第42話 心配
会談が終わると、生徒会の面々は玉座の間を後にした。
廊下に出た瞬間、楓は蔵人の袖を掴んだ。
楓「……本当に、あのような約束をしてしまってよかったのですか? 貴方は、反対だったはずでしょう」
蔵人は振り返らず、肩をすくめた。
蔵人「学園を高値で売りつける交渉なんて、俺には無理だったってだけだよ。それに、猶予もあるしな。一月半! たっぷり時間はある。食料も潤沢に送られるんだ」
アレックスは安堵の笑みを浮かべた。
アレックス「これで良かったのかもしれない。いやこれこそが理想だ」
透子も頷き、レイジも「まあ、良かったんじゃないか」と口にする。
だが楓だけは、蔵人の横顔に漂う冷たい影を見逃さなかった。彼の言葉は軽い調子を装っていたが、その奥に何か別の意図が潜んでいるように思えてならなかった。
その夜、蔵人は物資運搬の段取りを確認するために、辺境伯の従者と密談していた。
辺境伯の従者「荷馬車は三日に一度、森の城へ。護衛も付けるが、任せてよいのか?」
蔵人「いや二週間に一度でいい。その分量は頼むぞ? 護衛ってどれくらい来るんだ?」
従者は眉をひそめたが、蔵人の目に宿る冷徹な光を見て、黙って頷いた。
辺境伯の従者「ん? まあ二、三人兵士をつけるつもりだが」
蔵人「頼もしいな。俺は盗賊に殺されかけたから、ありがたいよ」
食料の運搬はまず蔵人が最寄りの村に出迎えて、そこから蔵人達が独力で運ぶということだった。行商人としてある程度学びたいからという切な願望を叶えてのものだ。
それから、蔵人が付き添えない時の団取りも決めた。代わりのものを指定するために、何かしらの印が欲しいとのことだった。
蔵人「印ねえ。なんかさ、辺境伯に紋章でももらいたいんだけど」
これは随分と強欲な願いだった。紋章とはすなわち貴族の証だからだ。
従者は目を細め、しばし沈黙した。
辺境伯の従者「……紋章は軽々しく与えられるものではない。まあ、全ては伯爵様の御意志次第だろうな」
蔵人はにやりと笑い、肩をすくめる。
蔵人「まあ、期待半分さ。貴族じゃないとはいえ、大商会なんかは持ってるんだろ? どこにも所属していない信用のない行商人になるってんだからさ、辺境伯のお墨付きってのが欲しかったんだよね」
従者はなおも訝しげに蔵人を見つめたが、やがて小さく頷いた。
辺境伯の従者「……わかった。伯爵様に取り次ごう。ただし、あまり期待はするなよ? 紋章なんて、俺だって持ってないんだから」
蔵人「あんたも平民なのか?」
辺境伯の従者「ああ。頭でどうにかこの地位に居るんだ」
蔵人「立派だな! 俺もそうありたいものだぜ」
従者は苦笑を浮かべた。
辺境伯の従者「立派かどうかは知らん。だが、この地位を守るために、常に伯爵様の顔色を窺っている。それが現実だ」
蔵人は肩をすくめ、軽く笑った。
蔵人「俺もこれから、沢山の人間の顔色を伺わなくっちゃいけないんだよなあ……」
辺境伯の従者「まあ頑張ることだな! 辛いぞ?」
蔵人「脅かすなよ……」
密談を終えた蔵人は、夜の石畳を歩きながら小さく息を吐いた。
蔵人(紋章……もし手に入れば、色々と楽になる。もらえるといいな)
月明かりに照らされたその横顔は、昼間の軽口を叩く男のものではなかった。冷徹な計算と、どこか焦燥を帯びた影がそこにあった。
一方その頃、辺境伯に与えられた客室では楓が机に突っ伏していた。
楓「……あの方は、蔵人さんは変わってしまった、そんな気がするのよ、透子」
透子「考えすぎではないですか」
楓「そうだといいのだけど」
透子は慰めるように肩に手を置いたが、楓の胸に広がる不安は消えなかった。彼女だけが、蔵人の変化を敏感に感じ取っていた。
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