第28話 犬の餌にも劣る昼食

 次の日、オルフェリア一行は学園を見学したいと申し出てきた。蔵人は反対したが、生徒会の特に副会長の花園アレックスは率先して案内をした。

 昼になり、昼食を取ることになった。

 食堂に甲冑の音が響いた瞬間、ざわめいていた空気が凍りついた。プーンを持つ手が止まり、誰も息をするのもためらうような沈黙が広がる。

 ディートリヒが堂々と歩み入り、机に並んだ粗末な干し肉と薄いスープを見下ろす。

ディートリヒ「……これが食事だと? 犬の餌にも劣るな」

 鼻で笑う声に、生徒たちは一斉にうつむいた。

楓「ハハハ……」

 楓は無理に笑ったが、その額には冷や汗が滲んでいた。会長の乾いた笑いも、場を和ませるどころか、余計に重苦しさを際立たせた。

 その場は誰も反論できなかったが、食堂を出たあと、数人の生徒が小声で囁き合った。

「なんだよあの言い方……」

「でも逆らったら殺されそうだし……」

「楓会長は笑ってたけど、内心どう思ってんだろ」

 そのとき、蔵人が椅子を蹴るように立ち上がった。

蔵人「あぁん!? じゃあ食わなくていいぞゴミクズ野郎!!」

 彼はディートリヒの食事を乱暴に取り上げると、豪快に口へ放り込み、あっという間に平らげてしまった

ディートリヒ「犬のクソにも劣る農民が……っ!」

蔵人「これはもともと俺が狩ったもんだ! つまり、俺のものと言っても過言ではない!」

ディートリヒ「……! ほう、密猟は死刑だぞ?」

蔵人「俺は別にお前の臣民じゃありませんの助!!」

 これでもかというほど舌を出して、ディートリヒを挑発した。舌を突き出して挑発するその姿に、生徒たちは息を呑んだ。

ディートリヒ「……キサマは最初に殺してやる!!」

蔵人「殺されないが?」

 剣呑な空気を断ち切ったのは、副会長の花園アレックスだった。

アレックス「愛宕さん、やめてください……」

 その声は震えていたが、確かに場を引き戻す力を持っていた。

 しばしの睨み合いの末、ディートリヒは不快を隠そうともせず、甲冑を鳴らして食堂を後にする。

 残された空気は重く、誰も口を開けなかった。

 ディートリヒが去ったあと、重苦しい沈黙を破ったのはオルフェリアだった。

オルフェリア「無礼を詫びよう。彼は若く、血気盛んなのだ。だが君たちの食事を笑うことは、私の本意ではない」

 落ち着いた声音は、張り詰めた場をわずかに和らげた。

 彼女は視線を巡らせ、アレックスに微笑みかける。

オルフェリア「副会長、君のように秩序を重んじる者がいるからこそ、この学園は保たれているのだろうな。我々も、そういう人材を求めている」

アレックス「……私が、ですか」

 アレックスの頬が赤らんだ。楓を守るためなら、この学園を守るためならば、この庇護を受け入れるのも悪くない――そんな考えが、心の奥底に芽生え始めていた。そんなアレックスの胸中に芽生えた思惑を、楓はまだ知らない。

 だが、空気をぶち壊す声が響いた。

蔵人「ふん、面食いババアめ!!」

オルフェリア「ババっ!?」

 他の騎士たちも、蔵人の言葉に面食らった。騎士たちが一斉に顔を上げ、楓が慌てた声を張り上げる。

楓「なっ、なんてことをいうの!?」

蔵人「いいか、中学生以上はなあ、ババアなんだよ!!」

楓「貴方なんてもう三十でしょう!!!」

蔵人「わァ…ァ…」

楓「泣いて済まそうとするんじゃありません!!」

 オルフェリアは呆然と、呟く。

オルフェリア「ババア……」

カタリーナ「殿下! お気をたしかに!! 殿下はまだお若いです!! ピチピチですわ!!」

ヴィルヘルム「もうちょっと、なんというか、ないのかもっといい言葉は」

オルフェリア「ババア……」

 その声はかすれ、まるで呪文のように繰り返される。

 騎士たちは顔を見合わせ、楓以下生徒会の面々は必死に頭を下げ続ける。三十歳のおじさんは泣き、オルフェリアは延々と「ババア」と呟き続けた。

 その異様な光景は、昼食の場を完全に混沌へと変えていた。


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