第47話 自由の重さと辛さ
話は少し遡る。
蔵人が学園に戻って最初におこなったことは、仲の良い狼牙や政宗たちの説得だった。
蔵人「辺境伯に従属したら、全てを奪われるぞ」
その言葉に、二人は絶句した。蔵人の声には、いつもの皮肉や軽口ではなく、冷たい確信が宿っていた。
彼はブランダウで出会った二人――ユーリ高宮と諸星レンのことを語り始めた。愛染学園とは別のクラス転移に巻き込まれた者たちの末路、辺境伯の庇護を受けたその結果、乞食や娼婦として生きるしかなくなった現実を。
狼牙「俺達以外にもこの世界に来たやつが居たのか……」
政宗「それは……それが私達の未来だと、そうおっしゃるんですか」
蔵人「俺が辺境伯に直接交渉したんだ。学園を都合よく誘導する代わりに金をよこせってな」
狼牙「俺達を裏切ったのか!?」
蔵人「だったらこんなことお前らに言わねーだろうが!!」
狼牙は押し黙り、政宗が口を開いた。
政宗「貴方には、なにか考えがあるように聞こえます」
蔵人「考えなんて上等なものじゃないよ。博打だ」
狼牙「博打?」
蔵人「この森はな、辺境伯と戦争中の隣国との国境地帯なんだ。だから奴らは学園を城塞に改装したいんだよ。侵攻を守るためなのか橋頭堡のつもりなのかはしらんがな」
辺境伯の戦略の全貌までは蔵人にもわからない。だが、この地が敵の拠点となることが辺境伯にとって痛手であることだけは確かだった。
蔵人「俺達が助けを求めるべきはその隣国――大公国だ」
政宗「助けを求めるって、それは……」
狼牙「意味わかんねーよ!! 辺境伯と何がちげーんだよ!!」
蔵人「大公国のほうがより高く買ってくれる」
狼牙「はあ?」
蔵人「この世界は、自力救済こそが法だ。俺達は自分自身で守らなくちゃならねえ」
その言葉に、場の空気が止まった。政宗は息を呑み、狼牙は拳を握りしめる。蔵人は視線を上げる。
政宗「それが、どうして大公国に助けを求めることになるんですか」
蔵人「助けってのはあくまで支援だ。俺達は、大公国の傘下に入って、辺境伯と戦争するんだよ、俺達自身が槍を持って、な」
その言葉に、周囲の生徒たちは一斉にざわめいた。狼牙と政宗だけでなく、聞いていた者たちも「突拍子もない」と顔を見合わせる。
蔵人の考えは、あまりにも現実離れしていた。狼牙も政宗も、そして周囲の生徒たちも受け止めきれず、ただ沈黙が広がった。しかし一蹴するにはあまりに現実的な問題に、誰も即座に答えを返すことができなかった。
政宗「なぜ、大公国なんです? 辺境伯でもいいじゃないですか」
蔵人「俺達を舐め腐ってる辺境伯に? 一度ナメた相手を対等に見ることなんて、するわけがねえ」
政宗「対等という話なら、その大公国だって私達をどう扱うかわからないじゃないですか」
狼牙と政宗を前に、蔵人は深く息を吐いた。いつもの軽口はなく、声には確信が宿っていた。
蔵人「いいや、状況が違う」
狼牙「どう違うっていうんだよ!」
蔵人「俺達は今、辺境伯に対して、救護を求めている。無償のな。分不相応の財産を持ちながら、自分の食い扶持も稼ぐことの出来ない愚か者に見えていることだろう」
狼牙「言い方ってのがあるんじゃねーかよ……」
蔵人「そんな人間が、戦争ではこの城を守れます、なんて言ったところで説得力があるのかってことだよ。だったら、上手いこと言いくるめて退去させて、この財産を有効活用したいと思うのは普通だろ? しかもどうでもいい命だ。開墾させるなりなんなりさせて、使い潰したらもっとお得じゃねえか。だれだってそうする、俺だってそうする」
政宗「それが、蔵人さんのおっしゃった、全てを奪われるということですか」
蔵人「生徒会の、いや賛成した連中は、一体どんなお花畑を想像していたんだろうな。教育でも受けさせてから職まで斡旋してもらえるとでも思ってたのか。結局は農奴として、命が尽きるまで絞り尽くされててしまうってのに」
政宗「それでも死にはしませんよ」
蔵人「本気でそんなこと思ってるのか? 戦が始まれば徴兵されて、肉壁として使われるのが落ちだろ。所詮異界のガキだ、惜しくもなんともない。それでもマシかもな。女子生徒の扱いなんて、考えたくもない」
二人は言葉を失う。狼牙が拳を握りしめ、政宗が眉をひそめた。
「じゃあどうするんですか……」政宗が絞り出すように問う。
蔵人「だから大公国だ。奴らは辺境伯と戦争中だ。もし俺たちが学園を守り抜いた実績を示せれば、ただの難民じゃなく戦力として迎えられる。辺境伯に従えば搾取される未来しかないが、大公国には、賭ける価値がある。実力を示すチャンスはこれしかない」
蔵人の理屈の暴力にみな黙ってしまった。重い沈黙がこの空間を支配する。
狼牙「そもそも、勝てっこねーだろ……」
狼牙の声はかすれ、怒りとも恐怖ともつかぬ響きを帯びていた。
政宗「大勢死にますよ……」
蔵人は二人を見据え、声を荒げた。
蔵人「この世界は俺達を受け入れてくれない。どこへ行こうと、東の果てに行こうと、決して、受け入れない。俺達の国を守り、その上で死ぬことと、ユーリやレンのように首に縄をくくられ締め付けられながらじっくりと殺されていくのと、どっちがいいことなんだ!? 教えてくれよ!!」
その叫びは、校舎の壁に反響し、場にいた者たちの胸を震わせた。
誰も答えられなかった。狼牙は唇を噛み、政宗は拳を握りしめる。周囲の生徒たちはただ顔を見合わせ、蔵人の言葉の重さに押し潰されるように沈黙した。
蔵人「……俺も死にたくねえ。正直なところ、お前らと行商の旅でもして、のんびり生きていけたらと思ったこともあった。だがな――」
蔵人は一度言葉を切り、黒馬の首筋に視線を落とした。
蔵人「俺達に故郷はないんだ。ここ以外に、もう居場所はない。この世界は、力を持たない人間に対してとことん残酷なんだよ」
その言葉に、狼牙は唇を噛み、政宗は拳を握りしめた。周囲にいた生徒たちも息を呑み、誰も軽々しく口を挟めなかった。
蔵人の声には、諦めと怒り、そしてどこか哀しみが混じっていた。
彼が語る「残酷さ」は、ただの脅しでも理屈でもなく、実際にこの世界を体感したものの言葉だった。
沈黙の中で、誰もが思う。
――自分たちには、本当に帰る場所があるのか。
蔵人「二週間後、俺はブランダウへ物資の輸送のために行く。お前らもついてこい。ユーリとレンと、いや、もしかしたら街に行くだけでも、少しは考えが変わるかも知れない。どうするかは、それから決めてもいい」
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