったのだった。

 しかし蔵人の不安は拭えない、信じると言ったのに信じきれない。いつも頭によぎるのは、この二人が裏切った場合の対処法だった。彼らをどう殺すか、どう隠すか――そんな思考が絶えず浮かび上がる自分自身を、信じると言いながらも考えざるをえない自分自身を、蔵人は心底軽蔑した。

 これが蔵人という人間なのだ。自分自身を信じられないから、真に他人を信じることが出来ないのだ。

 博打――そうこれはまさに博打を打ったのだ。二人が裏切らないという博打を。勝てば未来が拓ける。負ければ血に塗れる。

 蔵人は握った手を離さず、ただ静かに息を吐いた。その吐息には、決意と恐怖、そしてわずかな希望が入り混じっていた。


 二度目の輸送の時、蔵人はユーリとレンをこっそりと隊列に紛れ込ませた。兵士たちは二人増えたところで気づくこともなく、荷馬車は静かに森を抜けていった。

 道中、二人から渡されたのは詳細な地図と国名、そして簡単な文化の情報だった。

ユーリ「スヴェトミール大公国――ニーウという民族の国家だ。広大な草原地帯に根を張る遊牧民の国らしい。その草原の隣には広大な内海が広がっていて、大公国の首都はその内海に面した場所にあるっていう話だ」

 蔵人は地図を覗き込みながら、眉をひそめた。

蔵人「そういえば、この国のこともよく知らなかったな……。この国は、何国なんだ? 帝国か?」

 レンが首を振った。

レン「アルテンローア王国。そして民族の名はローア、ローア人の国。その王国の東方を守護しているのがシュヴァンデンベルク辺境伯ってことらしいわね」

蔵人「神聖ローマ帝国の王国版ってところなのかな」

 ユーリが肩をすくめる。

ユーリ「歴史の細かいところまでは知らないけど、多分あってるんじゃないか? 少なくとも、辺境伯が実質王様みたいな感じなのは確かだ」

蔵人「さて、どうやって監視の目を掻い潜って、そのすゔぇ……なんとか大公国まで行くのかが問題だな」

ユーリ「なにか考えてないのか?」

蔵人「三度目の輸送のときは、そうとうな量の物資が来る。今回も相当、食料以外も持ってきているがな、その比じゃあねえはずだ」

 言葉と共に、蔵人の瞳はさらに沈んだ色を帯びる。

蔵人「その時、輸送隊の奴らを全滅させる。うまくいけば武具も手に入るし、戦闘訓練にもなる。そうして物資を森へ隠しておいて、その間に大公国へと行くんだ」

 ユーリとレンは息を呑み、顔を青ざめさせた。戦争の足音が聞こえた瞬間だった。






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