第10話 希望に引き寄せられし盗賊
蔵人は自室の寝床から斧を持つと、校舎の階段を降りて一階に行く。
下駄箱からは松明は見えない。校庭は月の光に照らされているが、見える範囲は限られている。
ガタっ――
体育館との連絡通路のある方から、物音が聞こえた。
蔵人は恐る恐るその方向へ進んでいく。
「やめっ!! だ――助けっ」
女生徒の声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。
蔵人(弦音か!?)
忍び足で進んでいくと、体育館の直ぐ側に、松明が一つ捨てられてる。入口には二人の人影があった。
ゆらゆらと揺れる篝火の炎が、かすかに、だが確実にその全貌をあらわにする。
その服装はみすぼらしくツギハギで、泥に汚れた、異国の服だった。
体育館の中の方を二人は見ている。その中からは、人の暴れる音がしている。
蔵人の心臓が、強い鼓動を発した。その勢いはとどまることを知らず動き続ける。
盗賊「へっへっへ、久しぶりの女だ!」
盗賊「早く変われよ? 後がつっかえてるんだぜ?」
もはや猶予はなかった。
心臓は、締め付けるような苦しさを蔵人に与えていた。助けなければ、ならなかった。
――人を、殺さなければならなかった。
蔵人にそのような覚悟を与える猶予もない。決断しなければならなかった。今、この瞬間が奇襲の絶好の機会なのだ。
頭ではわかっていても、足は動かない。心臓の高鳴りはやまない。恐怖は、晴れない。
弦音「助けてっ!! オタクくん!!」
蔵人「っっっっっっ!!!!!!」
――蔵人は、自殺を試みたことがある。
包丁を首に当てたことがある。その時の、刃先が首に当たったときの、痺れるような恐怖心は、繰り返すうちにだんだんと慣れていった。それでも実際に喉を掻っ切ることはできなかったが、その恐怖に慣れていく感覚を思い出そうとした。
自分は今、自殺するのだ。そう言い聞かせた。言い聞かせて、盗賊に立ち向かった。
蔵人「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
蔵人の雄叫びは、二人の盗賊を振り向かせる。
蔵人は盗賊の一人を、斧でかち割った。隣りにいたもう一人の盗賊は驚いてそのまま逃げた。残ったのは一人、弦音を犯そうとしている盗賊だけになった。
起き上がる前に、蔵人は蹴りを入れた。そしてそのまま胴体に斧を振り下ろした。
盗賊「ぐふっ……えふっ……」
口から血を吐いた盗賊は、次の言葉を発する前に斧の一振りを喉に食らう。
蔵人は斧を振り下ろしながら、その腕に血の通ってないような、痺れたような感覚に襲われていた。力を込めて、斧を振り下ろして実感がない。本当に仕留めたのだろうか、本当に、殺れたのだろうか。そんな恐怖に支配された。
もう盗賊は息をしていない。だが、蔵人がそれに気がつくことはない。
蔵人「うわああああああああ!!!!!!!!! あああああああああああああ!!!!!!」
何度も何度も振り下ろした。何度も、何度も。
弦音は恐怖で壁際に寄り添う。蔵人は叫びながら盗賊を斬りつける。
ただならぬ叫び声に、男子生徒たちが現場に駆けつけた。
それでも、蔵人は盗賊を切り刻む。
楓がその場に到着しても、蔵人は我を忘れて斧を振り下ろしていた。
楓「もう、もうやめっ……」
震える楓の声は、蔵人には届かない。
血溜まりがあたりを染める。暗い闇の中では、この鮮やかな赤い血溜まりでさえまるで墨汁のようにまっくろに見える。懐中電灯をあてられ、初めてそれが真っ赤なものだと認識できる。
もう、盗賊の胴体は二つに別れている。それでも蔵人は斧を振りおろし続けた。だれも止められない、その恐ろしく、憐れな光景をただ見るだけだった。
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