第30話 初めての戦傷

 狼の骸は四頭あった。どうやら、ディートリヒが最初に草叢に撃ったものが当たったようだ。

 蔵人は血に濡れたディートリヒの体を肩に担ぎ、彼の示す方角へと歩を進めた。やがて木陰に繋がれた馬が見えてくる。馬の鞍に括りつけられたズタ袋には、クロスボウなどの狩猟道具が詰め込まれていたのだろう。

 ディートリヒを鞍に乗せ、蔵人は手綱を握って歩き出す。森を抜け、学園の門が見えた頃には、腕の傷は焼けるように熱を帯び、脈打つたびに痛みが全身を突き抜けていた。

蔵人「いでええええよおおおおおおお」

 ディートリヒとともに保健室に運び込まれて手当をされる。

 保健室に運び込まれると、レアは棚を開け、薬品の残量をざっと確認した。消毒液が数種類、抗菌軟膏、解熱剤。彼女は一瞥しただけで必要なものを選び取る。

 レアはまず蔵人の噛まれた腕を掴み、ためらいなくアルコールをぶっかけた。

蔵人「あんびゃあああああああああああああああ!!!」

レア「ふふっ、痛いということは、効いている証拠よ?」

 ガーゼで傷口を強く押さえ、血を絞り出すように拭う。その後、軟膏を塗布し、包帯を巻いた。

 ふう、とため息をつくと、レアは重症のディートリヒの治療に当たった。念の為にと生徒会に要求して配置された裁縫セットを机に置いた。

ディートリヒ「なっ……それで縫うつもりか!?」

レア「他に何があるの? 死にたいのなら止めないけど」

ディートリヒ「……やれ」

 レアは裁縫針を火で真っ赤に焼き、糸をアルコールに浸す。

ディートリヒ「あががあああああああ!!!!」

  蔵人とは違いアルコールでの消毒では叫び声も上げなかったが、麻酔も無しに針が肉を貫く痛さには耐えられなかったようだった。

レア「うるさいわね。死ぬのならさっさと死になさい」

 縫い終えると包帯を首に巻いた。

 レアは保健室から出ると、待機していたオルフェリアたちが詰め寄る。

オルフェリア「それで、ディートリヒは助かるのか?」

レア「さあ? 後は運任せね。だって抗生剤もないんだもの」

オルフェリア「こうせい……? まあよい。つまり出来うることはしたということか」

レア「熱が出れば、まあ生きてる証拠よ。後は勝手に体がどうにかするわ」

オルフェリア「その熱で死んでしまうものは多いじゃないか」

レア「死ぬならそれまでじゃない? 後は知らないわ。解熱剤はあるけど、使うかどうかは貴女の態度次第、かしら? それよりも問題は栄養と水分ね。点滴もないから、口から入れるものだけでなんとかしないと」

楓「この学園には、そのように潤沢に食材がないから、どうしたら……」

オルフェリア「私が手配しよう。この森まで運ぶのは難儀だが、なんとかしよう。ウィルヘルム!」

ウィルヘルム「はっ!」

オルフェリア「至急ブランダウ、いや一番近い村からでよい、エルンストと共に食料を調達してこい」

ウィルヘルム「しかし、私たちが居なくなってもよろしいのですか?」

オルフェリア「構わん」

ウィルヘルム「しかし……」

オルフェリア「構わんと言っているのだ!!」

ウィルヘルム「承知しました」

 ウィルヘルムとそばに居たエルンストは渋々歩き出した。

楓「わたくしたちも、お手伝いしなくてよろしいのですか?」

オルフェリア「問題ありません。なに、荷馬車一台程度なら、彼らでなんとかなりましょう。体力だけが取り柄の者たちです」

楓「……助かりますわ!」

オルフェリア「なに、お気になされるな! そちらの年長者殿に部下を助けられたのだ。これくらいはしなければ!」

 不敵に笑みを浮かべるオルフェリア。その笑みの裏に潜む意図を怪しんだのは、レアただ一人だった。

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