第31話 笑顔の裏の計算
荷馬車いっぱいに積まれた食料が学園の中庭に運び込まれると、生徒たちは歓声を上げた。干し肉、麦パン、根菜、果物――久しく口にしていなかった“ご馳走”が並ぶ。飢えに慣れかけていた彼らは、まるで祭りのように笑い、手を伸ばし、口いっぱいに頬張った。誰もが、オルフェリアに感謝した。
その一方で、保健室の奥では、蔵人とディートリヒが並んで寝かされていた。
二人とも高熱にうなされ、意識は朦朧としている。蔵人の腕は赤く腫れ、ディートリヒの首元には縫合の痕が痛々しく残っていた。
レアが用意した経口補水液――貴重な砂糖と塩を溶かしたものを、彼らは時折、唇を濡らすように飲み込んだ。
「熱が出るのは、体が戦っている証拠よ」
レアはそう言いながら、冷ややかに容態を見守っていた。
そしてその間、オルフェリアは学園内を静かに歩いていた。
生徒たちの名前、役割、年齢、得意分野、彼女は一人ひとりに声をかけ、記憶に刻んでいく。
その瞳は優しげに微笑みながらも、どこか冷たく、計算高い光を宿していた。
蔵人「ううっ、だるい……」
数日の間高熱にうなされていた蔵人だったが、ようやく体を起こすことができるようになった。
隣のベッドでは、ディートリヒがまだ浅い呼吸を繰り返している。額には汗が滲み、意識は戻っていない。
蔵人の傍らには、弦音が静かに座っていた。
彼女はほとんど離れず、看病というよりも、寄り添うようにそこにいた。蔵人は感謝しつつも、どこか胸の奥に引っかかるものを覚えていた。
――あの夜の襲撃が、彼女の心に深い傷を残しているのではないか。
その不安が、彼女の沈黙と距離の近さに滲んでいるように思えて仕方がなかった。
レア「あの女騎士、色々嗅ぎ回っているようね」
唐突に声をかけてきたレアは、棚の薬瓶を整理しながら、ちらりとこちらを見た。
蔵人「女騎士って、オルフェリアのことか?」
レア「他に誰がいるのよ」
蔵人「もう一人居た気がするけど」
レア「ああ、あの腰巾着もいたわね。名前、なんだったかしら」
蔵人は考え込んだ。オルフェリアたちの目的は何なのか――それが頭から離れなかった。
この学園を手中に収めようとしているのは明らかだ。不必要に潤沢な食料を提供することも、懐柔策のひとつなのだろうことは、蔵人でも理解できる。
しかし――
蔵人「この学園がほしいのなら、軍隊でも派遣すればそれでおしまいじゃないか。なんでアイツは、こうも回りくどいことをするんだ?」
レアは肩をすくめた。
レア「さあ……私にわかるわけないじゃない」
蔵人は弦音の方を見た。彼女は少し考えるように首を傾げた後、ぽつりと呟いた。
弦音「うーん……ゲーム的に考えるなら、やっぱ人手が欲しいんじゃない? だから、学園の生徒たちをみんな奴隷にするため……とか?」
その言葉に、蔵人は眉をひそめた。冗談めかして言ったつもりなのかもしれない。だが、現実は冗談で済まない。
蔵人「でも、それこそ力でどうとでもできることじゃないか?」
弦音は、うーんと頷いた。頭をひねった。
レア「彼らの状況が、力ずくで事を運べないだけ……って可能性もあるんじゃないかしら」
蔵人「ふむ……」
蔵人は考え込んだ。
蔵人「このこと、生徒会にも言ったほうがいいよな。頼めるか?」
レアに向かってそう言うと、彼女はあからさまに顔をしかめた。
レア「いやよ。面倒くさいもの。それに、説教することも、されることも懲り懲りだわ!」
蔵人「説教されたのか?」
レア「貴方によ」
蔵人「俺が? なんて?」
レアは鼻を鳴らした。
レア「高熱でうなされ始めたあたりから、ずっと言ってたわよ。“重症の患者を先に診るべきだった”って」
蔵人は目を瞬かせた。まったく記憶にない。
レア「私は、部外者のその騎士様より、貴方を優先しただけなのに、“医者が人を選別するべきじゃない”“助かる可能性を潰すな”って、延々とね」
レアは薬瓶の蓋を閉めながら、呆れたように吐き捨てた。
蔵人「でもでも、おじさんは説教するのが習性の生き物で……」
冗談めかして笑ってみせたが、レアは無言でじっと睨みつけてくる。その視線に射抜かれ、蔵人は肩をすくめて小さく呟いた。
蔵人「……ゴメンナサイ」
その視線に、蔵人はそっと目を逸らした。
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