第41話 裏切り
楓「貴方、何処へ行って――」
どこが顔つきの変わった蔵人をみて、楓は一瞬たじろいだ。
蔵人「久しぶりの酒を飲んだ。朝までな」
楓「そうですの……」
部屋に戻ったのは、斧を手に取るためだった。常に武器を携えることは、ただの威嚇ではない。自らを自らの手で守るという意志の表れであり、蔵人はそれを痛感した。それを蔵人は、思い知ったのだ。
楓「武器なんて持っていたら、相手に失礼ではないですか!」
蔵人「逆だよ」
楓「逆って……」
もう蔵人は何も言わなかった。
重い扉を押し開けると、辺境伯は朝食を取っていた。銀の食器に盛られた肉と白パンの匂いが広間に漂う。武器を携えた蔵人を守衛たちは警戒し、通そうとはしなかった。しかし昨日とは雰囲気の違う蔵人に興味を示した辺境伯は、目通りを許した。
辺境伯「その顔は?」
蔵人「安酒場で喧嘩した。あの物乞い、適当な店に連れていきやがって……」
辺境伯「ふむ……それでなにようかな? ワシの朝食の邪魔をして、その価値のある事を言いに来たのか?」
蔵人「まどろっこしいのは辞めにしよう。俺はあんたにつくぜ」
その言葉に、辺境伯の瞳が鋭く光る
辺境伯「ほう?」
蔵人「あの馬鹿ガキ共にはほとほと愛想が尽きた。学園に、いやあの城に残っている他のガキ共には、俺のことを信用しているやつもそれなりにいる。そいつらは帰順には反対だったぜ」
辺境伯「オルフェリアの言っていたことと同じだな」
蔵人「だから、俺がそいつらをなんとかするし、他の奴らも言いくるめてやる。あんたらも、五百人の人間と争うのは面倒だから、なんとか言いくるめたかったんだろ?」
辺境伯は低く笑った。
辺境伯「しかし解せぬな。昨日に仲違いしたからと言って、動機が少し弱い」
蔵人「俺には一人、どうしても一緒になりたい女がいる。そいつに苦労をかけたくない」
辺境伯「君が病床に伏せた時に、看病していたという娘かね」
蔵人「そうだ」
辺境伯は豪快に笑い声を響かせた。
辺境伯「ふはは! いいだろう。歓迎するよ、クラウド君!」
蔵人「報酬は期待していいんだろうな?」
辺境伯「勿論だとも。実直な仕事にはふさわしい銀貨を与えなければな」
蔵人は横に座っていたオルフェリアに目を向けた。
蔵人「あんたの言う通りだった。俺とあんたらは同じだ」
オルフェリア「歓迎するよ。愛宕蔵人」
辺境伯と生徒会との会談は、実にスムーズになった。
辺境伯は玉座から生徒会を見下ろし、豪快に笑う。
辺境伯「よい、庇護は約束しよう」
その言葉に生徒会の面々は安堵の息を漏らす。だが、沈黙を破ったのは蔵人だった。彼は一歩前に出て、わざとらしく咳払いをする。
蔵人「でもなあ、引き渡しにはそれなりの時間がいるぞ。二ヶ月……いや一月半はかかるな」
辺境伯は眉を上げ、興味深そうに問い返す。
辺境伯「ほう? それはなにゆえかな」
蔵人「恥ずかしいことだが反対派も結構多くてな。まあ俺がその急先鋒なわけだが」
辺境伯は腹の底から笑い声を響かせる。
辺境伯「ふはははは! 自分でソレを言うのか!」
楓が慌てて声を上げる。
楓「ちょ、ちょっと!!」
アレックス「あなたはもうなにも言う――」
だが辺境伯は手を上げて静止させた。
辺境伯「食料のことはワシに任せろ。潤沢に支援しよう!」
その言葉に蔵人は深々と頭を下げる。
蔵人「助かります」
辺境伯「その間、オルフェリアが君たちの全てを担当させよう。しばらくその森の城に駐在させることになるがよろしいかな?」
蔵人は即座に応じる。
蔵人「もちろんだ。だが、あんたとのやり取りをおれにも手伝わせてくれよ? 物資の運搬とか、いろいろさ」
辺境伯は目を細める。
辺境伯「ソレはなにゆえかな?」
蔵人は肩をすくめ、軽い調子で答える。
蔵人「俺さ、行商人になりたいんだよね。その練習も兼ねて、な」
辺境伯「五百人のその後の扱いは?」
蔵人「そりゃ、あんたの領民になるしかないだろうな」
辺境伯「それでいいのかね、お嬢さん?」
楓「致し方ありませんわ……」
蔵人「それなりの支度金も頼むぞ」
辺境伯は笑みを浮かべ、何も否定しない。その沈黙が、まるで「すでに二人の間で話がついている」ような不気味さを漂わせた。生徒会の面々は「蔵人が立派に交渉して猶予と物資を勝ち取った」と誤認し、安堵する。だが、広間の空気にはどこか冷たい影が残っていた。
しかし楓だけはどこが、蔵人の変化を敏感に感じていた。まるで、人が変わったかのような、そんな気がしてならなかった。
一抹の不安が、現実のものとなるのは、もう少し先のことだった。
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