第21話 後始末
数日前に保健室に運ばれた、生水を飲んで倒れた生徒が亡くなった。
この異世界に来て初めて仲間が亡くなったという事実は、生徒たちを不安にさせた。薄っすらとどこか思っていた、自分たちは特別で、どうにかなると思い込んでいた浅はかな幻想は一瞬のうちに崩れ去った。
目下、生徒会にはいくつもの課題が突きつけられていた。とりわけ早急に対処しなければならないのは――亡くなった生徒の遺体の処理である。
保健室は、死の間際に垂れ流された汚物で汚染されていた。遺体を処理し、保健室を清掃しなければならない。
だが、もしもその死が伝染病によるものだったとしたら――清掃どころか、保健室に足を踏み入れること自体が新たな犠牲を生む危険を孕んでいた。
蔵人「誰か医学部を目指してるやついないの?」
蔵人の狙いは、少しでも医療知識を持つ生徒を探し出すことだった。
楓「入試のために勉強しているからといって、医学的知識があるとは限りませんわ」
蔵人「医療ドラマを見ただけの医学かぶれよりはマシだろ」
楓「それは……そうですけど」
蔵人「ここは超進学校なんだし、医学部に進学するやつなんて山程いるんじゃねーのか?」
レイジ「居るからと言って、協力的とはかぎらないんじゃなのかい?」
レイジの言葉は真理だった。誰もが心の底で「そんな貧乏くじは引きたくない」と思っている。
楓「一人、そう一人だけ、心あたりがありますわ。変わり者で、その……とても変わり者な方を」
蔵人「誰なんだ? その変人で超変人なやつって」
楓「三年の――
その名が告げられた瞬間、生徒会の面々は一斉に顔をしかめた。その光景を目にした蔵人は、気が重くなった。
楓に案内をされて、三年の教室へつくと、土岐ヶ丘レアは不敵な笑みを浮かべながら腰を据えていた。セミロングというか、いわゆるウルフカットをした、随分と大人びた顔をした女子生徒だった。制服がいい意味で似合っていないという印象を蔵人は持った。
レア「あら、もう少し早く来ると思っていたのに、随分と遅かったじゃない」
蔵人「……」
またクセの強い人間が現れた、蔵人はそう心のなかで思った。
楓「わかっているのなら、話が早いですわ。早速保健室に――」
レア「嫌よ?」
楓「で、でも、感染症かどうかを診ていただかないと――」
レア「感染症? 感染症じゃないわ。数日かけて衰弱、口渇、意識障害――典型的な脱水。生水をそのまま飲んだから、寄生虫か細菌にでも当たったって、それだけじゃない?」
楓「でも、ただの脱水症状で、それだけで死ぬなんて……」
レア「あら、脱水症状を甘く見過ぎじゃないかしら? それに私達は、ここ数週間ろくな栄養も取れていないし、そこに胃腸が破壊されたら、死んでしまっても不思議じゃないわぁ~」
楓「しかし――」
レア「発熱はなかったんでしょう?」
楓「そうですわ」
レア「なら脱水症状で決まりね。それでも疑うのなら死体を見て来なさい? 唇にひび割れ、舌は乾ききって白い苔、皮膚をつまめば戻らないわよ?」
楓「だから、それを貴女も一緒に――」
レア「だから、嫌だって言ってるのじゃない。汚いもの」
蔵人「それはそう」
レア「あら? 話がわかる人だわ」
楓「な、なら私も、私が行きますわ!!」
蔵人「やめとけよ……」
レア「そうよ? こういうことは、経験者に任せないと」
蔵人が三人の命を奪い、そして処理をしたことを暗に言っているのだった。そんな経験者に、死の汚れをまとった経験者が後処理をしろと、土岐ヶ丘レアは言っているのだ。
蔵人「嫌味な言い方するなあ。それで、念の為に、死んだ生徒が吐いたやつとかは直接触らないほうがいいよな?」
レア「当たり前じゃない。病気になりたいのなら話は別だけどぉ?」
蔵人「こういうのの清掃ってどうやればいいんだ?」
レア「手袋とマスクでもしてやればいいんじゃないかしら。漂白剤でも撒いておけば完璧ね」
蔵人「漂白剤ねえ。楓、持ってる?」
楓「備品から探してみますわ」
レア「あらあら、会長を名前呼びなんて。あらあら~」
蔵人「こいつ……」
蔵人はその知識を頼もしいとは思いつつも、これは友人がいないのも納得だと心の中で思った。
蔵人は、亡くなった生徒の遺体を確認した。土岐ヶ丘レアの言ったことは正しかったようだ。
防護服と呼べる代物ではないが、盗賊の服を重ね着し、作業にあたった。結局、生徒会は遺体の処理を決められず、蔵人は独断で盗賊を埋めた野営地の穴に遺体を運び込んだ。学園の敷地内に埋葬すれば、土壌汚染の危険があると考えたからだ。
保健室の清掃も蔵人が一人で行った。汚水もまとめて野営地に捨てた。楓たちには「墓を立てた」とだけ告げ、適当な場所に木の十字架を立てておいた。
その後、蔵人は念のため保健室に隔離された。塩素臭が鼻についたが、数日雑務から解放されるので少し喜んでいた。
だが、その保健室にはもう一人居座っている者がいた。土岐ヶ丘レアである。
蔵人「なんでお前がいるんだよ」
レア「あら? もしも貴方が倒れたら誰が面倒見るのかしら」
蔵人「十中八九、大丈夫なんだろ?」
レア「だから、居るんじゃないの」
蔵人「俺をサボりの口実に使いやがって……」
レア「ふふ、バレた?」
レアは本を読んでいて、蔵人には見向きもしない。その横顔を蔵人は暇つぶしに見ていた。コーヒーが似合いそうだと思った。
レア「なに?」
蔵人「暇なんだよ」
レア「私は、人殺しに見つめられてゾクゾクしてるけど?」
蔵人「人でなしにはちょうどいいんじゃないか?」
レア「ふふっ、手厳しいわねえ~」
そう言いながらも、彼女は視線を本から外さない。
蔵人は、いつまでも横顔を見ていても退屈は紛れないと悟り、視線を外した。
天井を見つめていると、ふと考える。俺って、働き過ぎじゃないか――?
蔵人がこれまでしてきたことを振り返る……
蔵人「俺って、働き過ぎなんじゃないか!?!?!?」
レアは何も答えない。本のページをめくる音だけが響いた。
蔵人「だいたい、ここの後始末だって、誰も手伝わないしよおお! 人のことを人殺しだと蔑むやつはサボってんのに、クソ許せねえ……みんなもっと俺を崇めろよ! “愛宕さんってすてき~”とか、“蔵人さんみたいになりたいッス!”とか!
あってもいいだろ!? なあ、レアくん!」
レア「……なんで“くん”付け?」
蔵人「だって、キモいって言われるし……」
レア「そんなこと言わないわよ~」
蔵人「レアちゃん!!!!!」
レア「……キモっ」
蔵人「っこれだよぉ! クソが!! お前ろくな死に方しないからな!!」
レア「覚えておくわぁ~」
こうして土岐ヶ丘レアは蔵人が居なくなった後もそのまま保健室に居着いた。なし崩しに彼女は医務班ということで落ち着いた。
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