第6話 水面は揺れて

 次の日、探索隊が結成された。発煙筒やロープなど、非常時への備えを万全にした。 またも連れて行かれることとなった蔵人は、不満たらたらだった。

 部員たちは多少の武器、本来野球部員が武器として使ってはいけない金属バットを帯刀していた。さすがの蔵人もいたたまれなくなった。

 蔵人は備品の中から非常用の斧を武器に選んだ。この赤い斧は近代的な形をしている。結構重量があったので、蔵人は少し後悔した。

 今回は前回に引き続き野球部員9名と、もうひとり、生徒がついてきた。軌条刻きじょうきざむと言った。

蔵人「軌条くんは地理が得意でなんだっけ」

キザム「はい、多少は……」

蔵人「いやあ、俺ぜんっぜんわかんなくてさ、森と土しか区別できないの。助かるぜ!」

キザム「が、がんばります……」

蔵人「じゃあ行こうか!」

 二回目の探索が始まった。


蔵人「おゔぇえええええええ」

 蔵人は疲れから吐いてしまった。

政宗「休憩にしましょう」

 新たに加わった軌条刻はおとなしいもので、体力がないはずなのに弱音一つ吐かなかった。蔵人は物理的に吐いているのにもかかわらずである。

 水源はまだ、見つからない。

 森は深く、藪は行く手を阻んだ。蔵人は持ってきた斧で足元の藪を凪いたが、斧が重すぎるのでうまく切れなかった。斧を振り回しているはずなのに、斧に振り回されているようだった。横に居たキザムに当たりそうになったりしたので、怒られて、やめた。

 そんなことをしていたからか、いやもともと体力のなさからか、蔵人は吐くほど疲れてしまったのだった。

 キザムは最初に、この学園の立地を調べた。調べたとは言うが校舎の屋上からあたりを見渡した程度だった。この学園は小高い丘のような場所に位置しており、周辺に比べると標高が高いようだった。ならば屋上から見渡せば川の一つでも見つかるかと思われたが、目視できるほどの大きな河川は見つからなかった。また、小川や泉なども、深い緑の海の中に隠れてしまって見つからない。

 しかし、その木々の、波打つような森の中に、木々の高さが低い、くぼんだように見える場所がいくつもあることに気がついたキザムは、その谷地になら小さな川があるのかもしれないと語った。

蔵人「まるで十円ハゲだな」

 キザムの説明を聞いたあと、細長い窪地を見下ろして、まるで的外れな例えを、蔵人は言った。誰も反応しない、時が一瞬だけ動かなかった。

蔵人「その十円ハゲは、どの方角にあるんだっけ」

政宗「北東ですね」

キザム「十円ハゲって例え、ぜんっぜんあってないと思うんですけど。あえて言うなら、髪の分け目でしょ」

蔵人「それ、屋上で言ってほしかったね」

蔵人はコンパスを取り出した。

蔵人「文具セットに謎に入ってる方位磁石が役に立つ日がくるなんてな、思いもしなかったよ」

 蔵人は掌に載せた小さなコンパスをくるりと回し、赤い針がNの刻印に重なるのを待った。文字盤は動かないこの簡易な方位磁石針は、合わせるには本体ごと回すしかない。おもちゃみたいな道具でも、北を知るには十分だった。

 しかし政宗は、しっかりとした、登山で使われているような方位磁石を持っていたので、蔵人が方角を確認する必要はなかった。生徒会は、愛宕に方位磁石を与えなかったのだ。

 愛宕は適当な生徒から方位磁石を借りていた。それは自らが遭難した際の保険だったが、森の中に入るとすぐにうっきうきで自慢をした。正宗の手に、本格的な方位磁石が握られるその瞬間まで彼は間違いなく知識チート主人公だったのだ。

蔵人「結構歩いたはずなんだけどな。方角が間違っていないのなら、そろそろついても良さそうなもんだが」

キザム「どれくらいの深さがあるのかもわからないから、注意しないと。水があっても汲みに行けないのなら意味がないしね」

蔵人「そもそも、こんな距離、汲みに行けるのか? もっと近場にないと危ないだろ」

キザム「水道って、偉大だったんだなあ」

蔵人「全くだ。蛇口から水が出る光景が懐かしいぜ」

キザム「別に今だってひねれば出てくるじゃないか」

蔵人「生徒会に殺されないならいくらでもひねるよ」

政宗「校舎の上層階はでないが、ね」

 上層階へはポンプを使って水を上げているので、電気の通っていない現在では使えないのだった。

蔵人「井戸だよ井戸!! シュミレーションゲームでも井戸は最初に建設するし」

キザム「井戸って、簡単に言うなあ。掘ったらそれだけで水が出るもの、なのか?」

政宗「さあ……」

 3人は考え込む。しかし結論は出ない。


 休憩が終わって、歩き出した。

 しばらくすると、目的の谷地にたどり着いた。目論見通り、そこには小さな小川が流れていた。

 皆が喜び、川に入っていった。

蔵人「間違っても、生水は飲むなよ? 下手したら死ぬからな!!」

政宗「これで飲料水の心配はなくなりましたね!」

蔵人「川の水だからなあ。そう簡単には飲めないだろうが、それでも水は水だからな!」

政宗「さあ!! 早速帰って皆を喜ばせましょう!!」

蔵人「いや、まだだ」

 全員に緊張が走る。

蔵人「ここから、俺達は学園までのルートを開拓しなきゃならん」

キザム「開拓って、シャベルで?」

蔵人「いやさすがにそれはちょっと……そうじゃなくて、この川へ安全かつわかりやすいルートを見つけなくちゃならんってことだよ」

 蔵人たちが来たルートをたどると、川までの斜面がかなり急勾配だった。崖の上から川を発見した蔵人たちは、その斜面を強引に下っていった。このルートではとてもではないが、水を両肩に背負って行くのは厳しかった。

蔵人「取り敢えず、この川を下っていこう。方角を確認しながら、慎重にな。水場には生物があつまるものだから、な」

 そのセリフを聞いた生徒たちは、静かに身震いをした。

 蔵人たちは発煙筒を焚いた。一つあげたら川を発見したと知らせる合図で、二つ焚いたら遭難した合図だった。

 蔵人たちが焚いたのはもちろん一つだった。

 学園の生徒たちは、その報告を喜んだ。しかし、その場所は、学園からある程度距離があったことを懸念したものは少なかった。

 校舎からは、常に狼煙を上げていた。それは灯台のように、探索隊へ校舎の場所を教えるためだった。校庭には、キャンプファイヤーの要領で焚き火が焚かれている。

 生徒たちは、水源の発見もあり浮かれたように焚き火を囲って踊った。

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